第25話 横取り
ウーエル村への派遣も今日で四回目となる。
ライトニング一行が、霊山サーファの麓に辿り着く頃だ。
「イッチ、おっはよー」
「レイ、早いな」
「おはよ…。それ、何?」
いつも九時に出発するが、今日はかなり早くに起きてしまった。
職業が凄いのか、クリプトが凄いのか、細工薬師の仕事は素晴らしかった。
「クリプト電球もしくはイブの灯り?」
「イブの灯りってなーんかロマンチックっすね」
「クリプトって…、あの転生組の眼鏡の男か」
「転生組…」
トーコの精神状態も落ち着いたと言っても、転生組を毛嫌いしている。
俺が毎朝クリプトと一緒にいるのは、クリプトの居場所が少ないからだった。
その突破口になるかもしれないのが、彼女の弟の遺品探しだ。
「クリプトが俺たちの為にイブランタンを加工してくれたんだ。これで屋内の捜索もしやすくなるだろ?」
「うーん、確かに!これなら俺っちの二刀流が活かせるっす」
「お前は魔法剣士だろ…。まぁ、俺も剣と杖を使えるから有り難い。トーコ」
「分かってる…。同じチームだもんね。でも、あたし達の為にってのは嘘ね」
金髪シスターもしくはシスターコスプレの美女の吐息。
俺は軽く肩を竦めた。この世界の勇者の真似をして──
「間違いなく俺達の為。友達の友達なんだし、情報交換もしてる。今回もドッカエルの倒し方を教えたし。それから」
「それからどうしたんだ?」
ただ真似ではなく、背筋ごと飛び上がった。
「イ、イルマさん?あれ?ゼオビスさんは」
「あ?オレじゃ駄目かよ」
「そうじゃない…、ですけど」
「お前たちはウーエルの巣窟を見つけ、攻略の手管も整えた。ってことは、経験値チャンスだろ?」
チーム・草原の活動は、誰がどう見ても消極だ。
だが、リラヴァティ人はもっと消極的だ。
探索することもせず、勇者の出現を祈っているだけ。
女神の加護を授かれないんじゃあ仕方がないかも。
死んだら終わり、ここで生活してきただけに、明日も知っている朝が来て欲しい。
そんなところだろう。
「良いとこ取りするって、わけね?」
「馬鹿を言え。お前達こそ、給料と寝床泥棒じゃねぇか」
「トーコ、止めておけ。実際、その通りだ」
「でも!」
但し、パトロンとなれば話は違う。
メリッサの倉庫一杯に、貴族たちは食糧を溜め込んでいる。
「ほーんと、転生組ってズルいっすよね」
「オレは転生組じゃねぇぜ?てめぇらの不満なんて、オレの知ったことじゃねぇし。ってか、さっさと乗れ」
イルマは誰かを思わせる赤毛の女、だが衣装のセンスは真逆だ。
それは個人の問題かもしれないけれど、少しだけ引っかかった。
逆に、このタイミングで参加することには引っかからない。
だから、一番思うのは——
「まぁ、いいけど。それにしても、ゼオビスがよく許してくれたな…」
「そりゃ勿論、オレの方がゼオビスより偉いからだ」
「ちょっとレイ。あんた、こんなの許すの⁈」
「許すも何も、これが召喚組の生き方だと思ってる」
「イッチ。もしかして諦めたんすか?諦めたらそこで試合は終了っすよ」
白髪の中二男は、顔を伏せたくなるネタが大好き。
リヒトもトーコも、そして俺もツッコむ気も実際に顔を伏せた。
「で、作戦は…」
「盗賊の俺が先に一人で入る。皆は入り口で待機してて。囮になって、入り口まで連れてくる。そこを三人で集中攻撃してくれ」
