第16話 誰がために鍵盤は叩かれる?
早速だが
「ひぃぃいいいい」
「ギャッギャウウウウ‼」
ズ…、ドン‼ガガガ…、パン‼ブシャァァアアア
「レイ、頼むぜ…」
「す、すまん」
俺は死にかけている。
助けられたのも何回目か分からない。
「ガーゴルーは、今のお前じゃ対処できないから、引っ込んでろって」
「分かった…けど…」
責めるような目。でも、これは俺のせいじゃない。
いや、ちょっとだけ俺のせいかも。
確かにゲームみたいな世界という感じで、ちょっとだけ舐めていた。
海鳥の神『リーパス』が、海洋都市『ビシュマ』のボスだ。
そのリーパスは『クレイタス大聖堂』という中央の巨大建築の尖塔を住処にしている。
ビシュマの街を南から北へ進めば良いだけで、道中は皆に任せればよいだけ、って思っていた。
だって、六人パーティだ。ゲームだったら一人くらい「守る」を選択しててもきっと許される。
何もしなくて良いとはそういうことだと思っていた。
「キィィイィイイイイイ」
「ひぃぃいいいいいい」
今までを振り返ってみよう。普段は林業村の為の教会だった『パルーの祭壇』にはアンデッド、骨董品的な価値しかないバルーツ砦周辺には毒蛇や毒ガエル。砦内に何が居たかは、毒の影響で覚えていないのだけれど。
ただ、一つ言えることは、そこに相応しい生物だった。
それが魔物化した姿だった。
リラヴァティの住民は今までの反応を見れば分かるが、神々が暗黒面に落ちることを知っていた。
即ち、住民は避難済み。メリッサの街が活気づいていたのにもそう言う理由がある。
ボスが海鳥の神と言われるだけあってか、もしくは人間たちが残した残飯目当てか、鳥類が集まっていて、そいつらが魔物になっている。
一度は王国が作られた街で、通りも住宅街も市場のどれもが大きい。
「お前、本当に賢者なのかよ…」
「いや…、それは」
祭壇という建物とか、砦という通路とかじゃない。
広い街全体が魔物の巣なんだから、前衛も後衛もあったものではない。
序盤で上から襲われるなんて、考えてもいなかった。
みるみる減っていく、ケンヤからの好感度——
「ケンヤ‼そういうの、後にしなさい。レイは成長するのに時間が掛かるんだから」
——というより、例の『俺の職業考察』が仲間で共有されていた。
「ちっ。もういい。さっさとあっちに行け」
ロゼッタが興味津々なのは、最初から分かっていた。
ケンヤがロゼッタに好意を寄せていることは見れば分かる。
流石にこれもシュウの狙いだと気付くが、馬に蹴られそうで怖い。
「へいへい。…はぁ、俺は何で破り捨てたんだ。
「上よ、レイ。身を屈めなさい‼」
「なっ‼せめて屋根のあるとこ…」
怪鳥が快調に飛んでいる地獄のような廃墟だ。
やはり今回の彼らもギリギリを攻めている。
「だはははは。遅い‼遅すぎるぞ‼…レイ、そこをどいてろ」
なんて言いながら、狂乱の形相で剣を奮うトオルもいる。
シュウもユリも全方向に気を配っているから、俺の護衛はしてくれない。
皆、俺のレベルが上がっていないと知っているのに、自分のことで手いっぱい。
「ド・ゴート…って。レイ、そこは射線だよ」
完全に足を引っ張っている。どう考えてもトロールしている。
でも、どうしようもない。あの鉤爪で引っかかれたら間違いなく死ねる。
こんな環境に一般人を連れ出す英雄たちはどうかしている。
「す、すまん。俺は——」
ただ、最初はそうでもなかった。
ビバーク地から出た直後は、全員が慎重に行動していた。
バルーツ砦の時のように瀕死の魔物を俺に倒させようとさえしていた。
ビシュマの内部には『ガーゴルー』という空を飛ぶ魔物が居るから、近づいちゃダメだ、レイはその手前で待っててくれ、なんて言っていた。
それがどうしてこうなったのか。
前兆はあった、というより今までもそうだったと敢えて言いたい。
パルーの祭壇は分かりにくかったが、そういう面が垣間見えた。
いやいや、最後の方は完全にそれだった。
そしてバルーツ砦では顕著だった。
レイ専用のレベルアップルートで何があったか。祭壇の時は分かりにくかったが、砦の時は明確に出現していた。
途中から、ケンヤとロゼッタの動きが余りにも不自然だったではないか。
洗礼式のアレはただの演出だったと仲間から暴露された。
ってことは、俺はレベルアップしていない。ってことは、俺には気持ちが分からない。
『トゥルルルルルルルンッ‼』
光女神は、誰が為に鍵盤を叩く。
その瞬間、彼らは
「そろそろ行こうぜ!クレイタス大聖堂はアッチだろぃ?」
「シュウ!行くわよ」
「うん。頃合いかもね」
「レイ君もこっち」
こうなる。
因みに彼らの体は今、輝いている。
死にかけた俺が、毎回叩き起こされているのは、一晩寝ただけじゃ回復しないからだ。
「俺が一番乗りだ‼」
「負けるものか」
そしてレベルアップでは、単に能力が一段階上がるだけでなく、身も心も全快する。
新たな人生の幕開けが起きたような感覚になっているっぽい。
ってか、とても心地よさそうな顔をする。
——それってさ…、なんて劇薬?それとも麻薬?
