第13話 二度目の映像。可能性の一つらしいが
♧
淡く光る緑の壁は、もしかしたら神々しいのかもしれない。
もしかしたら、不気味で禍々しいのかもしれない。
そこに戦士の背中が見える。
ケンヤ「こっちだ」
彼の隣には、やはり盾を構えた彼女がいる。
彼女は普段とは少し違う、不安げな顔を見せる。
ロゼッタ「今後こそ間違いないんでしょうね。早く合流しないと…、アタシ…」
ケンヤ「大丈夫だって。もうすぐレベルもあがるって」
二人の体は泥にまみれていて、魔物特有の臭いも纏っている。
肩で息をしており、疲労が蓄積しているように見える。
一目見ただけで心配になる顔、いや顔色。
それに──
(──あ…れ?ロゼッタ…?それにケンヤもどうして?)
──何より、赤毛のナイトの足は重傷に見える。
レベルアップすれば、その全てがチャラになるのだが
(…俺、何を観てる?二人の背中を追って、それから目眩い…)
残念ながら、まだレベルアップには至れない。
アクアス大陸の中央部、世界樹もしくは宇宙樹から南東に50キロ。
フォセリア大陸を目指す為に、邪神アクアスを討ち滅ぼさなければならない。
3つの大きな大陸の中盤以降だから、レベルも相当上がっている。
ソレが分かっているから、2人の顔に絶望が浮かんでいる。
(何があったか覚えてないけど、これはあの時と同じ、ムービーだ。リンネって神様が言っていた、可能性の一端…)
ロゼッタ「ケンヤ…。もういい。アンタまで危ない」
ケンヤ「バカなこと言うなよ!…アイツのことなんか信じなければ。新参者なんか、置いていけば良かったんたよ!」
ロゼッタ「ケンヤ…」
ケンヤ「だってそうだろ!みんな、アイツに──、──ロゼッタ、こっちだ」
◇
天へ届かんばかりの大樹の下は精霊たちが飛び交う森。
そこには長寿の知的生物が点々と暮らしている。
フィーゼオ大陸では見られなかった動植物が生息しているのは、この地には神の気であるオドが溢れているかららしい。
因って、ここを縄張りにする魔物は信じられないほど強大だ。
そこで声を張り上げるのは勇敢な、いや無謀な戦士か。
ケンヤ「こっちだ!俺はコッチにいるぞ!」
彼の装備もボロボロで、そこから人間らしい赤い液体が零れ落ちる。
その臭いに反応した化け物が森の木々を揺らす。
ロゼッタ「もう…いい…」
ケンヤ「俺はまだピンピンしてんぞ!ほら、どうした?」
ロゼッタ「やめ…て…。にげ…」
美しかった宝石のような瞳は、残念なことに濁っている。
視力も落ちてしまったのか、動かすのもままならないのか、虚空を見つめる少女。
青年も気付いているけれど、庇うのをやめない。
それどころか、彼も彼女と同じになり始めている。
ケンヤ「逃げない。俺はお前を守るんだ!」
ロゼッタ「アタ…シ」
ケンヤ「約束…、しただろ」
両肩を浮かすか、頬を赤くするか、もしくは茶化すか
はたまた、涙を溢したかもしれない。
いつものロゼッタなら、色々出来ただろう。
でも、今は青白い顔のまま。
ロゼッタ「もう…、遅い…わ…よ」
そして、血塗れの彼も同じ。
ケンヤ「…だな。もっと早くに…」
♧
クンッッ
脊椎と延髄の間が突然引っ張られて、更には両手も強い力で引かれた。
堪らず倒れて、視界がぐるりと上を向く。
「だっ…。また、これかよ」
