第17話 クレイタス大聖堂のボス
勿論、俺は目を剥いた。
汚れた手で目を擦ってしまったから、直ぐに洗わないといけないことも忘れて何度も煌めく少女を疑った。
「私…、レベルアップしました‼」
「なんでだよ‼なんで、ユリ?俺って、まだレベルアップ童貞だぞ‼」
この口も余計な事を喋ってしまう。
恍惚な笑みを浮かべる青髪の少女に向かって、だが職業的には女司祭に向かって叫んでしまう。
「レイ、ちょっと」
「シュウ、これはどういうことだ」
赤毛のナイトは咎める半眼をしたが、栗毛の戦士は同様に動揺していた。
魔法剣士も同じ。彼の一撃こそが成果だった筈だ。
いつも笑顔の彼も軽く目を剥いている。
ただ、流石はリーダーだ。
シュウは軽く肩を竦めて、脳内フォルダにアクセスしている風に、トントンと自身のこめかみを二回叩いた。
「偶々、ユリが必要経験値に達したんだ。多分、そういうことだよ」
「シュウよ、何を言っている。我らはずっと同朋だぞ」
「マジかよ。ってか、シュウの理屈だと俺らにも経験値入った筈だろ?経験値DTのレイはさて置いてもよ!」
「経験値DT…って‼ダブルミーニング⁈経験がないからディーティー?その通りじゃん…」
ケンヤの容赦ない言葉に、俺は地に膝を突く。そして頭を抱えた。
ハウンディのHPの殆どを削ったのはトオルだ。だとしても、俺の貢献度が0ってことはありえない。
「女神様は、俺に一生経験をさせないつもりだ…。一生DTで居ろって言っているんだ…」
「いやいや、俺はそこまで言ってねぇぞ。いつか経験できるって」
「ふはははは。俺達は経験しているからな!その野良犬も俺様がヤッたようなもの」
「ちょ…っと男子。なんの話をしてるのよ…」
「レイも落ち着いて…。こ、これは職業の違いなんだよ。トオルは魔法剣士で、もうすぐ凄いスキルを覚えるし」
ここでシュウのフォローが入る。
俺的に納得できないけれど、確かにありそうな話だ。
だが、これでも納得できない職種がある。
「いやいや。俺は戦士だぞ。女司祭よりも騎士よりも単純明快だろ?魔法は使えねぇし‼」
あくまでも一般的なゲームの話、決して馬鹿にしている訳ではない。
それくらいゲームみたいな世界というだけの話。
だが、ここは流石にシュウが上手だ。
即興で思いついた答えを用意して、肩を竦めて笑みを浮かべる。
「経験は光女神様が与えてくれるって、レイが言ってたでしょ」
「まぁな。今はちゃんと信じてるよ。レイは経験してねぇけどな」
「うぐっ」
俺の胸の痛みはさて置き、ソーサラーな彼は冒険の為の勉強は欠かしていない——
「そう。ユリは最も敬虔な信者だったから聖職者に、プリエステスになったよね。つまり」
「そっか‼アルテナス様…、つまりこれは…」
——と思われた。
しかし、ここで彼女が割り込んでくる。
そのせいで、更に関係が拗れていく。
「レイ君を応援したことが誉められてる…。やっぱりレイ君は勇者だよ!」
「なんでそうなる⁉レイは女神の加護を貰えてないんだぞ!」
「レイ君の行動を見てくださったから、私にご加護を与えてくださった」
「ユリ。流石におかしいわよ。そもそもなんで勇者?」
俺が正しいことをしたから、敬虔なユリに加護が授けられたと、彼女は言う。
本当に意味が分からない。本当に意味が分からない?
