第14話 もう少しだけ冒険を

 邪神の降臨体を倒したことで、砦そのものも明るさを取り戻していた。

 討伐したことで、良い神に戻りはしない。

 その代わりに光の女神の加護が届くから、ほわぁっと白い光が一帯に広がる。

 とは言え、照らされた風景が神々しいとは限らない。

 例えば、目の前に広がる魔物の肉片と体液がソレ。

 前と同じで、噎せ返るグロテスク模様が壁や天井や床を汚している。


「今回は人間じゃなかったのか?」


 床に転がるのは肉塊でしかない。

 壁を汚すのは体液と肉片でしかない。

 真っ赤な血でないだけ、前よりマシと言えなくもないが、早くこの場から去りたい気持ちは『毒』の分だけ多い。


「うん…、人間じゃなかったね。毒持ちの大きな蛇がボスだったみたい…。レイ、本当に覚えていないんだね」


 魔法を使えるのは五人中、ケンヤを除いた四人。

 邪神アクアスの魔法を使えるのは四人中、トオルを除いた三人。


「くー!最高だな‼」


 ケンヤは、シュウが発生させた水のシャワーを全身に浴びている。 

 びしょ濡れではあるものの、新鮮な水を浴びるのは至福の時間であった。

 勿論、男女は別で女子は砦の内部で互いを洗いっこしている。


「俺にも寄越せ。今回のリーダーは俺だぞ」

「はいはい。…水の女神アクアス。浄化の水で我らが魔法剣士を癒したまえ」

「ふむ…、ちょうどよ…、って、シュウ!そんなには要らない‼我の魔法剣が錆びついてしまう」

「はぁ、ほんと。我が儘だなぁ」


 この一場面を切り取っても、お気楽冒険ライフが垣間見える。

 何もない場所から水や炎を発生させられる力は、砂漠やジャングル、それから雪山でも重宝するに違いない。

 必要なのは食糧と寝床だが、レベルアップで全快するんだから、そのどちらも必要ないかもしれない。


 ただ、二回目の映像が起きないとは限らない。


「その魔法って、使ってもなくならない?」

「あれ?レイももっと水浴びしたかった?」

「いや、そうじゃなくて。魔法って永久に使えるモノなのかって」

「あ、そっちね。さっきレベル10になったから、今は結構使えるかな」

「…ってことは」

「それはそうだよ。ゲームのMPみたいに総数は決まってる。こっちだと魔力量エムゲージって言うみたいだけどね」


 この世界の決まり事。

 魔法を使った後に疲れた顔をしていたから、なんとなく分かっていたこと。

 そして現時点で魔法が使えないレイにとっては、とても大切な因子だ。


「だったら、ここから先は今みたいな戦いは厳しくなるってこと…か。 アクアス大陸ってとこで…。なぁ、ケンヤ」

「分かってるよ、レイ。だからだよ‼」


 水浴びを終えた栗毛の戦士の大声に、レイは目を剥いた。

 いやいや、あのムービーの彼と重なったからだ。


「へ?だから…って?」

「俺はフィーゼオ大陸で出来るだけレベル上げないとなんだ。だから、…多少無理したかも知れねぇ。悪かった」


 未来は決まっていない、って神は言った。


 だったら、どうして?


「ケンヤ。レイが困っているよ。…って、流石はレイだね。それともユリがアクアス大陸の話をしたんだっけ…。そう、あっち大陸にはこっちみたいに休める場所が少ない。休むのも苦労するって話だ」

