第18話 彼らの第一章の終わり
海鳥の神『リーパス』で今は邪神化している。
大都市ビシュマ周辺のボスであり、アレを倒せばフィーゼオ大陸の北西部一端が解放される。
「我が名はトオル・ハヤト‼世界を救う勇者になる男だ‼」
「ちょ、ずりぃぞ。お、俺はケンヤ‼世界を救う勇者になる戦士だ‼」
彼らの物語を紡ぐとしたら、『第一章の終わり』が相応しい。
まだ、王都イスタは解放されていないから、人々はあちこちで苦労している。
この度、歴史ある都市が解放されたとなれば、多くの住民が喜ぶに違いない。
リラヴァティの現地人的は、『英雄候補決定の瞬間』と名付けるかもしれない。
「アタシはロゼッタ。神聖騎士になる予定の女よ」
「ボクはシュウ。え…っと。職業を名乗る流れ…かな。皆のお手伝いが出来ればいいから、英雄の助手かな」
海洋都市ビシュマは、この日を境に『エース』パーティのパトロンをやりたいと言い出すだろう。
内弁慶だった彼らをここまで導いたのだから、誰もがシュウがリーダーだと考えて、遂にシュウこそが勇者の卵だと言い始めることになる。
「……」
「ユリ。お前も名乗れ。今までのボスとは違うんだぞ」
英雄のひよこ達も、ここが重要な場面だと知っている。
トオルだって弁えている。だが、一人だけ浮いていた。
プリエステスはソワソワしている。
青い髪を左右に揺らして、頭もほわほわとさせている。
「魔獣関係は基本的に月の女神ルーネリアと繋がっている。ユリが一番詳しかったよね」
リーダーのシュウが心配そうに覗き込む。
黒く染まった神々だが、系統図はそのまま。
彼女の口が、新参者に向かって何度も何度も紡いでいたことを幼馴染は知っている。
因みにシュウは「だが成程」と内心で息を呑んでいた。
今まではほぼ同時にレベルアップしていたから、テンションの差に気付くことが出来なかった。
その影響かまだ続いている。だから、聞こえていない。
新参者が気付いたことに、当人たちが、四人が気付かない筈がない…
「え?だって私の…」
「うんうん。その調子だ」
「私の前に…」
「ん?前に…?大丈夫か、ユリ」
だが、四人の考えはソコで終わっていた。
レベルアップの絶頂後にやって来るモノが何であるかを知らなかった。
そして少し頬を染めた女司祭は叫ぶ。
「勇者のレイ君がいるもん!勇者様に差し置いて、私は名乗れないよぉぉ」
「はぁぁああ⁉」
そう。ユリは賢者タイムに突入していた。
仲間達が口上を喚く中で、もう一人の仲間の姿が見えないことに困惑していた。
「レイは階段の下!さっきの突風で飛ばされたんだよ!」
「あの時、レイ君から加護を頂きました!アルテナス様!私、分かりました!」
「だから、何を言っている!」
現在進行系で外壁の一部にしがみつく男がいる。
彼は盗賊用の装備も相まって、現葉に居合わせた若者にしか見えない。
怪鳥と対峙している勇敢な若者達と同列ではない。
「アレのどこが勇者だ‼」
分かり難いベクトルを持つトオルが、今回は分かり易く指を突き立てる。
だから、その時
皮肉にも、紛れ込んだ一般人にこそスポットが当たる。
故に
『レイ…。ソノモノガ…ユウシャ…カ』
尖塔屋根が失われているから、空を飛ぶガーゴルーの姿も映る。
それらとは何かが違う。
鳥が喋るだけで意味が分からないのに、角化組織が動くから一層不気味。
エリアボス、海鳥の邪神の言葉に、その場の全員が硬直した。
不気味さにではない。
ユリに口上を促す為に、シュウはなんと言ったのか。
「違う‼俺だ‼トオル・ハヤトこそが勇者‼お前を屠る者の名だ‼」
ユリとシュウが語った神様の系統図は人間たちの間だけで語られる。
前回の厄災で神々と対話をした者が居たとしても、何百年も前の話だから今は本の中でしか見つけられない。
だから、海鳥の邪神リーパスがあの『五大神』と繋がっている確証はない。
今後、もっと五大神に近い邪神と対峙する。それこそ、氷の女神サーファはかなり近い。
「トオル‼一人で突っ込んじゃダメよ‼ケンヤ」
いくらでも訂正する機会はある。
だけど、そこまで頭が回らない。
もしくは、新参にその冠を奪われたくないと激しく焦ってしまう。
「分かってる。俺だ‼俺こそが勇者になるんだからな‼」
「ちょっと‼」
この男二人は特にそんな感じで、
「違うもん。レイ君は弱くても私を助けてくれる…」
この女もこんなだから、シュウ・パーティはバラバラになった。
なったとしても、リーダーはいつもの様に肩を竦めるだけだ。
寧ろ、ここまでやる気になってくれたと笑顔になる。
ただ、今回は想定外のことが起きる。
大きな鳥が、例え邪神と呼ばれようが、五人の関係を見破りはしない。
バサッ…