…分かる筈だ。
「私がレイ君を守らなきゃ…。その為の力…」
「…駄目ね。ぜんっぜん聞いてない」
「シュウ君、早く行こ!レイ君も一緒に」
「いいか、ユリ。勇者と言う職業は一度も登場しない。賢者がいるというのもあくまで伽話の中だけだ」
「トオル君も行こ!私たちはアルテナス様の使徒なの!邪神を鎮めなきゃ。ロゼちゃんもケンヤ君も!」
この表現が正しいかはさておき、ユリだけがイっている。
ただ、彼女の言っていることは、やらなければならないことは間違っていない。
大聖堂内の魔物を蹴散らして、ボスのリーパスを倒す、それが彼らの今回の目標。
普段なら、いや少し手前なら、過去二回のステージなら、勇気凛凛を勘違いする少女の行動も問題なかった。
「そっか。ボクたちもレベルを上げなきゃね。ケンヤもトオルもレベルが上がったら納得するよね」
「まぁなぁ」
「無論だ。雷切りを覚えれば、ユリも勘違いだと気付くだろう」
「はぁ…。アタシだって聖騎士にジョブチェンジ出来る職業なのに…、信心が足りてなかったのかな」
今まで問題なかったんだから、皆も続く。
ユリは俺を連れていこうとしている。
でも、テンション高いから気付けないかも。
「ここで俺の安全タイムが始まるかもしれない…」
なんて思った時、レベルなんて上がっていない普通の俺の耳が異音に気付いた。
ダダッダダッ…、バッサバッサ
いや、雑音の間違い。
大聖堂の大きな扉がどのようにして開かれたのか。
結果、何が引き起こされてしまうのかは、想像に容易い。
「お、俺も
毒モンスターはいないが、それらよりレベルの高い魔物がいる。
どうやら今回もコッソリ離脱は難しい。
何度も改築を繰り返された石階段を上へ。
右の壁に手を当てるとやや湾曲しているのが分かる。
「ポセイダム時代の指定文化財?絶対に嘘よ。最近、改修工事してたじゃない」
「だったらエレベーターでも作れっての」
「それじゃ、風情も何も無いじゃない」
一組の幼馴染の他愛もない会話が響く。
五人は階段の真ん中を歩き、一人は壁伝いに歩く。
「舞台づくりだ。現地人はこういうのを好む」
「はぁ?金持ちはそんなことまで考えてんの?」
「さぁな。父上は復興しやすいようにする、とも言っていたが」
黒髪の魔法剣士は格好をつけて、足場も確認せずに登る。
それさえも、一般人には不可能な芸当である。
「だ、大丈夫…なのか」
レイが青い顔で恐る恐る、一段一段確かめているのは、螺旋階段なのに中央の支柱が見当たらないからだった。
「あぁあ。まぁだ、そんなこと言ってんのか?全部、スケジュール通りに進んでんだ。なぁロゼッタ。お前はレイが賢者って信じてんのかよ」
「それは…。可能性はあるかも…って。絵本の中でしか現れない勇者様がアタシたちの仲間だったら嬉しいし」
大きなベクトルを心に持つ戦士の声だが、一般人の心には響かない。
だとしても、柱の痕跡もあるし、崩れた後もある。外壁の支えのみで成立していることに変わりはない。
彼らは気にもしないだろうけれど、生身の人間にとっては一大事。
心霊で噂される廃墟で一番怖いのは、建物の老朽化による事故だ。
怪異よりも、そこに出没するかもしれない悪い人間たちだ。
「でも、職業ってレベルが上がったら変えられるんだろ?俺かもしれないぜ」
「アンタは勇者ってキャラじゃないでしょ」
「いつも一番前で戦ってんだろ!んで、レイは守られてばっかだ」
「ちょ…。聞こえるでしょ。け、ケンヤ。今、一番前にいるのはユリよ。勇者だったら」
「おう。先行ってるからな!」
どうやら、転校生は簡単には馴染めない。
ただ確かに、『異分子』の存在は彼らのモチベーションに繋がっている。
◇
ユリの発言で爆発した男たちの不満の声に耐える為、レイは安宿での会話を思い出す。
慌てるレイが、なんとか土下座を解いてもらった後、盗賊用の新装備に着替えている時の話だ。
「ビシュマを奪還して、その後…」
「そこって大都市で、更に英雄認定されるんだろ?そこから海を渡るんだから、俺はもう」
「ううん。次は南に下って、最南端の極寒の山を登る。出来れば、そこまでは同道して欲しいんだ」
シュウの細い指が紙の上を走る。
細部まで人の手で書かれた地図はそれだけで芸術品だ。