「ってことで、俺はレベルを上げねぇとダメなんだ。スキルはエムゲージの消費が少ないから、ここぞって時に必要になる筈なんだ」

「そ、そう…」


 ロゼッタがエムゲージを消費してしまって、回復もままならなくて、そんな彼女をケンヤが守ろうとして…


 在り得る。というより、今の戦い方を続けたらその未来を辿る気がしてならない。

 神の目で見れば、これから先にいくつもの分岐があるのだろう。

 最初に見た魔王との戦いの映像にケンヤとロゼッタは居なかった。

 二人の最期が「あぁだった」と思わせる映像は、本当に別の世界線なのか。


「ちょっと男子ー‼まだ、終わってないのー?」

「ロゼッタちゃん、駄目だよぉぉぉ」 


 女子かはさておき、砦内で体を洗っていた二人が合流した。

 ここで騒がしくなり、レイの考察が停止する。


「だー‼こっちはまだ着替えてるっつーの‼」

「ふ…。鍛錬が足らぬからだ。この魔法剣士の鍛え抜かれたを見よ!」

「別に?アンタの体なんて見飽きてんだけどぉ?」


 半眼のロゼッタに反応したのは、あの映像で彼女を守った彼。


「ちょっと待てよ、ロゼッタ。い、今のはどういう」

「ばかケンヤ。頭、下半身で出来てんの?さっさと服を着なさいな」

「そ…、そうだよ。早く帰らないと」


 その隣では目のやりどころに困ったプリエステス様がいる。

 ソーサラーは少し肩を竦め、邪神アクアの力を止めて、男子たちに帰り支度を促す。


「そうだね。暗くなる前に報告に行きたい」

「シュウ」

「分かってる。今日はトオルの番だよ」


 結局、予定通りに第二ステージをクリア。

 一人、毒で死にかけたことなんてなかったような明るい振る舞いで、冒険者たちは再びメリッサの街へ向かう。


「そ、そうだよ。暗くなっちゃうと迷いそうだし。ね、レイ君、行こ!もう、解毒魔法使えるから安心していいよ」


 そして、ユリはここが定位置かのように銀髪の新参者の隣についた。

 その新参者はレベルがまだ1で、直ぐにやられてしまう要保護者。

 彼女の発言と行動は、ある意味で自然に思える。


 こんな大人しそうな子が最後は自爆魔法するんだっけ…

 あ…、それより今が聞くチャンスか。


「な」

「ふぇ?わ、私、何か変だった?」


 青色の髪が浮く。

 なんということか。ユリもロゼッタに負けていない。

 とっても可憐で、品のある顔立ちをしている。


「あ…、いや。大した話じゃなくて。皆は子供の頃からずっと一緒に?」

「そっか。私たちのことって…、あんまり話してなかったね。えっと、イブファーサの時に」

「イブ…なんて?」

「えっと、こっちの学校…って感じでもなくて…」


 青い瞳を泳がせ、辿り着いた先。

 やはり、眉目秀麗な彼がいる。


「ユリ。レイは召喚組だよ。そうだね。全員が揃ったのは中学三年…ってとこ。生まれは全員バラバラなんだ」

「あれ?そ、そうなんだ。幼稚園とは行かなくても、小学校くらいから一緒かと思ってた」

「うん。シュウ君とはそれくらいかなぁ」

「俺とロゼッタだって、結構長い付き合いだぜ」

「そうねぇ。これって腐れ縁ってやつかしら?」

「はぁ?ちょっと酷くない?」


 帰り道はパルーの祭壇に通りかかる。

 ユリの説明通り、やはり魔物の姿は見えない。

 ここでは前衛も後衛も関係なく、三人も会話に加わる。


「ん?だったらトオルは?」

「俺か?俺は最初からコイツらを知っていたぞ」

「へ?そうなの?でも、ユリはさっき」


 この後、彼らのリーダーであるシュウと話し合いの場を持つ。

 そこで簡単な忠告をして、パーティから離脱をする。

 この決意が気を軽くさせたのか、もしくは心残りからか、今までより踏み込んだ会話に広がる。

 彼らもレイの離脱を察知したからこそ、口が軽くなったのかもしれない。


「アレだよ、アレ。トオルんちは金持ちなんだよ」

「成程、金持ち…って、それって関係あること?学校が違ってて…みたいな?」

「そのレベルじゃねぇよ。トオルの家はイブファーサのスポンサー様だよ」

「へ…?いや、だって。召喚組、転生組、それから子孫である貴族…」


 そういえば、あの時。三十人予定が一人増えたとか。

 色々あった気がしなくもないが——


「皆も話し過ぎ。レイが混乱するよ。トオルは貴族というよりお金持ちの息子で、学校の理事の息子って感じなんだ。でも、ちゃんと転生組だよ」


     ◇

 