「みんな、落ち着いて」
「シュウ、臆病風にふかれたか?」
「違うって。…レイ。前みたいに扉を開けてくれる?」
心身ともに充実している。
気も心も大きくなっている。
今からビシュマの本丸であるクレイタス大聖堂を落とす。
ただ一人「ぜい…ぜい…」と肩で息をしてる者がいるのだが、平静さを装ったシュウも忘れている。
「開けたら直ぐに、後ろに下がってろ」
「駄目よ。レイのレベルが上がらないじゃない」
俺の嘘が、俺には『特別な職業』を与えられたという話に置き換わった。
「だが、ここからは猛獣も現れる…。守ってやれる保証はない」
「トオル君、お願い…。レイ君、私は後ろにいるから」
あらゆる書物を調べたシュウ曰く、過去にも同じ事例が確認されている。
そんな伝説は残っている。御伽話でも語られている。
「中にハウンディがいる。ただの野犬だよ」
「…野犬?いや、魔物じゃん。俺の装備じゃ」
「そこをどけ‼俺が開ける。あれか?遊び人が突然、賢者に目覚めるとかいう奴か」
それがケンヤとトオルの目にはかなり煙たい存在に映っている。
貴重な職業はとっても重要。けれど、関係ない。希少職業がなくても、邪神王は倒せる。
何度も繰り返される厄災の歴史で、そんな職業もあったというだけ。
レア職業がなくたって、クリアは出来るらしい。
「分かったよ。大人しくしとくから」
元よりそのつもりだし、そういう約束だし。
ただ、流石に小規模な祭壇と違って、一般男性の平均的な力では簡単には開けられない。
ぐぬぬと踏ん張り、大地を踏みしめる。
すると、扉から発生した衝撃波で吹き飛ばされた。
遂に力が覚醒したわけではなく、誰かが扉を破壊したから。
「俺が一番乗りだぁ‼」と言った戦士かもしれないし、「此度も我が力で」と言った厨二病魔法剣士かもしれない。
凶鳥と渡り合えた英雄のひよこたちの力は凄まじく、尻餅をついた一般人男性を片手で軽々と持ち上げる女までもが現れる。
「レイ。危ないから一緒に中に入りましょ」
幸いなのは、ここに屋根があることか。
俺の後ろにはシュウとユリがいて、女騎士様が護衛をしてくれる。
ここでやっと安全になる。——なんてことはない。
このタイミングでそれはやって来る。それは始まってしまう。
「ケンヤ!飛ばし過ぎよ」
「お、おう?…あ、ああ、そうだな。悪い…」
まただ、と俺の口角が歪む。
クレイタス大聖堂に入ったところ、少し戦った後にソレは訪れる。
これになんて名前を付けるべきか。
レベルアップはとても気持ちの良いモノらしいから、やっぱり賢者タイムと言うべきか。
一定時間戦った後、彼らに思考能力が戻っていく。
「アタシたちがキャリーしてあげる。レイ、思い切り戦いなさい」
「ケガしても大丈夫だよ!」
「俺様の足を引っ張られても困るからな」
で、今回の話の冒頭と同じ、『死にかけた俺』に戻る。
一般人男性と魔物とのタイマンバトルが始まる。
「相手はビシュマの元・野良犬だ。ガンガン狩っていけ」
「野良犬…って。もしかして、この化け物のことを言ってる?」
「他に何がいるんだよ」
五人の英雄たちが五芒星を象るように並び、周囲の警戒をしつつ俺を戦わせる。
邪神に見出された動物は、魔物になると何故か体が大きくなるらしい。
所詮は野良犬だから、英雄のひよこから見れば、ソイツは雑魚らしい。
「マジ…。だって、クマくらい大きくない?」
「俺様に時間を取らせるな」
