第22話 気まずい新たな一歩

 眼を開けると昨日と同じ天井が見える。

 窓を除くと、ギルドの入った建物が見える。


「…ギルドとも繋がってるってことか」


 草原のメンバーは基本的に召喚組で構成されている。

 チームメイトに先立たれたか、性格が合わなかったかで、孤立した冒険者たち。

 召喚組故に、ビジネスホテルライクの個室の方が圧倒的に暮らしやすい。

 服と装備はさて置いて、食べ物と暮らす場所を提供されているのは大きい。


「はぁ…。結局、レイさんと別々になるなんて…」

「そう言うなって。クリプトも新しい生活が出来るんだし」

「…ですよね。僕、大部屋生活が苦手…なんで…」


 チームを分けたのは、王都と大神殿の場所が離れているから。

 それと、大人数だと光女神の加護が行き渡らない可能性があるからだった。


「あれ。クリプトって転生組だろ?」

「転生組でも前の記憶ありますし!それに、…イブファーサを思い出して」


 何度も出てくるイブファーサ。

 転生者用の学校、とだけ説明されているが、誰も詳細を教えてくれない。

 クリプトもそれは同じだが、彼の場合は顔色で分かりやすい。

 顔に文字が書いている訳ではないから、詳細は分からないが、碌でもない環境だったろうと推測出来る。


「まぁ、いいか。ってか、俺。ゼビオスって人と仲良くなれそうもないんだよなぁ」

「あの怖い人ですよね。…僕も苦手です」

「クリプトはフォグさんだろ。見た目怖いけど、喋り方丁寧で良かったじゃん」


 目下、幼少時代を思い出して落ち込んでいる眼鏡っ子。

 彼をどうにか元気づけたい。

 ライトングとの別れは決して良いものではなかった。

 ただ、今は違う気持ちだった。余りにも悪く言われ過ぎてムカついているくらいだ。

 今は素直に頑張れと勝手に思っている。

 クリプトは友達の友達だから、大切にしたい。


「はい…。お互い、頑張りましょう。…じゃなくて、お互い頑張らないを頑張りましょう」

「お、おう…。なんか変な感じだけど。それだけでなんとかやっていけそうだな」


 そう、これがチーム『草原』の決め事だった。


 死んだら意味がないから、適度に励む。

 怖かったら退却していいし、辛かったら休んでよい。

 しかもグラスフィール家所有のメリッサホテルで暮らす権利を与えられる。

 ただ、その代わり報酬金給金の受け取り先がグラスフィール家になってしまう。


 引っかかるのは最後の一文だが、仕事って大体そういうもの。


「そんなそんな。レイさんは殆ど幹部候補じゃないですか」


 レベルが上がらなくても、余裕でやっていけそう。

 寧ろ俺が食わせてもらう側だけに、俺は視線を泳がせた。


 その先、窓から見えるギルドの建物に…


 少しふくよかな中年の女性が誰かと話していた。


「済みません。こっちにって言われたんですけど」

「あら。ヨハネス第十三支部からね。ようこそ、聖者の街メリッサへ。今日はどちらにお泊り?」

「ど、ども…。えと、まだ決めていませんけど」

「だったら、ウチがおすすめよ。メリッサ通りで一番大きいんだから」

「か、考えておきます」


 そんな会話がちらついた気もしたが、今日もクリプトに腕を掴まれて、勇者様が魔王を倒すまで利用するらしい個室を後にした。


     ◇


 ゼビオスは刀を背負った男だ。

 ロックな印象しかない外見で、痛そうなピアスが本当に痛いんじゃないかと思ってしまうくらい、視線のキツイ男だ。


 そういえば、俺ってコイツに殺されかけたような気がする。


「あ?」

「いえ。なんでもありません…」

「おいおい。しっかりしてくれよ。なぁ?」


 一応、彼は子孫組の十七歳の筈だ。

 なんでかっていうと、英雄は数えで十七歳の若者だけ、という設定があるからだ。


「…レイさん。よ、よろしくっす」


 クリプトと同じチームであれば、もっと気楽に構えられただろう。

 書類には、五人一組で登録されているが、それとは関係なく、ゼビオス含めた五人が並ぶ。

