第11話 第二ステージ、攻略途中

 フィーゼオ大陸の北側の海、そこを取り囲む雑木林。

 そして、手入れの行き届いた砦で、バルーツ砦。

 邪神の名前はそのままで、バルーツの加護を受けた何かが中にいる。


 本来のバルーツは海風の神と言われている。

 海の上を気ままに飛ぶだけの存在で、気分次第では人間を何人も殺すという。


「ケンヤ?レイを一番前に並べるって本気?」

「本気も本気。大丈夫だって。俺達はレベル7なんだし。それに」

「う、うん。私も…大丈夫…だし」

「ふーん。ユリもそうなら安心ね。で、時間の方は?」

「トオルのお陰で、結構巻いてるよ」

「ふん。当然だ。早さこそ、リラヴァティでは正義だからな」


 一名を除いて、今回の邪神攻略の方針が決まった。

 その一名はハブられている訳ではなく、ちゃんと輪の中に居る。


 レベル7のパーティにレベル1?そんなの良くあることだし?なんて考えながら、心の短剣を研ぎ澄ます。

 ただ、彼には一つ、とても大きな一つの重りが足首に纏わりついていた。


「レイ。では、お前が切り込み隊長だ。俺達の盾の間から突撃してみせろ」

「分かっている。でも…その前にいいか?」

「よかろう。今なら特別に俺様が何でも答えてやる」


 今はまだ、纏わり付くだけの黒いなにか。


「じゃ、さ。俺たちって死んだらどうなるんだ?ほら、散々ゲームみたいって…」

「は?何を言っている。死後の世界はソレこそ死んでみないと分からぬ。そもそも、俺様は死なぬがな」


 今日のリーダーの答え。

 流石に銀初の鈍色瞳は助けを求めて彷徨うが、


「レイってそんなオカルトな趣味だったの?」

「いや、オカルトっていうか。ゲームだったら…」

「おいおい。最初の威勢はどこ行ったよ?」


 残念ながら、未だ茫洋としている。

 ただ、彼は気づいていないたけで、実は答えは出ている。


「死は死…だよ。だから」

「だから、私…。頑張って回復魔法を。レイ君が死んだらどうしようって。2回も命を助けてくれたんだよ?」

「あ…。そうだった。つまり」


 そういえばそう。

 ゲーム世界なら、死んじゃったから蘇生をしよう、で済んだだろう。

 特に彼らは転生組で、下調べをコレでもかとやっている。

 そんな彼らは激昂して、大した情報も手にしないまま当時の祭壇を血の海に変えた。


 理由は勿論、レイが死んだと思ったから。


「うん。流石にゲームじゃないからね。瀕死まではどうにかできるけど、…死んでしまったらそれで。知ってると…思ったけど」

「ゴメンね。瀕死を治すのはまだまだ先で…」


 銀髪が跳ねる。

 そして心の中の鉛玉が、心の中で具現化して足が重くなる。

 あと、それとは別に、五人の計画の綿密さと度胸は改めて賞賛した。

 死なない程度の強敵だったから、アウターズで一番のレベルを獲得したのだ。

 やはり、今回の厄災を鎮めるのは彼ら、彼女ら。

 だからこそ、活躍したい。


「レイ。前みたいに扉からってのは止めておこう」

「あ、そうなんだ。だったら、窓とか?」

「ううん。ここは砦で、隠し通路があるんだ。ほら、あっちに不自然な岩が見えるかい?」

「そこに入り口があるの」


 どうやら、計画的リーダー・シュウも覚悟を決めたらしい。

 隣で心配そうな顔のユリも、渋々と頷いた。


「隠し通路の入り口…」

「大丈夫よ。シュウが全部調べてるから」

「全部じゃないよ、ロゼッタ。…で、続きね。そこから地下通路があってね。地下にはアンデッドもラジラットも出るから、そこでレベルを上げられるんじゃないかな?」


 大けがまでなら許されるが、致死の怪我は駄目だと明かされた。

 だとしても、この銀髪は歩くことが出来る。 

