第24話 俺専用武器を見つけたかもしれない

 宿泊施設の一階は昼夜開けている。

 朝食から夕食、そして居酒屋。宿泊施設の収益の大半を生んでいるのは、客以外も利用する一階部分だ。

 その奥まった場所で、栗色髪の眼鏡っ子と盗賊というよりこっちの世界の普段着の銀髪がダラダラと喋っていた。


「——って感じ。ここからって時にゼオ隊長が退却。なんで馬車を予約してんだよ」

「あ…、それ。僕のところもです。魔物の特定が済んで、これからって時間でした。魔物が分かれば、次の日から装備が変わりますから、フォグ隊長の仰る意味は分かるのですが」

「あぁ、そういう…。やっぱフォグ隊長は違うな」

「そんなこと…あると思います」

「ある。間違いなくある。ゼオも理由を言ってくれたら、俺だって納得して帰ってたわ」

「ここだけの話…、ゼオビスさんはちょっと面倒くさがりって感じしますよね」


 同じチーム・草原に所属しているが、配属は異なる。

 そんな中で、彼は何を考えているのか。

 レイじゃなくても気になるところ。


「魔物の特定…って、クリプトは知っていたんだろう?あの日のことを、段々思い出して来たんだ。クリプトは勉強家…、少なくともロゼッタより勉強してたし」

「それは…、そうなんですけど。僕は昔から何をやっても駄目で。シュウ君に選んでもらえなかったくらい…だし」


 何気ない一言

 パンを食べながら、銀髪がバサッと前に垂れる。


「あ…、悪い。その席に俺が…」

「ちょ。顔をあげてください。元々、そういう予定だったんです。一人余分が出てたって知った時は…、ちょっと後悔しましたけど…ね」


 もしも、レイではなくクリプトだったら、なんて考える。

 いや、でも——


「そうだった。なんか…ゴメン」

「謝らないでください。結果的に僕向けのチームに入れたんだし」

「特定したら撤退するチーム…。てか、俺達の場合、魔物の姿さえ見えなかったんだけど」

「魔物の姿が…?あぁ、それは多分…」


 ——転生組の中で落ちこぼれたクリプト


 召喚組は元々、知識不足だからクリプトよりも酷い状況。

 イブファーサのせいで落ちこぼれたのかもしれないが、そんなことは俺には関係ないと思った。

 そして…、彼の存在は俺にとって凄く有難かった。


 こうやって愚痴を言えることと、転生組の知識を聞けること。


 この二人だけの朝食会が、後々大変なことになる。


 見極めるポイントは、色んな場所に置かれている。


 今、目の前にも転がっているのだけれど、俺は考えるのを放棄していた。


 昨日の疲れが抜けていないし、ゼビオス隊はお休みの日だ。


 無理をしないのがモットーだから、しっかり頭も休めるべきだろう。


     ◇


 勇者一行、現在のチーム名「ライトニング」の皆は大陸の西を海沿いに南へ下る。

 海は怪獣が住んでいるから、海辺に街は少ないから、海沿いを隠れるように進む。

 海洋都市ビシュマと王都イスタはフィーゼオ大陸に一つしかない国、アルテナ王国の二つしかない巨大都市だ。

 表通りを歩けば、次はイスタをと懇願される。

 彼らの望みを叶えれば、残された冒険者たちとぶつかるに違いない。


「人間側に邪魔をしたい連中がいる…」