 待ち合わせの馬車の前には五人しかいない。

 そして三人は知らない人だ。厳密にはゼビオスのことも何も知らない。


「同い年だろ。さんづけとか要らないって。えっと」

「リューズっす」

「ん?もしかして転生組?」

「いやいや。召喚組っす。名前だけで判断しないで欲しいっす」


 そういえば初日、クリプトがこんな話をしていた。


 ——ロゼッタ。だから言ったでしょ。召喚される時、体はこっちの世界用に作り替えられるって。


「白髪…にオッドアイ。なんていうか…」

「ちょ…。銀髪のレイに言われたくないっすよ」


 完全にゲームの人。その時に名前も変えたかもしれないがリューズと名乗る男。


 おそらく彼は愛想がよい…、というわけはない。

 彼は仕方なく話しかけたのだ。

 白い髪ではなく、白い眼をした青髪の青年から逃げてきた。


「そっちはリヒト…だっけ?」

「……」

「ええっと…。その隣は…」


 更に隣、金色の髪。色違いのユリのように見える少女。

 司祭か僧侶系の服で肌面積が少ないからシルエット的にそう見える。


「トーコ…。リヒト」

「分かってる」


 杖と一本の短剣、服装から察するに、リヒトは魔法使いか魔法剣士だ。

 トーコに諭されて、とりあえずリヒトは睨むのを止めた。

 というか、視線を逸らされた。

 因みにリューズは何なら盗賊に見える。強いて特徴を上げるなら、腰の左右に短剣を下げていることだろう


 って、めっちゃ気まずっ‼どうなってんだよ、この人選‼昨日の今日で駄目って分かるだろ‼しかも盗賊被りしてるって‼


 と、この中のリーダーらしき男を睨んだら、今度はソイツが睨んでくる。


「さっさと乗れ。馬車もタダじゃねぇんだぞ」

「え…。いや、だって。二手に分かれるって話だったような?もう一組は…別の馬車で?」

「休んでもいいっつったろ…。面倒くせぇなぁ。リヒト、説明してやれ」


 ゼビオス、マジで最低。

 空気を読んでいない。昨日は準備をしていたから?いやいや、コイツは命令していただけだ。

 とは言え、上司に逆らえないから、リヒトが代わりに答える。

 馬車に乗りながら、背後に向けてそっけなく


「五人以上で決行…だ。トーコ、行くぞ」

「待ってってば」


 更には前方を女僧侶が過って、会話が終わる。

 ゼビオスに背中でも蹴られたのか、リューズが続いて乗り込む。


「いやいや、お前らこそちょっと待ってって」

「待ってんじゃねぇよ。てめぇがいりゃ問題ねぇだろ」


 レベル10あれば確かにそうかもしれない。

 ただ残念。そんな俺だからリューズと同じく背中を蹴られれば馬車に乗る。


 馬車については疑問を持っていないから、バスにでも乗っている気分で揺られる。


 因みに、ゼビオスは御者と知り合いらしい。

 タクシーの助手席的な場所に座って、楽しそうに会話をしている。


 ってことは、客室は沈黙で車輪の音がただ流れている。

 今までであれば、ユリが熱心に色々教えてくれた。

 それに比べて、なんて絶対に言えない相乗りに気まずいこと、この上ない。


 どう考えても俺は悪くないし、シュウも悪くないんだよなぁ…


 なんて思ってしまうし、リヒトは車窓の景色と友達らしいから、話しかける余地もない。

 そんな時


「確かに…、レイが居てくれたら安心っすね」


 沈黙に耐えられず、厨二病男が口を開いた。

 そしてこれがトリガーになる。


「…どう…だろ」


 リヒトまで届くかどうかの声。

 雑音で掻き消されるだろう大きさで呟いた。


「どう…って。アナタ、元・ライトニングなんだよね?」


 車内の会話だから少しは漏れる。

 トーコには聞こえていない。とは言え、リヒトは問題なさそう。

 でも、俺の観察眼は本当にまだまだだったらしい。


「え…、そうなのかな」

「そうなんでしょ‼アンタたちのせいでナオヤは‼シュウに張り合わなくていいって…、あたし、言ったのに‼自分のペースでやろうって言ったのに。アンタたちばっか活躍して」


