第21話 残された者たちの言い分
ホテル『メリッサ』の向かいにあるのはギルドが入った建物。
そこは役所も兼ねていて、冒険者向けに会議室のレンタルもやっている。
「元・ライトニングのレイだ。グラスフィールんとこに所属かよ」
「くー。盗賊じゃなかったら、あたしのとこに呼んだのにぃ」
「まぁ、分かるがな。盗賊じゃなかったらライトニングシュウも手放さない。そして、サブジョブを抱え込めるのは大所帯だけだ」
ただでさえ注目を浴びるのに、二十人で列になって会議室入り。
外野がわいのわいのと騒ぐのは仕方ないかもしれない。
「うるっせぇぞ‼てめぇらにぁ関係ねぇ。雑魚共は引っ込んでろ‼」
タチから一方的な賭けを、考えなしに乗ってしまう男、ゼビオスが他の冒険者に噛みつく。
ロックな見た目、日本刀を背中に担いだ男だ。蜘蛛の子を散らすように、隅の待機場所に戻っていく。
「ゼオっち。マジで止めな。オレが悪目立ちしたくないって知ってんだろ」
見た目年齢二十代後半の麗女。目のやり場に困る服。
特徴的な彼女の喋り方は確かに怖いが、見え隠れする品がある。
「イルマ様だ…」
「イルマ様、今日もカッコイイ…」
それ故の男女を問わない吐息。
冷たい視線を浴びせるも、皆にはご褒美でしかない。
「イルマ、てめぇはもうちっと女らしく出来ねぇのか」
「うるっせぇ。オレはそういうの嫌なんだよ」
そして背後から声。そこに居たのは──
「爽やかな印象って大事なんだぜ。なんせ、俺たちゃ英雄の卵だからなぁ」
「よく言う。てめぇもビビられてるじゃねぇか」
肩で風を切るオールバック、タチだ。
上着をマントのように着こなす強面の男に、異世界の青春を謳歌している若者は凍りついた。
「皆さん。今日は大事な会議ですので、どうかお静かに。そして穏便に」
そして誰かが呟く。
「すげ…。草原幹部が集結してる…」
最後尾に居たのは大男フォグ。
チーム草原はこの四人が仕切っていると、俺はここで知った。
加えて、もう一つ知ったことがある。
「俺、マジで何も知らない」
「レイさんはずっと冒険に行ってたんだから仕方ないですよ」
「あぁ。…そうだな」
元・仲間たちはここに通っていたに違いない。
新たな仲間を探していたわけじゃなく、システムの話。
冒険者の報酬はギルドで受け取るし、毎回新しい装備を購入していた。
だから、何度もここ来ている。
「俺は毎回、宿屋に直帰してたから」
「ユリさんが言ってました。百回くらい守ってもらったって。ずっと集中してるから宿屋で休んでるって」
「はぁ…」
チーム・草原と情報交換していたとは思えないが、俺の情報は間違いなく伝わっている。
その中に、ユリもいた。守ったというのも大袈裟な話なのに、何故か百回になっている。
「だから、俺はそこを辞めちゃったんだけど?」
「ふふ。彼らは若いですからね。君の気苦労は分かりますよ」
「気苦労って…」
「我々の…。いえ、特にお客様の命は大切な宝です」
後ろというより天井から声が聞こえる気がする。そう言った。
振り返ると、ネクタイの締まりを確認している大男フォグがいた。
明らかなビジネススマイルだが、彼は態とそうしているようだった。
俺に話しかけているのか、イマイチ分からない。
ただお陰で、今の言葉で彼に聞くべきことを思い出した。
「イノチ…ね。あ、…そういえばクリプトって何度死にかけた?」
「それこそ毎回死にかけてましたよ。じゃなきゃ、ここにいませんよ…」
「そう…だよな。悪い。で、その時って死神を見たりする?」
「そりゃそうですよ。死神ジャスティラスはいつでもどこでも、僕たちの魂を刈り取るんです」
「そうか。やっぱ、皆そうなんだ…」
眼鏡青年にはある意味で貸しがあるから、気兼ねなく聞ける。
見えない下駄のお陰で、素直に色々と教えてくれる。
今までも教えてくれていたけれど、彼らは前に前に進む若者たちだった。
こういうのは立ち止まって考えたい。
「おい、新入りぃ。なぁに当たり前のこと聞いてんだよ。てめぇがエースチーム出身だからって、舐めてるとぶっ殺すぞ」
「ひぃ…、す、すみません」
「お前には怒ってねぇだろ。おい、新入り。お前の自己紹介も兼ねてんだ。さっさと入りやがれ」
ま、こっちはこっちで忙しそうなんだけど
◇
折り畳める長い机が川の字に並んでいる。
そこに草原所属の冒険者たちが大人しく座っている。
これだけ人数が居たら、確かに職種厳選する必要はない、かもしれない。
紛れるにはちょうど良い、かもしれない。
