第一章 俺はレベルが上がらないんですけど
第19話 見えない下駄で再スタート
♧
火口の奥には地獄の入り口がある。
地獄の奥には魔王達が居て、人間たちの様子を伺っている。
禍々しく赤黒く光る壁に、一人の女がもたれ掛かっていた。
紫髪の邪神「アクレス。そういえば、ウチの子から連絡来てたわよ」
恐怖を抱くほどの美しい邪神はつまらなそうに言った。
魔王アクレス「ルーネリア、また盗み見ていたのか。何度見ても同じであろう。人間共が無意味な努力をしているだけ。聞いても無駄だな」
濃紺の男邪神「おいおい。魔王様よぉ。俺たちゃ暇してんだから、話くらい聞こうや」
魔王アクレス「リバルーズか。ここは溜まり場ではないぞ」
リバルーズ「んなこと言われてもなぁ。で、ルーネリアはなんて?」
魔王アクレス「全く…」
ルーネリア「勇者が現れた…って報告」
リバルーズ「はぁ?マジかよ。どんなヤツだ。強ぇのか?」
ルーネリア「さぁね。直接見た訳じゃないし。名前くらいしか分からなかったわ」
リバルーズ「名前だけって…。ったく、使えねえなぁ」
ルーネリア「なんですって?あたしは忙しいのよ」
魔王アクレス「リバルーズ。もういい。次はお前の妹の出番だ」
リバルーズ「あぁ、そうだな。レイだったか?サーファに伝えとくわぁ。手ぇ、抜くなってなぁぁあ」
魔王城の大きな広間には、何故かリラヴァティの映像が映し出されていた。
そこで高笑いする海の邪神リバルーズと、いくつもの真っ黒い影が揺れる。
その一方
シュウ「ユリ、次の目的を」
ユリ「うん。私たちは海を渡る為、霊山サーファに行きます」
トオル「霊山サーファか。サーファと言えば、リバルーズの妹。氷の女神…」
ケンヤ「マジ⁉リバルーズって言や、五大神の一人だろ?俺…」
ロゼッタ「ケンヤ、ビビってるじゃん」
ケンヤ「はぁ?ビビッてねぇし!」
彼らの狙いに気付くことなく、英雄のひよこたちは、チーム・ライトニングは霊山サーファを目指す。
♧
「…で、ちゃんと臨死して、意味不明な映像見てきましたって話。魔王側の状況が見えるとか、誰目線?神目線ってより、ユーザー目線。やっぱ、ゲームじゃん!」
ビジュマの街は北西部。そこに居ては、彼らの迷惑になる。
あそこは大陸の端だから、居ても意味がない。
加えて、未だに王都イスタは解放されていない。
だから、俺は一人でメリッサを目指す。
「それにしてもシュウのヤツ…。やっぱり考えてたのかよ。ま…、ここまで計画出来るヤツだ。召喚組と転生組のレベルアップの仕方なんて、とっくに頭に入ってるか」
あの険悪さは間違いなく演技だ。
ユリが余りにも引っ張られていたから、恐らく強硬手段に移った。
「俺のレベルアップの可能性も見極めてた。どっちにも対応出来るようにした。しかも…、俺への配慮も忘れてない…って」
追い出されたことに変わりはない。
ただ、次の就職に響かないよう、ちゃんと手を打っている。
「開拓状況を丁寧に教えられてる。やる気のないパーティが多いってのもソレか。流石はエースパーティのリーダーだ…」
現地民だと判断されたようで、結論までは至っていない。
とは言え、納得していない者も多いだろう。
だから、これから先の予定を伝えた…と考えられる。
何より
「はぁ…。ついて行けなくなった…。そういうこともあるかもねぇ」
「あるんだろうよ。独走中のチーム・ライトニングだからなぁ」
メリッサの街にその情報が伝わっていない。
今後はビシュマに拠点を構えるからかもしれないが。
「そう…なんです。ライトニングは…結構ギリギリを攻めてて…」
洗礼式が行われた聖堂の隣に、大きな建物が建っている。
そこに、「冒険者係」と分かりやすく仕切られた一画がある。
「あいつ、ライトニングだ」「ライトニングってビシュマの?」「いやいや、アイツはそこを脱退したんだと」
ヒソヒソどころではない噂話。
掲示板に成績表らしき紙が貼られていて、ライトニングという名が一番上に鎮座している。
そこを正面に見て背中側に同年代の男女が座っている。
「元ライトニングの盗賊レイね。登録したわよ」
「あ…、えっとライトニングは」
「勿論、目立つようにしとくから!早く次のパーティが見つかるといいわね」
「だなぁ。ま、暫くは心配要らねぇって」
受付の男女はそう言って、木札を机の上に置いた。
ライトニングの名前を消して欲しい、と言いかけた俺は…
「盗賊かぁ…、ウチが欲しいのは僧侶なのよねぇ」
「あー、確かに微妙か。でも、ステータスは十分だよな」
機を逸したと悟って、大人しく受け取る。
そして、ザクザクとした視線に溜め息を吐きながら、長椅子に腰掛けた。
これからは分かりやすくメリッサギルドと呼ぶが、そこの職員に「直ぐに目を通して」と言われたので、仕方なく座る。
その内容に軽く息を呑んだ。
「目の前の宿?ボッタクリって言われたとこじゃん。安宿で十分なのに」
一ヶ月は、お金がかからないとも書かれている。
更には同じ期間分のフードチケットも付属している。
失業保険と言うべきか、福利厚生がしっかりしていると喜ぶべきか。
「凄っ!メリッサホテルなの?ウチはボロボロカプセルなのに」