 その様子を黒髪の魔法剣士は、弟子を見守る眼差しで送り出した。


「さぁ。レイよ。俺という高みについて来い」


     ◇


 二つの王国の戦争は神話の時代に遡る。

 とは言え、あっただろうと伝えられる程度の歴史。

 ただ、遠くから眺めた砦は古さを感じさせないモノだった。


「前見学に来たときは、この辺りの行政を担ってたんたけど、みんなちゃんと逃げられたかな」

「普通は逃げるだろうな」

「でも、前はアタシたちを出迎えようとしてた人が刺客に殺されてたんでしょ。近くに現地の人がいるかも」 

「どうする?抜け道はレイに任せて、俺達は正面に回るか?」


 茶色い髪の戦士の発言。

 三人の前衛と、二人の後衛はバランスが取れているし、経験値の入りも悪くない。


 すると目鼻立ちの整った男は、軽く肩を竦めた。


「それもいいかもね。二手に分かれよう。正面にはトオルとボクとユリ。背後をとれる地下通路にケンヤとロゼッタと…、レイ」

「オッケー。行こうぜ、ロゼッタ。それにレイ」

「はぁ?なんでアタシが…」


 新参者はその会話を呆けて聞いている。

 前回のことも脳内を駆け巡って、酷く混乱していた。


 ただ、ポンと。


「レイ…、気持ちは分かる。だからこそなんだぞ。シュウ、そうなんだろ?」

「うん。ここなら丁度いいかなって」

「あー、そーゆーことね。それじゃ、行きましょ。レイ、ケンヤ」

「ちょ、俺が任されたんだからな」


 赤毛が肩を竦め、興奮気味にケンヤが前を行く。

 そして、


「こっちだ」

「あ、あぁ」


 何処かも分からない場所に連れていかれる。

 勿論、暖かい眼差しで。


「そっか…。バレてたのか」


 だからレイは少しだけ救われた気分になって、肩を竦めた。

 みっちり計画を立てた彼らだ。

 準備をしてきた五人の目にもレイの戸惑いは認識できていた。


「あー、いや。バレるっていうか、…な?」

「そーね。アタシたちは単に予習しただけ。しかも嘘かホントかも分からない本でね」


 勿論、レイの参加はイレギュラーだ。

 つまりこの場合の予習とは


「全員が等しく経験値を貰えるとは限らない…」

「そ。そうならないように陣形を組んでたし、役割も分けてたけど」

「でも始まってみないと、そんなの分からないじゃん?だから、アタシたちの誰かかもしれなかったのよ」

「…そか。ケンヤ、ロゼッタ…、本当に…ありがと」


 赤毛と茶毛が飛び跳ね、両肩が浮いた。

 妙な意味ではなくて、二人は視線をずらして頬を染めた。


 そして、それを見た新参者は胸が熱くなるのを感じていた。

 彼らだけではない。砦の正面に残った三人も気付いていたから部隊を分けたのだ。


「て、てめぇの為とかじゃねぇよ。と、とにかく…。頑張れ」

「こっちは狭い道で、後ろはアタシたちが守るから、安心してレベルを上げなさい!」

「…うん」


 彼らは部分的に閉鎖していて、その成果が実ってスタートダッシュを決められたケンヤたちのパーティ。

 そんな彼らが、自分達用に作っていた『女神の加護調整レベリング』を新参者にくれてやったのだ。


 若人たちの優しさに触れたレイ。

 彼は心に成人男性を飼っているのだから、つい目頭が熱くなる。


「ボッとすんなよ。ここからラジラットの大型、ラージラジラットが来るんだからな」

「ん?ケンヤ、ここに出るのってそんな名前だったっけ?普通に大型ラジラットでしょ?」

「でっかいからラージであってるじゃん。ほらほら。どんどん進むぞ」

「ったく。頭痛が痛いみたいになってるじゃないの」

「っるせぇ‼」


 いいかんじ、いいかんじ。

 そんな痴話げんかを背中にレイは息を整える。

 裏から回ったルートは物置の地下室から入ることが出来た。


