第12話 モチベーションづくり
ドン‼と息が止まる衝撃。
意識が飛びそうな中、とにかく短剣を突き刺す。
今はその繰り返し。
先に攻撃をされるけれど、防いだり、いなしたりしたら「一撃」で倒せない。
「もう…。じっとしてなさい。丁度、回復魔法を覚えたところだから」
バルーツ砦はちょっと前まで稼働していたのか、手入れの行き届いた砦だった。
砦の本丸へと向かう途中で、仲間の赤毛女が両手を翳した。
「…ったく、時間がないって言ってるだろ。ここのボスを先に倒されちまうよ」
「…レベルの上げ方が違う…か。悪い…。邪魔をした」
「ケンヤ、あんた」
「じょ、冗談だよ。レイは悪くねぇ。でも、俺はもっと強くならないと。いつまでもシュウの背中ばっか見てたんじゃダメなんだ」
地下通路は思ったよりも幅が広く、新参者の戦闘参加も容易だった。
ただ、相変わらず鍵盤は叩かれない。
そんな中、ケンヤは悪態と受け取れる発言をした。
とは言え、レイはそんな解釈をしなかった。
リラヴァティに来て、たったの数日。だけれど、彼らが善よりの存在と気付くには十分だった。
「なぁ、ケンヤ、ロゼッタ。なんなら、俺をここに置いて」
「んなことしねぇ。皆を守れる戦士になるんだ。バルーツをぶっ倒したらもっと強くなれる」
邪神の名前はそのままで、バルーツの加護を受けた何かが中にいる。
海の上を気ままに飛ぶだけの存在で、気分次第では人間を何人も殺すという海風の神バルーツ。
その邪神体が砦にいる。
彼らはタイムテーブル通りに攻略している。
「いや…、そういう意味じゃ」
「そーね。だからさっさと合流しましょ。はい、これで痛くないでしょ?ユリが使ってたアクアス様の魔法とは違うんだから」
「あ、あぁ。そうなんだ…」
彼女が使ったのは、大地母神フォセリアの魔法だったらしい。
ユリから神話を聞いているから、レイにも理解できる。
フォセリアと言えば、創造神に最も近い女神様だ。
ナイトとはそういう者なのか、そんな女神の魔法を使えるなんて、本当に優秀な能力者だ。
正義感が強く、責任感をちゃんと背負っている強者。
きっちりとレベル1の、一般人と変わらない男を守っている。
…なんて、銀髪には関係がない。
レイは両肩を跳ね上げて、顔を引き攣らせた。
「…じゃなくて」
「レイ!気をつけない!ここから、さっきのジャイダとドッカエルが潜んでるわよ」
「オシャー!俺が一番乗りだ!」
「ちょっと!ったく、ケンヤってホント子供なんだから」
華やかな顔立ちの女騎士は、関節の鎖帷子部分を軋ませる。
常人と変わらぬ盗賊が首を傾げると、女は盾を軽々と振り回した。
ブシャア──
「ひ…」
シールドバッシュと呼ぶまでもない自然な仕草だった。
だが、飛び散る血飛沫と肉片が、銀髪に降りかかったから、レイの片側の口角が引き上がる。
「ん」
「あ、ありがと?」
「そうじゃなくて!早く行きなさい!アンタはアタシが守ってあげる。…って、勘違いしないでよ!」
やはり息を呑む。
騎士の盾にこびりついた汚物と対照的な美しい横顔。
「は・や・く!」
再び、ドン!と盾が何かに衝突して、レイは飛び出した。
「わ、悪い」
「レイは悪くないわよ。だって、…アタシは聖なる女騎士だもん!アタシの伝説はもう始まってるの」
先の肉片の名はドッカエルの一部。
バルーツ砦に侵入した瞬間から現れ始めた。
そしてどうやら「ラージラジラット」と名付けたケンヤは方法を間違えていたらしい。
「だー!どんだけ出てくんだよ!」