また、あの現象だった。
勿論、夢かもしれない。
夢だとしても、全然違う。
終始受動的であった前回が『ただの夢』なら、こっちは意識がある時に見る『明晰夢』だ。
「暗闇…、それから——」
ケンヤとロゼッタの後を追った。
あの場で一人きりは勘弁したかったから、目線を区切ったりはしていない。
ただ、この景色は
風景が全て吹き飛んだ暗闇は
光の女神アルテナスの威光が届かぬここは
「はぁ…。死神ジャスティラスさん、俺はまだ死んでないっすよ…」
死神の気配は感じない。が、引っ張られているのならソコにいるのだ。
目には見えないし、何も聞こえないけれど、仰向けに倒れている『レイ』をズルズルと引っ張っている。
「おや?またですか。ふむ…。どういたしましょうか、リンネ様」
男の声は死神。リンネは見間違いでなければ、もしくはユリと見間違っていなければ、青い髪の女神だ。
そしてジャスティラスよりリンネが上の立場。
彼女は、まず間違いなく魂の循環を司る神。
「…はぁ。外から来た魂か。私の力だけでは御せぬ…。いや、もしかするとお母様の力によるもの…」
未だ姿は見えないが、ここには生と死を司る神が居る。
そして、輪廻の女神は包み隠さずに、不可解な現象の答えを口にした。
「あ…、そっか。邪神との戦いで呼び出されたんだっけ。こっちの人間は神とは戦えないってのは本当だった…、ぐへ‼」
「たかが人間の魂が勝手に口を開くな」
「ジャスティラス。それ以上はいけない。やはり、その者は死なないらしい。今回も臨死で引き返す。残念だがな…」
「成程。やはりお母様の御力でしたか…」
く……
異世界の神とは言え、神は神。
なすすべもなく首が締まっていくが、死には至らない。
いや、そもそも死んでいないらしい。
「そのお母様ってさ‼」
「喋るなと言っている」
「なこと言われても‼未来の映像を流してるのはそっちだろ‼」
そう、今回も。
レイはあの現象を知っている。
ゲームのような世界だが、ゲーム世界ではない。
だから、「未来の映像」という表現がしっくりくるのだが。
「…やはり、私の力の一端を垣間見たか。気にするな。そもそも前にも言ったはずだ。可能性の一端だと」
前もそうだが、これら全てが臨死体験と言える。
だが2回目ともなれば、考え方も変わる。
そもそも、アレが気になりすぎて今があるのだ。
ただ、流石に死神の力は強く、声が出なかった。
だから、暗闇を睨みつける。
「未来は定まっていない。これはアナタにとって、喜ばしいことでしょう?」
と、男の声。
俺は目を剥いて、声がした方向を睨みつける。
そこには誰もいない。後
全方向に居て、どの方向にも居なかったかもしれない。
それが神という存在ならば、だけれど。
そして女の声が聞こえた。
「ムービー?…お前が考えていることは決まっていない」
やはり目を剥いてしまう。
やはり神。考えていることは筒抜けだった。
更に女神は続けた──
「因果の外の者。口にしたくはないが、私たちは用もなくここに居る。それこそが証明ではないか?」
女の声は後ろから。
内容に飛び起きて振り返るが、そこに人影はなかった。
その代わり、やはり消えそうな淡い光がぼんやりと浮かんでいる。
その通り…、だ。
俺は一体、何を考えていた?何と勘違いしていた?