「…ここも事前に調べていたのか」

「そ。避難用の抜け道だったのよ。しかも百年とか二百年レベルじゃなくて」

「そんなに古いのか」

「だから言ったろ?権力者が平民をこき使いたいから、文明を停滞させてんだよ」


 また、この話。

 というより、これがケンヤの考え方だ。

 仲良し五人組だけど、個性はそれぞれにある。


「レイ。おしゃべりしてる暇はないでしょ。アタシも回復できるようになるから、心配せずに戦いなさい」

「お、おう——」


     ◇


 銀髪は懸命に戦った。

 ケンヤ命名の『ラージラジラット』と真正面からぶつかった。

 体中に切り傷、擦り傷は増えていくが、同期に負けないように勇敢に戦う。

 左手装備はないが、五人が用意した高級な盗賊着が彼を守っていた。

 

 その成果もあって、ラジラットが受けるダメージの方が圧倒的に多い…、というのは語弊がある。

 最も貢献したのは、ケンヤとロゼッタが後ろだけでなく、側面もガッチリと固めていたことだった。


 それでも、だ。


「っ——」

「レイ、大丈夫?」

「ちょっと無理しすぎなんじゃね?」

「い…や。かすり傷だし」


 これぞ姫プと言われる戦い方だけど、正面から格上の魔物と戦えた。

 新参者だが、一歩踏み出したと言える彼の戦いは、パルーの祭壇直前の時即ち、初めての戦いの時より様になっていた。


 ラージラジラットの突撃をいなし、横から短剣で切りつける。

 完全に正面の場合は、その力を利用して真正面に剣を突き立てる。

 支える二人のような豪快さも余裕もない。

 地域住民の自警団の一人と比べたら、とても勇敢なモノだった。


 ただ…


「ロゼッタ。そろそろ合流の時間じゃね?」

「えっとぉ。そうね。——レイ、調子はどう?」


 在って然るべきものは、やはり訪れなかった。


「あ…。うん。だいぶん、慣れてきた…かな?」

「ふーん。良かったじゃない」

「だったら、ここからは俺達の番だな」


 加えて、それに気付かない二人ではない。

 だから、遂にレイが待ち望んでいた話が二人から飛び出した。


「レイ。今は砦の攻略に集中しましょ。大丈夫。アタシとケンヤがフォローするからね」

「だな。でも、なーんか変だな。そういや、召喚組と転生組のレベルの上がり方に違いがあるって、どっかで聞いたような気がするんだよな…」

「え?マジ?」

「へー。ケンヤって授業聞いてたんだー」

「ったりめぇだろ。…って、レイ‼また来るぞ‼」


 そして、レイは死に物狂いで戦い、ロゼッタとケンヤはレベルの差を見せつけて、ラージラジラットの巣を殲滅した。


 ここで…


『トゥルルルルルルルンッ‼』


 一目瞭然のレベルアップ音が地下通路で鳴り響いた。

 人間がキラキラに包まれる現象だから、地下通路ではより際立つ。

 それにたった三人しかいないから、その中の二人だけしか「加護」を得ていないこともハッキリと分かる。


 共に戦った。

 確かに二人に比べて、作業は少なかったかもしれないけれど、レベル1からレベル2なんて直ぐに上がってもおかしくない。

 彼らより遅いなんてことは考えられない。


 とは言え、苦虫をかみ砕いたような顔をしたのは、レイだけではなかった。


「くー。また、レイは上がらないのかよ」

「ほーんと、どうなってるのかしら。これは調査が必要かもしれないわね」

「あ…。うん、そうしてくれるとありがたい」


 そう。

 やっぱりそう。


 やっぱり——


「ケンヤ、ロゼッタ。…やっぱ、お前らって良いヤツだよな」

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