そして強風が吹き荒れ、ケンヤとトオルの攻撃範囲から外れた。
そもそも、アルテナスを崇める人間たちと戦う為にここにいる。
戦いは始まっているんだから、リーパスは勝つために動く。
だから、一番弱そうな人間に向かって急降下した。
「そっちは駄目!レイ君は」
「ユリ!何を…」
大きな鳥が後方に着地しようとしていた。
プリエステスはその軌道を見て、即座に反応した。
彼女の盾で在りたいであろうトオルからは最も遠い距離。
それ以前にリーパスの行動を誰も読んでいなかった。
彼女を除いて
「私が守…」
「ユリィ!!!!」
ユリに進行を塞がれたリーパスは一度翼を打って、超減速をした。
そして、鋭い趾が目の前の別対象に振り下ろされた。
「きゃあああああああ」
◇
尖塔の屋根になっていたのは大鳥の巣だった。
初め見る巨大魔物は圧倒的で、俺はしがみつきながら目を剥いてしまった。
「目、目がぁぁあ」
ゴミが叩きつけているし、両手は塞がっている。
直ぐに瞼を閉じたが間に合わず、激しい痛みに苦しむ。
それだけじゃない。耳を塞ぐ事もできないから、鼓膜が破裂しそうだった。
そのせいで今度は頭が痛い。
だから、何が起きているのは分からなかった。
度々来る強風に、外壁が保ってくれることを信じてしがみつくだけ。
一目見たという違いはあっても、今までと変わらない。
「レベルは足りてるんだろ…」
少なくとも、フィーゼオ大陸は下見を済ませている。
何があったとしても、間違いなく海鳥の邪神は倒すことが出来る。
もう一度ハッキリ言うが、どんなことがあっても絶対に負けたりしない。
鳥が人間の言葉を喋るのには驚いたが、異世界だから、で片付けていいか、とにかく…
「早く倒してくれ…。俺は一般人だぞ。ここから落ちたら絶対に死ぬんだぞ…」
あんな大きな鳥は、翼のみではホバリング出来ない。
ただどうやら、重力を操っている訳ではないらしい。
魔法の力、いや邪神の力が働いているのか、とんでもない量の風が下に向かって吹きだしている。
そのお陰で下からの魔物は気にしなくて良さそう。
怖いのはやっぱり転落だった。
だから、俺はただ待っていた。
リーパスが倒されたら風は止むし、階下に蠢いている魔物も消える。
動物の場合は魔物化が終わる。
「野犬にも負けそうな気がするけど…さ」
耳の調子が悪い。
何が起きているのか分からない。
目は瞑っているし、殆ど何も聞こえていないから、半端ではない恐怖に怯えていた。
ただそんな時、何故か風が止んだ。
戦いが終わったにしては早いけど、今度こそ勇者達の戦いを見たいと思った。
だから俺は目の痛みを我慢して、ゆっくりと目を開けた。
「…な?」
見えたのは遥か上から落ちてくる巨鳥だった。
ソイツは吹き飛ばされたとか、倒されたとかには見えなくて、殺意しか感じない絶望的な猛禽類の目を光らせていた。
そして、もう一つ。
視界の端から高速で移動する青い物体が映った。
「なんで…?じゃなくて!こっちに来る…な…」
プリエステスは両腕を広げて、背を向けて俺の前に立った。
落下するリーパスをその華奢な体で受け止める。
そんなことはさせたくない、と思ったかは分からない。
無意識に手を伸ばしたのかもしれない。
「…へ?」
ユリは俺のことを勇者と呼んでくれた。
ユリはいつも守ってくれると言ってくれる。
話の流れ的に、俺がここで引き寄せて最近の汚名を返上するって考えられる。
もしくは、俺のせいでユリが犠牲になる、なんて悲しい展開も考えられるかもしれない。
でも、そのどちらも不正解。
リーパスの鋭い爪が振り下ろされるのを俺は見ていない。
ユリの叫びも聞いていない。
正解は──
バサァァァァア
「うわ…」
ユリの姿も、リーパスの大きな翼も俺から離れて行った、っていうか落ちた。
片手を伸ばした時に、怪鳥は翼を打って急ブレーキをかけたんだ。
発生した旋風は、容易く俺のもう片方の腕を石製の壁から引き剥がしたらしい。
塔から放り出されて、数m落下。背中に痛みが走って、「ぐは」と声を上げる。
そこには大聖堂本体の屋根があったらしく、致命傷で済んだ…と思った。
バキッィィィ
だが、屋根は衝撃を受け止めきれず、大きな音を立てて崩れ落ちる。
俺の体も瓦礫とともに再落下。
そして魔物が蠢く一階の床に、魔物ごと叩きつけられて、…やっぱり意識を失った。
今度こそ死んだと思った、…なんて話がしたいんじゃない。
シュウらとリーパスの戦いの様子も語る必要はない。
「アクアスヒール…」
1時間後に俺は光を感じて、魔物たちだった肉塊に囲まれて目を開けた。
「アクアス…様。御加護を…」
「あ…、えっと」
俺の傷を癒したのは、やっぱり青髪の女司祭。