だが、そんな気分は一掃されてしまう。
「先ず、アルテナス様の元へ旅立った同朋たちの為に祈りましょう…」
「え…、あれは」
「レイさん。今は」
レイは鈍色の瞳を剥いて、中央の机に置かれた布切れに見入った。
手前には、長身過ぎて膝をついているように見えない男。
奥にはメリッサ大聖堂でも見た、アルテナスの女神像。
ドッグタグは渡されていないから、それらに一貫性はないが、薄汚れているだけに遺品だと分かる。
一人だけ呆然としていたから、やはり目立ってしまう。
もしくは——
「…お前らのせいだからな」
「…え」
「リヒト…、やめなって」
分からせる為か。
背後から、突き刺さるような視線を感じた。
因みに、そこに幹部四人はいない。
同じ十七歳の誰かの視線、誰かの声。
「…リヒト君。彼を責めてはいけません」
「フォグさん、でも!」
「いいから黙ってな。…てめぇも分かってんだろ」
赤毛の女のやるせない顔色。
レイの脳裏に過ったのは最初の戦いの一幕。
ライトニングは間違いなく、人間らしき何かを倒した。
「パルーの祭壇…の時の?でも、アレは魔物だって」
「あ?何言ってやがる。確かにパルーの祭壇がキッカケだなぁ。だが関係ねぇ。てめぇも早く祈れよ」
「レイさん。ほら、座って…」
「リヒトも。…あの人はもうライトニングじゃないんだから」
「ちっ…。フォグ、さっさと始めろ。今日は改めて作戦会議すんだろ。てめぇらもいいな?」
銀髪は眼鏡青年に座らされ、リヒトという冒険者も隣の女に座らされる。
三分で終わる祝詞と共にフォグが祈りを捧げると、タチが立ち上がる。
それを合図にゼオビスが指示を出すと、数名の冒険者が「ただの布切れ」に戻った残骸を丁寧に鞄に仕舞い始めた。
その間も、レイの心は休まらない。
先ず、冒険者の中から犠牲者が出ていたことに胸がざわつく。
そして、いきなり恨まれたのには納得がいかない。
っていうか、意味が分からない。
ただ、彼が頭を悩ます必要はなかった。
答えはとても簡単。そして、答え合わせは呆気なく訪れる。
「レイ。責められた意味が分からねぇって顔だな」
相変わらず、上着の袖をプラプラさせながら男は言う。
俯き、前髪で目元を隠した青年に、切なそうな顔で教える。
「俺ぁ、何度も言ったんだぜ。…まぁ、抜けたお前さんは召喚組だしなぁ。文句を言うもんじゃあねのかもしれねぇ。アレだよ。ちと飛ばし過ぎたって話だぁ」
シュウたちが嫌っていたように、彼らもまたシュウの考えを嫌っていた。
メリッサに残っていたのは、ライトニングの五人とは相容れない考え方。
そして、結果的に死人が出た。
並べられた条件で考え突くのは容易だった。
ライトニングの戦い方を知っているから、簡単だった。
「他のチームも似たようなことをやっていたのか…。ギリギリのレベルを攻めて、一歩間違えたら死ぬ…。だから」
「まぁ、分かるよなぁ。リヒト、分かったか?レイはそれが嫌で逃げてきたんだ。リヒトの仲間の死はつれぇが、レイに罪はねぇ」
レイは他の冒険者とは一度も話したことがない。
ライトニングの面々は、他のチームはやる気がないと言った。
確かに、他のチームは邪神討伐が出来ていない。
その考え方自体は正しいのだろう。
そして、現地人がシュウらを讃え始めた。
「そう…かもです。レイ…だっけ。悪かった…。俺、仲間を助けられなくて…」
「い、いや。俺はだ、大丈夫…だから」
最短ルートを選び、見事に掴み取った。
しかも、レベルアップの余韻で次々に魔物を討伐している。
今だって、嬉々として邪神サーファを倒す為の準備をしているのだろう。
彼らに追いつくには、同じくギリギリの、いやもしかしたら更に上のレベル帯を狙わねばならない。
「それで…、死人が出てるなんて、俺、知らなかったから。なんていうか…、大変…だったな」
「あ…ぅぅぅ…」
「リヒト…」
ここでパンと鳴る。
部屋の隅に居たロックなお兄さんが手を叩く。
「チッ。そこまでだ。おめぇらの涙なんて見たくもねぇ。タチ、早くしてくれねぇか。準備は終わってんだ」
レイの肩が跳ねあがる。
前に向き直ると、移動式のボードがいつの間にか並んでいて、そこには地図らしき紙が貼られていた。
——ただ、その前に
視界の端々にあらゆる表情が映っていた。
何となく分かった。
集まった冒険者は、皆ソレに近いことを経験している。
だって、旅立ちの儀式の時、間違いなく五人組を組んでいたのだから。
◇
今からチーム・草原の冒険者会議が開かれる。