 馬がビックリするほどの激昂だった。

 勿論、魔物の馬だからこの程度では動じなかったけど。

 動じたのは彼の方。


「トーコ‼俺の目を見ろ。ナオヤにはなってやれないけど、代わりにはなれないかもだけど、俺がついてる」


 トーコはそのまま泣き出してしまった。

 そのままナオヤに庇われて、顔が酷いことになっている。

 つまり、ライトニングを本当に嫌っていたのは、トーコの方だった。

 昨日のは彼がトーコことを思ってのこと。


 推測するに、あそこで険悪な態度をしめしたら、俺と同じチームに配属されないと思った。

 全ては彼女を思っての行動だろう。

 逆らえない筈の幹部の前での発言だったから、多分間違いない。


「つまり…。乗車する時睨んでいたのは…」

「それは…。なぁ…、お前、強いんだろ?トーコを守ってくれな…」


 チーム・草原。

 ゼビオスはやっぱり性格が悪い。終わっている。

 終わっているを通り越して、邪悪そのもの。

 だとすれば、別の疑問が湧いてくる。


「出来るだけのことはする。でも、一つ。教えてくれ」

「…なんだよ」

「リヒトが言っただろ。五人揃わなかったら欠航になるって。どうしてあの場に残っていた?そうすれば…」


 こんなことにならずに済んだ。

 五人揃っていても、チームワークが最悪だったら、それは不完全なんだ。

 例え、五人一組が常識だとしても


「それ…はその…」


 即座に俺は振り向いた。

 何となく、そんな気がしたからだ。


 それに馬車の速度が落ちていたから、もうそろそろだと思っていた。


「リヒトを鍛えねぇといけないだろうが。っつーかどうでもいいだろ?ここから先は歩きだ。降りろ」

「…はい。行くよ、トーコ」


 メリッサに魔物は何故か現れない。でも、邪神エリアは魔物がいる。

 女神アルテナスが残された力を使って結界を張っているとも言われているが、真相は分からない…、なんて言ったらユリは絶対に怒るけど。


「てめぇも」

「分かってる。降りればいいんだろ。…で、どうしてこのメンバーにした」


 乗車する時は睨まれて従った。

 でも、この時はそんな気分にはなれなかった。

 向こうが目を逸らすまで、睨みつけようと思った。


 すると、男は面倒くさそうに顔を逸らした。


「その前に今日行く場所がどこか、てめぇには言ってなかったな」

「聞いてない。待ち合わせの場所を言われただけだ」

「ちょちょ、レイ。流石に初日で盾突くのはぁ…」

「リューズ、黙っときな。…レイ。俺達が向かうのは井戸の神、ウーエル。リヒトとトーコのチームが敗走した場所だよ」


 ピキピキと頭がリズムをとる。

 そして、俺は今にも殴りかからんとした。

 相手はレベルが上がっている。もしかしたらバレるかもしれない。


 でも、関係なかった。

 

 仲間が死んだ場所に俺を連れて、弔い合戦でもさせるつもりか?

 それにして、計画も何もかもを聞いていない。

 そもそも、そんな危険な場所なら大人数で行くべきだ。


 だけど、その時。背後から物凄い力で引っ張られて、俺はその勢いのまま転んだ。


 そして関係なしに彼は言う。リヒトは言った。


「頼んだのは俺なんだ。ゼオビスさんは悪くない‼」

「ま、俺は別にどっちでも良かったんだけどよぉ。リヒトはイイコだからな。勿論、トーコも。俺達幹部は家族を大事にするってぇ、昨日言ったろ」

「でも、無理だ。このパーティは」

「レイ。お前にかかってるって言ったんだがぁ。あー、あれだな?それもライトニングの信条か?そもそも、俺ぁ、井戸の邪神ウーエルを倒せ、なんて一言も言ってねぇだろ」


 そして、ゼオはたて続けに言った。

 俺の脳内シナプスは分泌が何処に出したら正解か分からないこと。


「俺としては面倒くさいし、止めとけって言ったんだ。でも、どうしても遺品の回収をしたいんだとよぉ」

「遺品…」

「ってわけだ。後はライトニングさんの高尚な脳みそで分かんだろ?」


 俺達が向かうのは大神殿の手前にある、とある集落だった。

 ライトニングもパルーの祭壇、バルーツ砦と段階を踏んでいた。


 こちらにもその手の順序があるらしいが…


 やっぱり何か変

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