第15話 今後のことはさて置き、エースパーティはビシュマに向かう

 ——俺はシュウと約束をした。


「レイ君、おはよ!」

「あ…、うん。おは…よう…」

「あれ。シュウ君、早いね」

「うん。今日は念願のビシュマだからね」


 安宿に、さっそくユリが来ている。

 彼女の話しぶりから察するに、俺は離脱しないてい・・で予定が組まれている。

 ユリはシュウが七歳の時に出会った記憶持ちの十七歳の少女。

 彼女はガチャでプリエステスを引き当てた。


 そして、最終的に『自爆』を選ぶ…かもしれない。


「早くしなさいよ。レイが待ってるって」

「だーかーらー急いでるっての‼」

「あら。シュウ、もう出てたのね」

「んだよ。探したんだぜ」


 赤毛の十七歳と栗毛の十七歳は、シュウが十三歳の時に出会っている。

 因みに、その二人は家が近所で羨ましいことに幼馴染設定らしい。

 あの『映像ムービー』が『映像みらい』なら、ゆりかごから墓場まで共に生きることになる。

 ケンヤはガチャで『戦士』を引き、ロゼッタは『騎士』を引いた。

 対というより、同種になったのはアルテナス教の計らいか、それとも運命か。


「ふ…。漸く我らの拠点を奪取できる、というわけか」


 最期にやって来たのはトオル。

 ここで追加情報がある。実はトオル・ハヤトが彼の名前らしい。

 彼は「ハヤト」という家名を持つ小領主の出自だった。

 海外の似非日本人キャラのような名前だが、これについては簡単に説明できる。

 世界に平和を齎した英雄たちには色んな特典がある。

 例えば莫大なお金だったり、例えば領地だったり。それを成し遂げたご先祖様の名前が「ハヤト」という名前だったらしい。

 トオルはガチャで過去の偉人ハヤトと同じく、魔法剣士を引き当てた。


「レイ。調子はどうだ?勇敢な貴様のことだ。調子が悪くとも行くと言うのであろうが」


 唯一、俺が見た映像に登場していない。

 シュウの目線だと一番最後に加入したのがこの男。

 怪しいと言えなくもないけど、裏切る理由がないんだよなぁ…

 トオル目線だと、四人を昔から知ってたって言ってたし


「大丈夫…だよね、レイ。でも、無理はさせられない」

「はぁ?だったら」

「へぇ。ケンヤは仲間を見捨てるんだ」

「んなわけねぇだろ!」


 そしてシュウ。

 この冒険の指揮系統にして立案者。

 レベル1の俺に向かって土下座までしたソーサラーの青年。

 俺はあの映像を見てなかったら、間違いなく首を横に振っていた。


「自分の身は自分で守る…、ようにするつもりだから」

「ね。レイもそう言ってるし」

「そうだよ。きっと…」


 ユリの目も「レイは特殊職業だから」と言っている。

 昨晩の話は、シュウとユリで共有されていると考えるべきだ。


 だとしても、こいつ…。

 若いとも言えるけど、それなりに考えていやがる。


「み、みんな。今日は馬車を呼んでるんだ。ほら、レイはボクたちみたいにレベルが上がりやすくないから」


 早朝、土下座のままでシュウは言った。


 ボクたちの快進撃は「君のお蔭」だ、と。

 レイが居なかったら、少なくともボクたちはまだパルーの祭壇近くをうろついている、と。


 レベルが上がらず、散々足を引っ張った俺が?そんなわけ…、という容易い考えを思いつく前に、彼はとても容易い理由を教えてくれた。


「そうね。でも安心なさい。アタシがちゃんと守ってあげる」

「ちょっと待てって。守るのは俺の仕事だろ?」


 簡単で効果的、但しとても幼稚な現象を前世の知識を用いて言い放った。


 ——俺は転校生、か


「あ…。えっと、馬車が来たんじゃないかな」


 馬の嘶きに助けを求めるように、俺は呟いた。


「ほんとだ。やっぱりレイ君には周りが見えてるんだね。やっぱり」

「ってことで、皆も乗り込もうか。馬車に乗って移動なんて、レイも初めてなんじゃない?」

「あ…、うん。そうかも…な」


 いつかも言ったが、未知の大陸の未知の邪神と戦って、未知の世界を救う旅だ。