元から持っていたのか、二つのダンジョンを制覇したから貰ったのか、パルーの祭壇の時は手書きの見取り図だったから、恐らくは後者だろう。
「ご…、極寒の雪山?霊山サーファ…」
「必要レベルは15くらいって言われてる。それと多分、ビシュマから直接海を渡れない理由は海を見たら分かるよ」
「はぁ、レベル15…か」
「フィーゼオ大陸でのラスボス、氷女神サーファを倒す。その後、ビシュマから次の大陸に渡れるようになる」
「ん?それってどうなんだ?順番が違ってない?やっぱりメリッサから南西に向かうべきだったんじゃ」
実際、その案は提示されていた。
しかも殆どのパーティは王都イスタ奪還に動いている。
だが金髪の魔術師は、癖になっているのだろう肩を竦めた。
「イスタ攻略に適正なレベルはなんと20なんだ」
「え?20って…。つまり」
「ううん。ボクたちはイスタには向かわないよ。理由はいくつかある。ダンジョンボスを倒す方が効率が良いのと、あと…これはあまり話したくないから止めておくね。そもそも、次の大陸の適正値もレベル20なんだよ。でもボクは」
シュウとユリは他大陸の仲間たちと一緒に魔王に立ち向かっていた。
現時点で考えられる可能性。やっぱり彼は
「シュウは魔王と戦う。目的はあくまで女神アルテナスの救出…」
「え?あれ…、前にも話したっけ」
直接聞いていないが、直接見たようなもの。
ただ、レイはシュウの反応に首を傾げる。
「シュウはこの世界を救うために戦ってるだろ」
「驚いた。信じてくれるのは嬉しいけど、ちょっとこそばゆいかな。ねぇ、レイ。勇敢な君には分からないだろうけど、君が思ってる以上に、他のパーティは他力本願なんだよ」
やっぱり彼は肩を竦める。
そして今度は大きなため息を吐いた。
「レイが本当に仲間だったら良いのに…」
意味深に聞こえるが他意はない、とレイも分かっている。
転生組と召喚組の差だとしか、現時点では思えない。
だから、レイも脱退するつもりだったのだし。
そんな複雑な顔をする銀髪に、本当に勇者と呼ばれるようになる彼は戯けるように笑った。
「なんてね。実はその途中でレイのレベルアップを期待してたり」
「ちょ…。それは」
「冗談だよ、半分ね。それに…、ボクたちは他力本願なパーティにはなりたくない」
◇
「他力本願…か」
ここを突破して、南下して、霊山サーファ到達までが約束。
現在進行系で他力本願中のレイは、目下頼りまくりの外壁を触る。
室内は薄暗いから絶対に壁から離れたくない。
だが、
「あ…れ」
右手に異変が起きる。
冷たい岩壁がそこにある筈なのに、空気しか触れない。
たまたま窪んでいただけかな、と首を傾げて手をもっと前に伸ばす。
するとヒンヤリとする感触があって、少し安堵する。
でも、その先はまた窪み。それから
「え…、何…これ」
気付けば仲間たちとかなり離されていた。
外周ルートと内周ルートの差に、体力の違いが加わって大きな差になっていたらしい。
そんなことより外の明かりが射し込んでいる。
尖塔とはいえ、それなりには重いだろうに、中央の柱だけでなく外壁の支えまで所々失われている。
「これ、不味くない?あれ…、下から魔物の音…。ヤバいって、皆ぁあああああ」
降りることは出来ない。何なら、魔物の体重が加わることで崩れてもおかしくない。
レイは女神様にシカトされたままだから、大きな声で助けを呼んだ。
——その時だった。
ブゥゥゥオオオオオオ
「うわっ」
上から吹き付けるような風が吹いた。
レイは咄嗟に、歯抜け状態の壁を信じてしがみ付いた。
同時に大きく目を剥いた。
そこに見えたのは空。
巨大な神殿の尖塔の上にボスがいると聞いていた。
だから、螺旋階段の上に三角錐型の部屋があるんだと勝手に考えていた。
その部屋が上にあるから暗い、ではなかったのだ。
吹きすさぶ旋風の中に木の枝や麦わらが混じっていて、それが鞭のように体にピシピシと当たる。
「あれが…、邪神?」
なんやかんや、一度も見ていないエリアボス。
巨大なコンドルのような何かが、翼を打つたびに旋風が巻き起こる。
そして、ヒトを丸のみ出来そうな嘴がぐにゃりと曲がった。
『グワァアアアアッハッハァアアアアア、ヨクキタナ、ニンゲン‼』
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