「お前が囮に?」
「それ、危険じゃない?…あたしたちも光源を持ってるんだし」
命を大事に。そういうチームだから、囮役なんて。
だが、女神の加護を得る為には勇気を示さないといけない。
「おおお!流石はイッチっす!レベル10は伊達じゃないっすね」
俺はまだ、その女神の加護って奴を知らないんだけど。
◇
ハウンディの棲み処は、街道の東西を繋ぐ大きな建物の一つだった。
今まで遭遇しなかったのは、渡り廊下から監視されていたから、と前回の調査の結果辿り着いた。
「ナオヤの死体も…、そこに」
ナオヤは全身血だらけ、あちこちの骨が剥き出ている姿で「トーコは逃げろ」と叫んだ。
彼女が弟の姿を見た最後の映像だった。
このパーティで回復魔法を使えるのはトーコだけだから、自分も飛び込もうとした。
はぐれていたリヒトがそんな彼女を見つけて、街まで引き摺ってきた。
これがウーエル村で起きた、ナオヤパーティ襲撃事件だ。
僧侶である自分がしっかりしていなかった、という懺悔。
どうしてはぐれてしまったのか、という後悔のせいで、本人の口から聞けるまで随分と時間が掛かった。
犬はクマのような外見になっている。
そしてクマみたいに死体を巣穴に持って帰った、という結論を出した。
「本当に気を付けて」
「大丈夫だって」
全然、大丈夫じゃない。
——言われてたもの、作ってみたけど…。レイくんは
——あ、俺用じゃないんだ。ウーエルは家が多くて
——そっか。それじゃ、使い方
クリプトの職業は細工薬師。
俺なら小躍りするレベルの大当たりだ。
「ここをこうやって…」
ガチャ
「イッチすげぇ。鍵があいたっす‼」
「当たり前でしょ。彼はレベル10の盗賊よ」
この時ばかりは、盗賊と名乗っていて良かったと思えた。
彼は今、仲間の為にドッカエル対策装備を作っている。
あのライトニングのレイが言っていた、と言ってよいかと聞かれたから言ってよいと言った。
こっちはこっちで、転生組に居場所なし…か
「それじゃ行ってくる。可能であれば、戦いやすく地形の整備を…」
「頼んだぞ」
俺より二つもレベルが高い仲間たちに見送られて、ウーエルで一番大きなホテルに忍び込む。
俺の武器は何と言っても、ライトニング時代に買って貰えた盗賊着である。
武器じゃないじゃん、ってツッコミは無しだ。
クレイタス大聖堂の落下事故、何度かのバウンドがあったとはいえ、転落死は免れたのは紛れもなく装備のお陰。
あの大聖堂の一階に何の魔物がひしめいていたかというと、やはりハウンディだった。
その直後に、ボスリーパスが倒されて、魔物化が切れたとはいえ、その間に何度も噛まれた筈だ。
「何処だ?一発くらいなら噛まれたっていいぞ」
やはり持つべきものは、元・仲間。
「グルルルルルルルル…」
「ひ…」
唸り声が何処かから聞こえ、俺の足が恐怖で止まる。
石造りの壁で、丁寧に塗り固めてあるから、音が反響する。
ここから先に居ることは分かっても、部屋の数が多くて判断が出来ない。
だが、何の問題もない。
俺は革袋から、今日専用の魔物寄せ「朝食のハムの残り」を取り出し、そして投げた。
べちゃと嫌な音がして、大事な大事な分厚いハムが床に転がる。
イメージは腹をすかせた野良犬が飛び掛かる。でも
「小さすぎた…か。ちょっともったいない気もするけど、これも皆の…」
「キャン‼」
「ギャン‼」
…は?