ゲームみたいな世界だからって、ムービーがあるとか馬鹿げてる。
だけどその時、俺の中に
「それ以上は、口にしない方が良いですよ。理由は…、分かりますよね?」
死神の声に俺の思考が止まる。
強制的に止まったんじゃなくて、俺の本能が伝達物質の受け取りを拒絶した。
考えてはいけない。
踏み込んではいけない。
少なくとも
「ジャスティラス。余計な事を言わない」
「そうでした」
そして前と同じく、ぶわっと突風が吹き荒れる。
ただ今回は、強い青色の光が輝いた。
◇
建設されたは三千年以上前。
邪神化する度にダンジョンに変わるから、何度も立てなおされた石造りの壁。
だとすれば、三百年前に作られたのではないか。
そんな、『テセウスの船』なバルーツ砦の最奥。
「…ぶ?」
太陽の神は地獄に堕ちて、その証として薄赤く大地を照らす。
だが、その明かりは弱弱しくて、継ぎはぎだらけの砦の部屋を照らしてはくれない。
「…?」
そう説明をしたのは、プリエステス職であるユリだった。
ただ彼女の話とは裏腹に、光の粒子が眼球の最奥に辿り着く。
太陽神アクレスの光は、光女神アルテナスの加護という『ややこしい』世界観はさて置き、
「レイ君、大丈夫?」
レベルアップという『分かりやすい』現象により、周囲が照らされる。
そのおこぼれがとても眩しかったという話だ。
パルーの祭壇の時と同じく、血塗れの若人が集っている。
前と違っているのは余りにも場面が飛んでいることだった。
「あれ…。今のは…魔法?あたら…しいヤツ…」
前回、祭壇の大部屋では『分かりやすい』敵がいて、明確に武器が見えて、彼らに伝えようとした時に、背中から腹部に焼けるような痛みが走った。
でも、今回はケンヤとロゼッタの背中を見ていただけ。
「うん…。間に合って良かった…」
涙目の青髪の少女は前と同じ、でも——
「…ったく、さっきまでピンピンしてたじゃねぇか。心配させやがって」
「へ…?いや、俺は——。それにここは?」
さっきまで見ていた筈の背中が奇妙なことを言う。
「アレって、から元気ってヤツだったの?もう、辛いなら辛いって言いなさいよ」
もう一つの背中もおかしなことを言う。
「から…げん…き?一体…」
「えっと…。二人ともそこまでで…、多分…、毒…だよ。毒消しの魔法が効いたんだし」
とは言え、直ぐに答え合わせが行われた。
「うん。間に合って良かったよ。実はレベルが足りてなかったんだ」
「シュウの計画は完璧じゃあなかったのか?全く…」
「完璧なんて言ってないよ。ボクもこんな事態になるなんて思ってなかったんだ」
死の間際に立ったのは、散々言われていた『毒』のせい。
——本当に?
いや、それは事実だろう。
五人には毒持ちモンスターの体液があんなにも付着している。
近くに居たのだから、それは自分も同じ。
彼ら彼女らのようにレベルアップしないから、擦り傷や切り傷が癒えることはない。
うっかり入り込んだ可能性は大いにある。
「毒…か。また、足を引っ張って」
だからって、問題が消えたわけじゃない。
「もしかして、覚えてないの?」
「え?えっと…。ケンヤとロゼッタとで合流を目指してて…、そこで倒れた…のか。…悪かっ」
「何を言ってんの。さっきまで一緒に戦ってたじゃない」
「たたかって…。…へ?」
寧ろ、そっちの方が問題だった。
これってつまり…さ…
そうと決まった訳ではないのだけれど
「確かにあん時は大変だったよなぁ。でも、俺はちゃんと守ったぜ。なぁ、ロゼッタ」
「アタシが守ったっての!それに!レイもレベル1とは思えない動きっぷりだったわよ。だから気付かなかったんじゃない」
ほぼ間違いない、とレイは感じていた。
ケンヤとロゼッタの死の間際の映像、アレは可能性の一つで片付けられやしない。
前に見たのだって、恐らくそう。
「レイ、そろそろ立てるかな?」
差し伸べられた手を払いのけることが出来ない。
払いのけようと思えば出来るのに。
「聞いたわよ。前は夜遊びしようとしてたんでしょ。今日は宿屋でしっかり休みなさい」
毒のせいで記憶が消えている。
そして失われた時間、無意識に彼らと同道している。
それが余りにも自然に感じられる。
猿の妖怪は、逃げ切った先で巨大な壁にぶつかる。
そんな気持ち悪さを覚える。
とは言え、まだレイ自身は見えていない。
「俺はまだ因果の外…の筈。…シュウ、ちょっと話したいことがある」
「うん。ボクも話したいことがあったんだ。…でも、それはゆっくり休んでからね」
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