「あ…、そうなんだ。俺んとこはなぁ」
チーム・ライトニングは確実に仲間になるように動いたが、そうではないチームも勿論ある。
しかも、ライトニング曰く、殆どのチームはダラダラしている。
しっかりしすぎているからだろう、と想像がつく。
ただ、その前に。いや、そんなことより。
俺は別のことを呟いていた。
「ちゃんと、伝わったかな…」
◇
新たなチームを探す冒険者と、足りない人材を探す為に訪れるチーム。
はじまりの街メリッサは、今も人でごった返していた。
「新参者の俺が抜けたから、裏切り者は出ない…。アレ…、でも。新たな仲間が出来るんだっけ?そーゆーのふわっとしか話せてないけど…。サーファまでは時間があると思って、あんまり伝えられてないな」
あの時、即座に反論が出来なかったのは、魔王側の映像を見た後だったからだ。
臨死に至れば運命が見えるかもしれないこと、レイという名が本当に間違えて伝えられたこと、やっぱり説明は難しい。
軽く頭を抱えたくなる。トオルが新参者ではない証拠だって、結局集められなかった。
「いやいや。トオルの目的はハッキリした。ケンヤとロゼッタも」
「あの、すみま」
「五人には昔からの結束がある。きっと」
「えっと、すみません!」
「…え?俺?」
俺は今更ながら、追い出されたパーティに思いを馳せていた。
レベルアップ出来ていれば、今もビジュマに居たかも、なんて考えていた。
「僕、クリプトと言います」
呆けていたら、目の前に眼鏡の青年がいた。
周囲の声は聞こえていたし、話しかけてもいた。
彼らの呼びかけを少し面倒くさく感じていた。
早く手続きを済ませて、立地の良いホテルでゆっくり過ごしたいと思っていた。
「悪いけど、俺は」
「僕、ロゼとケンヤの幼馴染なんです!」
だが、そういえば。彼を何となく覚えていた。
ロゼッタが話しかけた時、近くに眼鏡の青年がいた。
「そ、そうなんだ…」
シュウとユリではなく、ケンヤとロゼッタの関係者というのが痛い。
「そうなんです。二人とも凄いですよね」
知り合いの知り合いで、チーム・ライトニングもビシュマ解放までは、メリッサで寝泊まりしていた。
もしかすると、レベルの話も伝わっているかも
「も、勿論、レイさんもですけど。あ、憧れちゃうなぁって…」
「いや、俺は」
「レ、レベル10でしたっけ。あ…、でもそれも最新情報じゃなくて…」
俺は軽く目を剥いた。
彼の反応、それから周囲の反応をむず痒く感じる筈だ。
「だから俺は」
「き、聞きました。だ、大丈夫です。僕も似たような状況で…」
「似たような…って」
「ついていけなくて…」
「おいおい、クリプト。お前とは全然違うんだよぉ!」
横から失礼な程の大きな声に、両肩が跳ねあがる。
クリプトと俺の肩が。
「…あ、す、すみません。僕なんかと同じ…って失礼ですよね」
「いや、あんまり変わんないんじゃないかな」
「全然違うってぇ、その謙遜は要らねぇぜ。いや、マジで盗賊じゃなかったらなぁ」
「でも、もうすぐなんじゃない?レベル20で転職出来るんでしよ!」
メガネ青年と話し始めたことで、冒険者達が積極的に話し始める。
彼らの様子に、俺はとある事実に気が付いた。
「レイさん。手続き終わりましたよ」
十分近く囲まれた後、役所の人から待機冒険者証なるものを受け取った。
それから逃げるように向かいの宿に向かう。
真正面だから、五分も掛からない。
部屋まで五分も掛からない。
その時は、ホテルと言えば個室で当たり前と思った。
だけど、これも十分におかしかった。
最初の冒険者は基本的に大部屋で寝泊まりしている。
王都が使えないんだから、メリッサは現在進行形で人があふれている。
多分、この個室は贅沢仕様だ。
いやいや。今までも、安宿だったとしても個室だったことが全部おかしい。
「そういうことか。レベルアップが目に見えて分かるのは、その場にいた場合に限る。他人のステータスは見えないんだから、俺のレベルを知らない。これも全部…」
予め用意されていた。
アウターズのトップを走る『ライトニング』のリーダーからのプレゼント。
洗礼式でのユリの反応から計画していたことだ。
これは流石に頭を抱える。
「俺の為を思ってってのは分かるけど。ちょっと…。いや、だいぶお節介だろ…。正直に白状するべき…。でも、一か月分のチケット貰っちゃったし…」
一から再スタートの方がマシだったかもしれない。
勿論、ギルドに戻って正直に打ち明けるという選択肢も浮かんだ。
けれど、悪い考えも同時に浮かんでいた。
「この一か月をしのげたら?食事と宿は確保されてるし、ライトニングさんならこの一か月で魔王を倒してくれるかもしれないし?少なくとも、次の大陸には行くし?ライトニングさんも王都を放っておいて、別大陸に渡るとかしない…よな。その間に別チームが王都を奪還するかもしれないし…」
ライトニングの皆さまが嫌っていた、在るべき姿。
即ち、他力本願な異世界人に成り下がれば良い。
そんな都合の良い考えで、一先ず俺は見えない下駄を履いてみることにした。
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