理由はさて置き、単に個体の大きさが違うだけで、ドッカエルという大蛙も、砦内を進むうちに巨大過ぎる蛙へと変わっていく。
前回のパルーの祭壇と違って、砦の中は無骨な造りで更には入り組んでいた。
兵士の休憩場所か、それとも捕虜を拘留する部屋か。
薄暗い中で進む通路はとてもおどろおどろしく見える。
これはダンジョンと呼ぶに相応しいだろう。
「本当にそっちなの?」
「んなの、分かんねぇよ!」
「はぁ?分からないのに突っ走ってたわけ?」
戦士はスキルを覚えて、騎士は回復や補助魔法を覚えるらしい。
両者ともに体力が優れているし、バランスも良いから二人だけで十分に戦っていける。
とは言え、直感が告げる言葉は違っていた。
「ちょっと厳しい…んじゃ…」
「そんな理由ないだろ!もうすぐだっての!」
「本当かしらね」
レベルが上がると声が大きくなる。
レベルか上がると感覚も鋭くなる。
レベルが上がると独り言も聞かれてしまう。
そして、忘れてはならないのは、
「レイ!とにかく先に進むぞ!俺たちの戦いは始まったばかりなんだからな!」
「う…」
レベルアップを済ませた彼と彼女は、美食を平らげて、ふかふかのベッドで快眠をとった後と変わらない。
加えて、十分なウォーミングアップも済ませたに違いないし、ちょっとした切り傷、擦り傷も完治しているに違いないのだ。
「大丈夫よ。アタシがついてるんだから!」
「おいおい、ロゼッタ。お前も前衛だろ?」
「だって!レイが危ないじゃない。ナイトは守るのも仕事なのよ」
前と後ろから大きな声。
そして、銀髪と両肩が跳ね上がる。
◇
俺は激しく動揺していた。
おどろおどろしいダンジョンにもだが、前を行く茶髪戦士の表情が余りにも分かりやすかったからだ。
「い、いや。俺は一人でどうにか出来るから」
「嘘よ。レイはレベルが上がらないんでしょ」
「そ、そういう理由じゃなくて!二人は一緒に訓練したんだろ?れ、連携が取れてた方が…、結果的に俺も助かるってこと」
俺はロゼッタに訴える。
同時にケンヤへの目配せも忘れない。
「そ、そうだぞ。これは全面的にレイが正しい!」
「…確かに、そうかもだけど」
「俺は後ろのが向いてるし。二人の盾の後ろがいいし」
「わ、分かったわよ。ケンヤ。道は分かるんでしょうね」
確かにロゼッタは可憐な少女だ。
そして、ケンヤはロゼッタのことが気になって仕方ないらしい。
だから、彼はあんなにも勇敢に突っ込んでいる。
ってことで、俺はケンヤに助け舟を出した。
っていうか、この砦攻略だって前と同じだった。
「だから覚えてねえって」
「全く…、仕方ない男ね」
ここで漸く、ロゼッタが見取り図を眺め始めた。
っていうか、もう遅いんだよ。
朝から手遅れ、トオルに唆された時点で手遅れだよ…
だって、冷静に考えたら分かることだ
最初のダンジョンは、間違いなくレベル違い
それが上手く行ったんだから、次も同じに決まってる
このバルーツ砦は、五人で命懸けのクリアをする予定だったんだろ…
「5足す1ならまだ分かるけど、2足す1は想定してない…」
早急に合流しないと、今度こそ俺の命が危ない。
ってか、なんで毒持ちモンスターばっかなんだよ‼
第二ステージも飛ばし気味のパーティに、一般市民が紛れ込んでいる状況。
トオルが暴走しているように見えたが、そもそも暴走気味のパーティ。
そんな彼らだが悪いヤツではない。
一緒に居たい気持ちもあるけれども、ステージ選びが冒険的過ぎる。
これ以上は勘弁願いたい。
「どうやって逃げ」
「こっちだ、レイ‼」
この気持ちに二人は気付いている様子はない。