 夜空を見上げて思うのは、シュウのパーティだけが偉業を達成しているということ。

 殆どのパーティは、えっちらおっちらとダンジョンを攻略する。

 もしくは、他人任せで普通に暮らす者も多い…らしい。

 その行動は責められない。だって、いくらゲームみたいな世界とは言え、レベルアップ手前は命が架かっている。

 あんなに多くの若者が旅立ちの儀式に参加していたんだ。

 逆を言えば、サボる者が出るからあんなに多くの異世界人を集めたと言える。


「あ、忘れないうちに。今日はちゃんと用意してきたんだ。レイにも世界を知ってもらおうと思って」

「それが…、世界地図‼世界ってそうなってたんだ…」


 シュウから差し出されたモノを見て、わざとらしく言ってみる。

 ここまでは一緒に居て欲しい、とお願いされた時にその地図を一度見ているけど。

 将来的に勇者と呼ばれるのは彼、そんな彼の土下座を断るなんて、流石に畏れ多いし、後の世界のことまで考えると引き受けるべきだ。


 簡単に出来ることじゃない。勿論、それは土下座なんかじゃない。


「そうなんだよ。ここがフィーゼオ大陸で、真ん中のがアクアス大陸。私たちの目的地は一番こっち…。フォセリア大陸の最奥なの」

「う…。マジ?」


 ——キッカケはユリの行動だったらしい。


 普段から臆病で人見知りの彼女が、ここまで興味を持つことは珍しかったらしい。

 初めて出会った時の彼女の反応を、ほぼ幼馴染のシュウは見逃さなかった。


「ほんと、意味が分からないわよね。なんで異世界から来たアタシ達が…って普通は思っちゃうわよね」

「そ、そう…かも?」

「なんだよ、レイ。最初の勇ましさはどこ行ったんだよ」


 シュウ曰く、才能の塊だという四人の青少年。

 シュウ曰く、トオルの力を利用してどうにか確保した子供たち。

 シュウ曰く、臆病で引っ込み思案な少年少女。


 確かに、女神アルテナスの洗礼式では、最後のくじを引くというヘタレっぷりだったっけ…?


「いやいや。普通は怖いだろ」

「そうだ。普通は恐れおののく。だが、俺は——」


 今の彼らに話を聞けば、間違いなく首を横に振る。

 全否定されるし、興醒めされること間違いなし。


「パルーの祭壇。それからバルーツ砦。そして遂に俺達は一万年以上も歴史を持つ、ビシュマの奪還に向かうんだ…。ったく、アイツらも気楽なもんだな」


 車窓からの景色を楽しみながら、意気揚々と栗毛の青年は語る。

 硝子越しに見えるのは、生粋のリラヴァティ人たちの笑顔と、大きく左右に振られる手と手。

 期待の戦士は軽く手を上げてソレに応えて、カッコよく肩を竦めた。


「駄目でしょ、そんな顔しちゃ。アタシたちは期待されてるのよ」


 ロゼッタは半眼で幼馴染を睨み、百面相の笑顔を人々へ向ける。


 百面相だって?なんて、ぎこちない笑顔だろう。

 思わず首を引っ込めた俺に言えた義理はないのだけれど。


「レイ。今後の為にも顔を売っていた方が良いよ」

「お、おう…」

「大丈夫だよ。レイ君は絶対レベルが上がるもん。そして…」


 丁度よく張り付いた英雄たちの顔。

 今はまだ、やっぱり卵。


 俺という外因でほんのり温められているだけ。


 ハードボイルドになる頃に俺はいない。


 ——もっと、爽やかな別れにしたかったんだけれど


     ◇


 内弁慶たちの会話の間にも場面は変わる。

 祭壇の景色が流れ、再建中の砦が見える。

 自動車と変わらない速度、車載重量を考えれば、およそ百馬力。

 馬車に乗ったことがないから、この時は気付かなかったが、ただの馬ではない。


 そして、あっという間に異世界で初めての海が見えた。

 ただ…


「アレ…ってマジ?」

「うん。海を越えるって考えられないでしょ」


 馬車と違って、目玉をひん剥いてしまう。

 海の方が大きな生物がいる。そのレベルを超えている。


「なんて海獣…、いやいや。あれじゃあ、もう怪獣じゃん‼シュウたちがレベル20になったら、アレも倒せるってこと…か。それにしても邪神の影響かな。めちゃくちゃ荒れている。荒れてるし…、なんだアレ」