 次の日、ゼビオス隊は再びウーエル村の調査に行った。

 今度は見事にハウンディの巣を見つけた。

 そこで隊長は撤退を決断して、次の日はまた休みになった。

 今のゼビオス隊で戦えるのはレイのみ、…勿論、そういうことになっているだけだ。


「ぼ、僕たちの中に?そんな…」

「なぁ、クリプト。もしかして子孫組は転生組を——」

「え?え?シュウくんたちが人間に…、ええっと…」


 レイとクリプトは食事を終えていて、今はお茶・・を飲んでいる。

 綺麗に拭かれた眼鏡のレンズが、少しだけ曇る。

 それから、やはり彼の表情はとても読み取りやすい。


「あ…、悪い。今、聞くべきじゃないか。それにメリッサホテルは…」

「う…うん。でもえっと、レイくん…」


 眼鏡っ子は木製のカップを置き、眼鏡の位置を直す…ふりをした。

 曇ったガラスの向こう側で、水色の瞳が左右に振れる。


 そして、小さく呟いた。


「…思ってること、多分正しい。勿論、殆どの人は違う…けど」

「成程。だったら…、やっぱり」


 クリプトの表情は分かりやすい。 

 彼は今、イブファーサのことを思い出している。

 但し、分かりやすいことと、彼自身の能力は奇妙にも一致しない。


「レ、レイくん…」


 クリプトの顔はあっという間に青く染まる。

 だから、レイはうぐっと両肩が跳ね上げ、咄嗟に口を塞いだ。

 彼は落ちこぼれていても、レベルは上がっている。

 基本ステータスも上がっているから、視覚、聴覚、触覚など、身体的にはレイを凌駕する。

 やはり分かりやすいから、彼の顔色から察せる。

 つまり草原の幹部が近くに居る。


「あ、えっと。何の話だっけ…。そ、そだ。クリプトって職業ガチャ、どうだった?」

「え?えと」

「ほら。アレってさ。アルテナス様が決めているんだろ?」


 …だったらカスの意味、マジで分からないけど


 相変わらず、職業ガチャなんて仕込みだと思っているレイだけれど。

 カスを引いた彼だけれど、やっと彼にも運が向く。


「…やく…し…だよ」

「え?えっと…」

「細工薬師…。冴えない…でしょ?司祭とか僧侶とかだったら良かったんだけど…」


 薬師、なんて職業があったらしい。

 その役割を考えれば、冴えないというのは在り得ない。


 では、どうして彼は冴えないと言ったのか。


 このリラヴァティという世界が、ゲームのようなシステムを採用しているからだ。


「魔法で全部補われてしまう…。しかも」

「レベルが上がると、魔力量エムゲージと体力、それから精神的な疲れも回復しちゃう…から。僕の出番ってあんまりで…」


 怪我が治るとか、宿屋で寝るよりも気分が回復するとか、本当に意味が分からない。

 だが、そういう世界。だから、無鉄砲さが許される。

 ぶっ壊れ設定を何度も目にしたから、クリプトの暗い顔も理解出来る。


「それ…。凄くね?俺だったら小躍りするかも」

「ほ、ほんとに?」

「ライトニングは戦士、騎士、魔法剣士、ソーサラー、プリエステス…だから、まぁそう思ってしまうのは分かるけど」

「…だよ…ね」


 今も何処かでレベルが上がっているに違いない。


 ——なんて表現はよそう。


 だけど、それがレイには当てはまらない。レイだけには刺さる。

 