どうやら道を間違えていたらしく、回れ右をして通り過ぎていく。
そして、目の前が赤く染まる。
多少の痛みを伴うモノ、だけど——
「伏せて‼」
その色は血よりも僅かに茶色がかっている。
こんな場所だけど良い匂いがするし、程よく柔らかい。
どうやら、全てが金属ではないらしいが
「ちょ…。ロゼッタ…さん」
「馬鹿ケンヤ‼思い切り走っちゃダメでしょ‼」
戦死を半眼で睨みつける宝石のような女騎士の瞳。
リラヴァティに来てからこっち、話をするのはずっとユリの役割だった。
だからって、気付くのが遅すぎる。
異世界組で、一番最初に話しかけてくれたのは彼女なのだ。
そう。ロゼッタは美しい。
彼女を汚すカエルの体液が鬱陶しく思えるほどに全てが整っている。
「わ、悪かったって。でも、急がないとシュウたちが倒しちまうだろ?」
「別にいいでしょ?今回みたいに別でレベル上げをすれば済む話だし」
勿論、戦士の彼も負けてはいない。
ただ、そんなのは関係ない。
異世界の記憶が残っているから、同じには見えない——
「それはそうだけどよ。やっぱ、俺は戦士だからな。…レイ、いつまで倒れてんだ」
——だったら、思ったより容易い、か?
トオルの暴走も同じと考えれば
「あ。あぁ。俺は大丈夫だ。ちゃんと周りを見るから」
彼らのモチベーションがそこにあるとすれば
「俺は大丈夫だよ、ロゼッタさん」
「え?そ、そう…?」
アレは何時の出来事だろうか。
『臭う…。臭うぞ。忌々しい人間共。いや、外なる魂を持つ異分子か?』
朝、昼、夕の三つの顔を持つ。所謂、三面六臂の巨人。
燃えるような赤い肌の魔王アクレスがシュウたちの前に現れる。
ムービーらしき映像では、火山の噴火口とか地獄の入り口とか、色々と解説が含まれていた。
とは言え、ゲームではないらしいからエンディングなんて想像が出来ない。
「ケンヤ。道が分かったんなら任せていいか?レベルが何故か上がらないんだ。俺は大人しくついていくから」
「お、おう。レベルが上がらないのは大変だ。きっちり護衛するからな」
茫洋とした邪神退治の旅路だ。
しかも多くの勇者が誕生するかもしれない世界だ。
一番厄介な敵は、他責になりがちな自分かもしれない。
——とは言え、シュウのパーティづくりに抜かりはない。
男が3、女が2のパーティ。
カップリングがどうこう言う前に、一人余る計算だ。
それがモチベーションに繋がっている。
フィーゼオ大陸を出るところまで考えてるシュウのことだ。
偶然かもしれないけど、態とそのままにしてるのだろう。
俺が加わることさえも、その計算に加えてるかもしれない。
ただ、今はそれが悪さをしているらしい。
だから、俺は退散するに限る。
俺の『
「頼もしいな。俺よりもずっと」
「ちょ…。止めろって。当然ではあるけどな」
「そんなことないでしょ。レイは」
「そんなことあるって。ほらほら。早くシュウたちと合流しないと、な?」
執着がないから、堂々と「お先にどうぞ」が出来る。
あの映像は決定事項ではない。ただの夢かもしれない。
ま、その前に一応
シュウに「これ以上、新参者をパーティに入れるな」くらいは言ってもいいか。
そして、正直にパーティの離脱を宣言すれば、役目は終わり。
何の役目かも覚えていないけど、のんびりと異世界で暮らすのも良いだろう。
って、思いながら二人の背中を追いかけた時
——それは再びやって来た。
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