可哀そうな犬の鳴き声と、ドタバタと激しい衝突音。
「ちょ、誰かが戦ってる?でも」
今の仲間は後ろ、西側の建物の玄関で待機している。
だが、建物の構造上。仲間たちが前に居る可能性だってある。
「…東側に回って探索できる。俺、要らなかったってこと?」
レベル10では雑魚、実は彼らならハウンディと戦える。
薄暗い屋内は本当に息が詰まる。でも光源を手にしたことで勇気が芽生えたとしたら。
そう思った時、背後から音がした。
「く…、見過ごしたか?」
気配も感じて身を屈めるが、ドタドタとかバタバタとか、二本足のしかも巣窟探索と思えない雑な音だ。
それがスピードを落とすことなく、ドンと背中に刺さる。
「邪魔だ‼」
「ぐ…ぇ。って、あれ?」
床の埃が舞う中、見えたのは赤毛の後ろ姿、しかも甲冑を纏った誰か。
鎧を着ると、見知った誰かと見間違う。
そして、
「イッチ、なーに寝転んでんすか」
「リューズ?こっちのセリフだって。何をやってんだよ」
「レイ、起きろ。ゼオビス隊だ。ゼオビスが突然やってきて、反対側の入り口に突入した」
遅れて到着する仲間三人。
三人も何が起きているかさっぱりという顔をしていた。
「ちょっと。埃がついた手で髪を触っちゃダメ…、…ってどうしたの?」
自分を踏み台にした女が、ロゼッタに似ていなければ、そのまま呆けていたかもしれない。
事前に魔物の巣窟の位置を特定する。
建物の内部構造を頭に入れて、全員で突撃する。
そして、ゼオビスは今日の俺達の計画を知っていた。
ハウンディの最初の唸り声は、間違いなく自分に向けられたもの。
先にこちら側から侵入させて、ハウンディの警戒をズラしたとすれば
つまり…
「利用された⁈って、考えるよりも先ず!三人とも走れ‼」
「えぇ?どういうこと?」
「光女神の加護を全部持っていかれるぞ‼急げ‼」
「あれあれ、イッチ。どうしたんすか?今日のチームはイルマ様で、おいら達の分も経験値稼いでくれるって言わ…」
リューズは鷹揚に手を広げるが、レイは大きく目を剥く。
いつものライトニング時代に取った杵柄だが、そういえばチーム・草原以降、そのことを考えたこともなかった。
いやそもそも、レベルアップの法則は周知されていると思っていた。
「なわけない‼近くに居ないと、女神アルテナスは加護を与えない‼で‼戦いは既に始まっているぞ‼」
三人が目を剥く。
険しい顔にもなる。
「トーコ、行くぞ‼」
「うん」
「イッチもほら、一緒に行くっすよ」
イルマには今朝言われたばかり。
今日こそ経験値が稼げるから、自分が来たと。
全員でそこに向かうべきだ。
ただ、レイは
自分は、俺は…
「さ、先に行ってくれ」
「何言ってんすか。なーんもしてないやつに経験値を」
「う、後ろが怖いだろ?ここは探索済みって訳じゃないんだ。リーダーとしてお前らの背中を守らなきゃ…」
イルマの後姿を見た時、胸の中の早鐘が鳴り響いていた。
ここでもまた、女神のピアノを聞かされる。
誰が為に舞い上がる光のフラワーシャワーを、ただ茫然と眺めさせられる。
「イッチ…?」
「ここじゃ俺のレベルは上がらないしな。ほら、急げ」
そして仲間たちが走り出す。
リヒトとトーコは直ぐに飛び出したから、二つの光は遠く。その直ぐ後ろで白髪が照らされる。
ハウンディの慟哭が聞こえて、数分は経つから、彼らだって間に合うかは分からない。
とは言え以前、——直接行動しなかったユリのレベルが上がったことを考慮すれば、まだ間に合うかもしれない。
リューズに言い放った「俺のレベルは上がらない」には、当然ながら二つの意味が篭められていた。
彼はもう一つの方に受け取って、簡単に納得した。
「はぁ…。ここは安泰って思ったんだけど…」
なかなか進まないエリア解放は、世界の為にならずとも、レイ自身にとっては最高の空間だった。
ここでもガッカリされる。
やっぱり一般人じゃねぇかと言われる。
ここにも居場所はない。
という落ち込みと諦め。
だが、それが一周して冷静さが戻っていく。
「ん…?いやいや。ちょっと待て…。余りにも急すぎるだろ」
今回だけ、明らかに違う。
自分が陽動役になった、それにしたって反対側が安全って訳じゃない。
「ゼオビスは命を大事にってより、やる気90%オフって感じだった。実際に前回は…。いやいや、違う。シュウは確かに凄いけど、彼の努力は召喚組以外にとってやろうと思えばできることだ。本当にエリア解放したいなら、もっと簡単に——」
全部ただの想像。単にゼオビスの考えが変わっただけかもしれない。
行っても意味がないと半分思いつつ、レイは廊下の角を曲がった先にいる仲間たちを追って走り始める。
その角を曲がったところで、やはり聞こえてくる。
間近ではないから、いつもより小さめだったけれど。
『トゥルルルルルルルンッ‼』
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