俺の存在が、俺の落下が戦いに影響することはない。
ただ、一つ気になることがあった。
回復してくれた彼女の表情はレベルアップしたようには思えなかったのだ。
「ゴメン。俺…邪魔した?」
「大いに邪魔だったな。ユリ、もういいだろう」
暗い顔の少女の手を引くのは、魔法剣士な彼。
その視線は冷たい。
勇者がどうとかで、誤解を生んでいるから機嫌が悪い。
そう思ったから、俺は勇者じゃないとハッキリ言うため、蹌踉めきながら立ち上がる。
このタイミングで彼女らは言う。
「一般人なんだから、無理しなくていいわよ」
「いや、待てって。こいつのせいでユリが危なかったんだぞ」
「それはそうだけどねぇ」
すると何かが違った。
今までにはない空気だった。
「お前のせいでユリは傷を負った。立ち上がれるならさっさと出て行け」
「わ、私は大丈夫…。ロゼちゃんに治してもらったし…」
「今回は大丈夫だっただけだ。シュウ、もういいんだろう?」
今までにない軽薄な言葉だった。
気持ちは分からなくない。だけど、ここは約束の場所ではない。
俺は助けを求めて、共犯者を探した。
ただ、彼の顔からは何故か普段の温厚さが消えていた。
「うん。みんなの言う通りかもね」
「え…?だってシュウ君は…」
「ボクの勘違いだよ。それに冷静に考えてみて、ユリ」
敵視に近い視線だった。
離脱しようと思ったのは確かだし、変に期待されるのも嫌だ。
「そんな急に言われても…、俺」
抜けていいなら、抜けたっていい。
でも、この状況に納得が出来なかった。
だけど、本当は脱兎の如く逃げ出すのが正解だったかもしれない。
「一つ一つ考えたら、それは…」
「そうだね。召喚組もレベルの上がり方は同じ。彼は…流石に?」
「へ…?同じ上がり方…?そんな…」
シュウとユリの会話に耳を疑う。
確かにおかしいとは思っていた。
でも、転生組と召喚組というキーワードが残っていた。
その支えを刈り取られて、崩れ落ちそうになる。
そこには丁度ロゼッタがいて、倒れそうな俺の腕を掴んで支える…、今までの流れだったらそう。
だけど、掴まれた腕が痛い。
何故か天と地がひっくり返る。
「ロ、ロゼちゃん」
「いいのよ。っていうか、やっぱりアタシの目は間違ってなかったんじゃない。何が召喚組よ」
そのまま汚物の中に投げられて叩きつけられる。
衝撃的な言葉と共に
「ま、レベルの上がり方が同じなら、それしか考えられねぇか」
「いつぞやの悪漢を見つけた理由も頷けるな」
「なーるほど。それで俺たちの中に潜り込んだのかよ」
それは鼓膜が破れんばかりの怒声だった。
転生組、召喚組がいるのは、この地の人間には加護が授けられないから。
そして彼らは、旧態依然とした国の在り方を最初から嫌っていた。
漸く俺は、場の冷たさの意味を知った。
「ち、違う!ヨハネス13支部の人たちに聞いてもらえれば」
「だからぁ。13支部なんてないんだってば」
「そ、そだ。支部の方って言われたんだった」
「余計に怪しいじゃない。コイツ、突き出した方がいいんじゃない?」
確かにそう。俺自身も思っていたことだから、言葉に詰まる。
ロゼッタの白い目に抗う手段がない。
本当に何なんだ、と俺自身思っている所なのだ。
「そ、それはやりすぎだよ…」
「…うん、そうだね。流石に悪漢との繋がりはないよ。彼は死にかけたんだし」
「はぁ?演技だったかもしれねぇだろ?第一、なんで紛れてたんだよ」
「あの時のように退治するべきだ。これから先の為にもな」
二人が剣を構える。
シュウに転校生役を頼まれた、なんて言えない雰囲気だった。
「待ちなさい。アタシもチラって見たわよ。アイツらとは関係ない。それに大体分かるわ。ド田舎の誰かさんが一発逆転を狙ったのね」
「うん。そういう前例はあるし…」
肩を竦めるクセのある彼が、ここで顔を緩めた。
そして
「とりあえず、突き出すのはやめておこう。で、彼にはパーティを抜けてもらう」
遂にこの瞬間がやってくる。
「それだけでいいのかよ」
「で、ボクたちは暖かく見送る」
「ちょっと待て」
「勇者に寛容さは必要だよ」
実はコレが本当の計画だったのか、勇者騒動で方向転換をしたのか。
ユリの発言が突飛だったから、後者の方だろう。
「ん…じゃ、世話になった」
「レイ君!私、頑張るから!」
穏便ではなかったが、脱退なんてこんなもの。
逆に穏便な脱退方法の方が思いつかない。
こんな感じで、シュウ達は冒険の第一章を終える。
一方俺は、ここから第一章を迎える。
つまり、今までの話はただの序章だったってことだ。
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