「二人とも落ち着いて。レイ君はレベルが上がりにくいんだから」
「賢者なんでしょ。頑張るのよ」
俺を賢者だと信じる賢者タイムの若人たちが、一般人と変わらない俺と魔物化した野良犬の戦いの見物を始める。
ケンヤとトオルの視線も痛いが、ユリとロゼッタの期待に満ち溢れる目も痛い。
「やるしかない…」
海の神が邪に染まったからか、大聖堂内部には悪臭が立ち込めている。
そのせいで呼吸がうまく出来ないし、戦いの緊張のせいで喉がカラカラだ。
だが空気を読まずに、滝のように汗が流れて体温を削っていく。
ビバーク地点からこっち、俺は一度も休憩をしていない。
ってのを、絶対にみんな分かってない。
「頑張るのよ、レイ」
何かあれば、ユリとロゼッタが回復してくれると分かっていても、大型肉食獣にしか見えないハウンディが怖い。
牙で噛まれたら、爪で抉られたら殺されてしまう。
「レイ。もっと気を楽に。そいつを倒せば、きっとレベルが上がるって」
「あ、あぁ」
「グルルル…」
さっきまで散々仲間を殺されたハウンディ、彼も同じことを言いたいだろう。
って思う気持ちは少しだけ。やっぱり俺も死にたくない。
だから残った体力を総動員して、クマみたいな野良犬に戦いを挑む。
その時だった。
「レイ君は勇者だよ‼ユリは絶対にそう思う‼」
雑魚同士の戦いに水が差される。
勿論、この時の俺にとっては背中を押すユリの声援。
だって、そっち側のベクトルを俺は知らなかったから。
「な…、レイが勇者だと⁉」
「ギャン‼」
その瞬間、振り下ろされたのは魔法剣士が持つ柄に宝石をあしらった剣だった。
ハウンディも一般人相手ならと思っていたらしく、完全に不意を突かれてしまう。
半身を失ったことも、何が起きているかも分からないという、弱弱しい犬の顔に戻った。
「トオル。何やってんのよ。今はレイのレベル上げでしょ?」
「勇者は魔法も剣も使える。俺のことだぞ、ユリ!」
「ちょっと。アタシを無視して。全く…」
「違うもん。レイ君は絶対…。絶対、勇者だもん」
そんな可哀そうな彼を無視して対岸から会話のキャッチボールが行われる。
「レイのどこが勇者だ。活躍したのは最初だけじゃないか」
「最初が重要だもん。レイ君は戦えないのに、私を助けてくれたもん」
何を考えているのか分からなかった青年トオルの心のベクトルは、どうやらユリに向けられていたらしい。
傍から見てて、全然分からないくらい伝わらない。
もしくは、ケンヤのベクトルがデカすぎて見えなかった。
「勇者じゃないって。…これもシュウの計算か。仲間が済まないことをした」
俺は未知の転校生役にうんざりしながら、苦しそうに藻掻くハウンディにナイフを突き立てた。
半殺しハウンディに止めを刺したことを、女神様がどういうカウントをするのか。
今までの感覚だと、これでレベルは上がらない。
むかっ腹を立てている黒髪剣士の手柄になるのだろう。
いや。雑魚と言っていたから何も起きないかもしれない。
だが、その予想は外れる。
俺は、「いやいや」と手ぬぐいで真っ先に目を擦る。
『トゥルルルルルルルンッ‼』
女神アルテナスが鍵盤をたたく。
「なん…で…?」
「レベルアップ?どうしてユリが?」
そう。
輝いたのは青髪のプリエステス、ユリの体だった。
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