俺達の話の裏で、ゼビオスは彼の部下と共に会議の準備をしていた。
「そう言や、リラヴァティの地図は見たことないかも…。いや、アレはフィーゼオ大陸の地図か」
「え?そうなの?」
「組長の言う通り、俺はついて行ってただけ。計画は五人…、ま、シュウが殆ど決めてたからな」
ってか、死ぬんだ。
やっぱ、死ぬんだ。
もしかして、魔法があるから死なないんじゃないかと思ってたけど
「で、誰が話すんだ?オレは嫌だぜ。準備したついでにゼビがやれよ」
「あ?なんで俺がやるんだよ。てめぇがやれよ。前はそうだったろうが」
「はぁ?同じこと二度も喋るのやなんだよ。タチ、アンタがやりな…」
「フォグ。お前が連れてきた新人が二人もいる。お前がやるのが筋だなぁ」
…で、俺みたいな半端者を集めたのがチーム・草原か。
仲間に捨てられた、もしくは仲間に先立たれた子供たち。
「分かりました。では、私から説明します。先に入った者にとってはつまらないかもしれませんが、復習と思ってもう一度ご清聴下さい」
一人だけ、やたらと丁寧な喋り方をする。
それが更に、胡散臭く感じてしまう。
とは言え、クリプトはキラキラとした憧れの目を彼らに向ける。
「では、レイくん。ここは何処でしょうか」
「……」
「この度、草原に参加して頂きました。そして召喚組、そして今後最前線を任せられるアナタが一番聞くべきです」
そのクリプトの憧れの目に俺も含まれる。
しかも、俺の元・仲間のせいで仲間を失った者もいる。
つまり心情的に聞かざるを得ない。
「え…、俺。確かにそう…かも。その場所はここ、メリッサです」
「ご名答…というのは失礼すぎますか。それではこちらは」
「南西の大都市。王都イスタ…かな」
「流石に簡単過ぎましたか。ここが目下、我々の目標です」
というより、なんでまだ解放されていない、と最初であればツッコんでいたところ。
でも、必要レベル20と知った今、そうは考えないし、納得できる話。
ゲーム開始時点では高すぎる目標で、そのせいで何人かが死んでしまった。
ただ、ここからフォグの指が、地図上のイスタから右側に移動を始めた。
「では、こちらは?」
「ん?山…かな。山と言えば霊山サーファだけど、大陸の南端って話だし」
「やはりシュウとその一行は最短ルートを目指すつもりのようですね」
「それ…は…」
はぁと息が漏れる音が俺の鼓膜と胸に刺さる。
ライトニングともてはやされていたが、その裏には残された冒険者たちがいた。
「さて、話を戻しましょう。そこにはアクアス大神殿があります」
「アクアス大神殿?あれ…、女神ぃじゃなくて邪神アクアスって二つ目の大陸にいるんじゃ」
「成程。これは驚きました。シュウはそこまで言っていたのですね」
俺は残された側の空気に、完全にあてられていたんだと思う。
アクアス大陸の話は、例のあの現象で見たモノなのに、言い淀んでしまった。
「皆さん。やはり雷鳴は王都を、大神殿を、国民を無視するつもりのようですね」
そしてチッと舌を打つ音が、再び俺の心を抉る。
「そ、そこまでじゃない…と思いますけど」
「レイくん。アクアス大神殿に宿る邪神を知っていますか?」
「…いえ」
「フィーゼオの地では農耕が盛んです。そしてクワスは川の神です。クワスが邪神に変わっているのですよ。海鳥の邪神など、後回しでも良かった筈です。そう思いませんか?」
中央を避けるということは、大部分の人間を無視するということ。
そして、大神殿と王都を無視して、海鳥の邪神を討伐した。
だけど、俺は知っている。シュウとユリが魔王と対峙することを知っている。
そして理由も分かる。
彼らは無駄な争いを避けて、最短ルートで魔王を討伐したいだけだ。
それなのに、ここでは悪人として扱われる。
だったら異世界人を呼びすぎなんだよ、と思う。
死人が出るなら多めに呼びたい気持ちも分かる。
居残って肩身が狭い思いをしたくない気持ちも分かる。
「分かりましたから。俺はこっちで頑張るから、皆も落ち着いて…」
だから、俺は言った。
言わされた、かもしれない。
「へぇ。言うじゃねぇか」
「俺はこっちで戦う。だから、それ以上皆を悪く言うのは止めてください」
元・仲間の悪口を止めさせたい。
俺が逃げられなくなった理由、いや逃げたくなくなった理由、戦う理由になった。
熱くなっていたんだと思う。
レベルアップ出来ないという事実を忘れていたんだから。
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