「細工ってことはさ。アイテム系に強いってことだよな?」

「へ…。そ、そうだけど。レイくん、知ってるよね。アルテナス様のご加護は」

「それは…な。だから重宝されない。それでチームを追い出された。…あ、そうだ」


 昔ながらのゲームだと、チートレベルで優秀なキャラだと思うけれど。

 でも、彼は勇者たちと同行していない。


「え?」


 南西に進むライトニングと彼は知り合い。


 今、後の勇者は鳶色の誰かに出会ったところ。

 シャニムとセリカ。サーファ大神殿近くで、もしかしたら新たな仲間と出会っている。


 …って、これって妄想?寝不足だからって、明晰夢見すぎ


「今度の休み、一緒に買い物いかない?」

「お、お買い物…?一緒に?」

「駄目…かな。駄目ならいいんだけど…」

「ううん。僕、レイくんから一杯学びたい。僕でいいなら…いい…よ」

「お願いしてるのは俺の方だよ。実は市場で気になってるものを見つけたんだ」


     ◇


 今日はクリプトと一緒に買い物をする。

 誘ってから三日目になったのは、二日連続お仕事が入ったからだ。


「なぁ、クリプト」

「はい、なんでしょう」

「う…、えっと同じ年…はいいか。フォグ隊ってさ、イスタルートを開拓してるんだよな?」

「はい。本当に少しずつですけど、少しずつ魔物も少なくなってる気がします」

「あれ…。やっと動き出した?戦った?」

「あー、えっと。僕たちが攻略中のダンジョン…というより泥水地帯なんですけど、ドッカエルが大量にいて、流石に毒は不味いってなって…撤退…」


 ゼビオス隊もフォグ隊も似たようなことをやっている。

 タチ隊とイルマ隊も同じようなものだ。

 命を大事に、がモットーだし、現段階のレベルでは大けがは死につながる。

 ライトニングは霊山サーファ直前だから、何もしなくても彼らが平和を取り戻してくれる。


「ライトニング…。羨ましいです」

「そこを抜けた俺に言う?死んだら終わりだ。アイツらに任せようぜ。そんなことより、これ」

「ま、任せるって…。シュウ君たちは死ぬの怖くないんでしょうか…。えっと…。イブランタンがどうかされました?」

「イブ…ランタンっていうのか。言われてみればランタンか。イブは……、ま、メーカーか何かか」

「イブ様のことですよ。焚火の女神様。教わらなかったんですか?」

「あれ。炎ってゴートだったような…」


 どうして、魔法が使えるのか。邪神なのに扱えるのか。

 前にユリから聞いたことが、レイの耳に幻聴のように思い出される。


『魔法って、神様の名前だけど邪神になったって設定だったような』

『話の流れだとそうなる…よね。私が教わったのはアルテナス様のお蔭ということです。頂上神であらせられるアルテナス様は、私たちに魔法を扱う権利をくださった、と私は勝手に解釈してる』

『光女神が一番上だから、確かに可能…か。で、今は孤立してるから助けないと。…成程、便利』

『便利なんだけど…。邪神も利用してて魔物を——』


 何故、ユリが知っているかは、彼女も誰かから教わったからだ。

 クリプトも同じく、件のイブファーサで学んでいる。

 この不可思議な世界の仕組み。


「ゴートは炎の神です。似て非なる者です。そのイブランタンが何ですか?」

「ランタンってことは燃えてる…のか」

「それはそうです。ロゼッタちゃんには必要ないと思いますけど…」


 最初からそうなら、疑わない。

 当たり前だから、気にかけない。


「俺さ。ここ最近、ずーっと観察してるけど、いつも燃えてるん気がして。勿体ないなぁ、って思ってたんだ。可燃性の油って、もしかしたら凄く安い?」

「え?!そ、それはイブ様の力をお借りしているんです。少量のマナで済むからとても便利で…」


 ゲームみたいな世界だから魔法があるのか。

 魔法があるから、ゲームみたいに思えるのか。


 考えだしたらキリがないし、他力本願チーム所属だから、表面的に活動すれば良い。


 だけど、血が騒ぐ。

 考察中の血か。いやいや、これはただの好奇心だ。


「マナ?魔法ってことじゃん!今さ、イブランタンが大安売りしてるんだよ!」

「そういえばそうですね。多分、ビジュマが解放されたから、余剰分が出たんですね。ケンヤくんとロゼッタちゃんたちのペース、びっくりするほど早いですし。そのせいで一部から嫌われてます…けど」


 いつかケンヤが、文明を進めないのは支配層の傲慢さと言った。

 そういう側面はあるだろう。でも真実は恐らく違う。

 ただ、生活に不満がないだけ。

 だって、この世界は神に愛されている。


「薬師の観察眼か何かで、状態の良いランタンって分かる?」

「それは分かりますけど。使い道がないから売られてるんですよ?」


 解放後のエリアはアルテナスの光が届く。

 冒険者たちは魔法が使えるから、道具に頼る必要はない。

 クリプトの職業が使えない認定されたのは、それが理由。


 だけど、欲しい人間がここに居る。


「おっちゃん、これ、余ってんだろ。買い占めたっていいんだよな?クリプト、状態のいい奴を片っ端から選んでくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る