 彼らが敵視する貴族組とは『前世の記憶を持たない』人々らしい。

 召喚組のレイにとって、今のところ意味を持たない話だろう。


「今日はトオルが主人公の飲み会やってるんだっけ…、ってことはトオルは大丈夫か」


 一般的なゲームでは魔物を倒せば、その時点でお金が手に入る。

 リラヴァティはゲーム世界じゃないから、報酬という形でお金を得る。

 故に、イチイチ拠点に戻らなければならない。


「また一つ、星座の色が変わってる。…いや、それって逆に?」


 前回の宿とは違う窓からの景色。

 明日辞めるとレイは考えているし、全員が思っている。

 高価な宿屋には止まれない。とは言え、場末の安宿だから星空が良く見える。


「俺には早すぎたって——」


 結局、煌びやかなレベルアップを体感することが出来なかった。

 今日は本当に戦った気がしないし、経験値の味はしなかった。

 心残りがない訳ではないが、レベルアップしていない以上、身と心が休息を渇望していた。

 だから、明日どうしよう、なんて言おうと考える間もなく、藁束の中に体が勝手に呑み込まれていった。


 同じく、赤黒い月は間際に呑み込まれていく。

 まだまだ体は若い。とは言え、何度も死にかけた。解毒してもらったとは言え、新鮮な血液が即座に作られる訳じゃない。

 だから、一週間くらい寝込んでもおかしくない。


「——レイ?」


 そして、赤黒く輝く朝日が昇る。

 朝日だけれど、とても薄暗くて爽やかな朝とは言えない。


「ん…」

「まだ、眠いよね」

「ん…?」

 

 逆に言えば、直後にレベルが上がった仲間たちは短時間の睡眠で済む。

 だとしても、レイにとってはさっき寝たばかりに近いから、瞼が余りに重い。


「ゴメン。皆が起きる前に…と思って」

「え…っと」

「ほら。レイから話があるって」

「…は?え?シュウ?」


 靄が掛かったままの頭。

 靄がかかったような部屋の中に金髪の青年がぼんやりと浮かぶ。


「うん。ボクからも話がある…って、昨日言ったよね」

「あ…、そうだっけ。でも、俺」


 いつか勇者と呼ばれるかもしれない彼。

 ソーサラーで、実質的なリーダーのシュウ。


「知ってる。レベルが上がらないんだよね」

「そ、そうなんだ。だから…」


 ただ彼が来たのは、眠気も吹き飛ぶ話をする為だった。


「レイは…、勇者だよね?」

「…はい?」


 その重かった瞼が思い切り仕事をする。


「ほら。最高神アルテナスの洗礼式で」

「洗礼式…?えっと」

「あ、そっか。職業ガチャって言った方が分かりやすいかな」


 そう。

 彼はあの話をしている。

 レイがイカサマだ、出来レースだとクシャクシャにした『礼のアレ』を言っている。


「あ、いや。だから俺は勇者じゃ」

「ボクなりに理由を考えてみた」

「いや、理由って。そもそも俺の本当の職業は」


 そう、本当は『スカ‼』と出た。

 大人の目で頭で考えた時、アレは本当に無意味なモノだと思える。

 ただ、彼らが本気で信じているとすれば、こんな考えだってあるかもしれない。


「うん。実際、勇者なんて職業はない。考えてもみてよ。勇者にレベルって概念あるのかな?」

「その前に勇者って職業はないんだろ?」

「うん。勇者ってむずかしいよね。『ヒーロー』って訳されたりするくらい、アバウトな言葉だよね」

「それは…、そうかもだけど」

「…だから在り得ると思う。ボクたちよりもレベルが上がりにくいんだよ。過去に賢者が出たことがあってね。そのヒトも全然レベルが上がらなかったらしいんだ」


 覚醒していない脳に、耳に叩き込まれる。

 彼らはガチャの結果を信じていて、過去に出現した職業も学んでいて、レベルが上がりにくい現象も知っている。

 それ故に、レベルを上げる為の場所も用意していた。


「在り得ないって。だって、俺の職業は…」

「大丈夫。ボクたちに気を使わなくていいよ。これはボクたちが始めたことだし、レイに無理強いするつもりもないし」


 破り捨ててしまったから証明することは出来ない。

 ただ、それさえも気にしなくて良いと彼は言う。

 であれば、どうしてそんな話をするのか。


「へ?えっと、だったら…」


 例え赤黒くあっても、太陽はそれなりに眩しいらしい。

 窓から射しこむ赤い光が、シュウの金髪をオレンジ色に染める。

 オレンジが大きく揺れて、藁がばら撒かれた床に沈んだ。


 そんな彼の行為に、レイは言葉を失った。


「…お願い。もう少しでいいから、…ボクたちの冒険に付き合ってください」

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