「ま。召喚組にはそう見えるよな」

「え、でも。海の神も邪神になってるんだろ」

「その前から荒れてるんだよ。私達人間が図に乗らないように」


 女司祭が天に祈る。

 彼女の祈りは天にただ一つ、青白く輝く星に向けられる。

 

「ユリにとやかく言えなくなっちまったな」

「まぁね。十回も加護を貰っちゃったし」

「九回だ。最初の一度は加護には入らない」

「はぁ…。トオルは細かいわね。レベル10だからそう言っただけよ」


 やっぱり俺って一般人⁉

 レイにとっては軽く目を剥く内容。

 ただ、約束した彼には「居るだけでいい」と言われている。

 それに本日のビバーク地。

 海が見える見晴らしの良い丘の上からの景色にまだまだ目を奪われている。


 地球が素晴らしい、美しいと思うべきか。

 この異世界リラヴァティが壮大だ、と感動するべきか。


「海が壁のように見える。なんかさ…。せり上がってない?本当に海抜って概念、どうなってんの…」

「ん?そんな大げさに言うもんか?」

「いや、だって。今にも呑み込まれそうだし…。なんでこう見えるんだ…」


 馬車から少しだけ歩いたここは、次の邪神エリアの僅かに手前だ。

 流石に始まりの街メリッサから、日帰りでビシュマに到着は厳しいと、レイの裏同盟主シュウは言った。


「やっぱレイにもそう見えるよね。それとさっきの話だけど。流石にレベル20でもアクアス大陸に渡ることは出来ないんだ」

「え…、それって」

「それにアクアス大陸に渡ったとしても、同じ。自由に海を渡れるようになるのは、フォセリア大陸に渡った後だね。ほら、やっぱりゲームみたいだよね」

「…別の手段があるってことか」


 開始時点から何処に行っても良いのがオープンワールド形式。

 オープンワールドと同様に見えるが、シナリオによって限られるゲームもある。

 リラヴァティがゲームとすれば、そっちに当てはまるってことだ。


「凄い!流石はレイ君だね」

「シュウ。ちゃんとレイに説明してやれ」

「そ、そうだね。渡るにはフィーゼオ大陸の最南端にある霊山サーファの攻略が必要なんだ」

「は?ビシュマは北西だろ?真逆じゃん‼」

「ほら見ろ。レイが混乱している」

「ゴメンゴメン。ここからがトオルの力の見せ所なんだ」

「トオルの力、それって」


 レイとシュウの約束は、フィーゼオ大陸を出る手前まで。


「はぁ…。俺の口から言わねばならんとはな。レイ、他のパーティがこっちに来ないのは、俺達が先行したからだけではない。本来のルートは王都の奪還と、そこから南下しての邪神サーファの討伐だ。その為に、ハヤト家は他のパーティへのけん制をすることになっている」


 自信たっぷりのトオル・ハヤト。

 彼の家柄を考えると…


 いやいや。

 ここでレイは心の中で頭を抱える。


 ちょっと待って。やっぱりトオルって怪しくない?


「つまりビシュマを抑えた後は、南に行くんだ。ってことで、今日はもう寝よう。ボクたちも今日はレベル上がっていないから、ちゃんと休まなきゃね」


 ジュクジュクと心が湧き立つ感覚がある。

 パルーの祭壇攻略後のトオルの動きを見ているからだ。


 ただ、


 明日から始まるビシュマ解放戦で、俺はとんでもないことをして、遂にパーティを追い出されることになる。

 約束も果たせないまま。


 そんなこと、知る訳ないから俺は素直に眠りに就いた。

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