第10話 良い奴らなんだけど

 森の名はパルーの森。

 古代の王国が苗を植えたのが始まりと言われている。

 国を囲むように東西に広がっていて、赤黒いが輝いている太陽無しではあっという間に遭難してしまう。


「ラ・ゴート!」


 最初の一文字にアクセントを持ってくるのが、魔法剣士トオルの唱え方だ。

 八百長と思っていたプレハブでの職業ガチャは、結局今に繋がっている。


 それはさて置き


「行けるぞ、レイ!」

「お、おう!」


 トオルではなく、戦士ケンヤかタイミングをあわせて、全長5mの蛇と一対一の場面が作られる。

 ラジラットよりかなり大きく、アンデッドよりも強い。

 とは言え、レベル1でも頑張れば戦えそうではある。

 回復してもらえるのだし、えいやっ!とやれる場面だ。


 毒さえなければ…


「毒は牙、それと背中の棘だぞ」


 今度はトオルの声。

 足が竦む内容だが、有り難い助言である。


「分かった…」

「フィーゼ!行きなさい!」


 そして軽く目を剥く。

 右と左にそれぞれケンヤとトオルが居て、後ろからロゼッタの声。

 その言葉は体が軽くなる攻撃補助魔法だ。


「行け!」

「俺に追いついてみせろ」


 とんでもないパーティに入ってしまった…とさっきまで考えていたのに、今は全然違う。

 前衛三人は、純粋にレイのレベルを上げたいのだ。

 勿論、仲間として


「てぃやぁぁぁああああ!!」


 三人ともが盾を使って、他の魔蛇を牽制する。

 炎でダメージを受けた一匹と戦う。

 そんな中で、レイは見事にレベル1で魔蛇を討ち倒した。

 魔蛇はシャァ…と、小さな叫びを上げた。


「シャァァアアアアアア!」


 ただ残念ながら、茶髪の青年の雄叫びがソレを完璧に打ち消した。

 因みにレイは苦虫を噛み潰した顔である。

 確かにたおしたが…お膳立てされまくった戦いは呆気なく終わってしまった。


 でも、ゲームのような世界なら…


「あ…れ」

「レイ、どうした?」

「い、いや。何でもない。流石に一匹じゃ、上がらないのか」


 重要なのは倒すこと、…ではないらしい。


 やはりゲームとは違う。

 まず、近くにいるだけではレベルが上がらない。

 とは言え、回復役であるユリはレベルが上がっている。


「ケンヤがバカでかい声出すから、音が聞こえないでしょ?」

「はぁ?バカとはなんだよ」

「バカは馬鹿でしよ?」

「二人とも黙れ。…レイ。問題なさそうだな」


 即ち、貢献度を女神は見ている。

 トドメをさした程度では、得られる経験値もたかが知れている。


「大丈夫そう。おんぶに抱っこ…ってのは悔しいけど」


 そして銀髪は肩を竦めた。

 悔しいと言った自分の口をへの字に曲げる。


「ケンヤはさておき、俺とロゼッタも魔法が使える。後衛の側にいなくとも、安心して戦える」

「おいいい!俺はスキル派ってだけだから!」

「神話体系を覚えられないんだから、バカなんでしょ」


 前衛に、先の険悪なムードはない。

 それどころか


「ラゴート!ラゴート!」


 後ろから炎の魔法が数発飛ぶ。

 そして、このアクセントは後衛の彼のモノ。


「トオル!まだまだ来るぞ!」

「分かっている。ケンヤ、ロゼッタ、そしてレイ。…行くぞ」


 実は後衛と距離をとっている訳でもない。

 トオルのあの言動はよくあることなのだろう。

 シュウが優しい顔をしていたのも、「また、いつものことか」という意味だったのだろう。

 これが彼らの日常なのか、体を動かすことで気分が晴れたのか、昨日の五人の顔に戻っている。

 レイのレベルが変わらないように、パーティの編成は何も変わっていない。


「…な…んだよ」


 自分の一言で雰囲気を悪くさせた、という考え自体が間違っていた。

 気付いた時には毒蛇地帯のど真ん中。引き返すことも難しい。


 ただ、一つだけ変わったことがあるから引き返さない。


 呆れた、疲れた。だがそれ以上に悔しい。

 本当の年齢は分からないけれど、中身は絶対にガキだと思った。

 数えで同い年だけど、絶対にクソガキだと考えた。

 そのガキに姫プ扱いを受けている。

 そして、そのクソガキの方がずっと強い。


「俺も戦うぞ‼ユリ、ゴメン。何かあったらお願いすると思う」

「う…、うん」


 レベルアップする場合、もう一つのルールがあった。

 戦いがひと段落するまでが、戦い。その後でレベルが上がる。

 だから上がらなかったのかもしれないし、一定量が堪った後で分配されるので、六等分されてしまったからかもしれない。


「細かいことは後で考える‼多分、六倍以上の働きを見せればいいんだろ‼」


     ◇


 かつて、この地はポセイダムという王国があった。

 人々は万物に神を見て、各地に祭壇を建てた。

 ただ、今から向かうのは祭壇ではない。

 その王国が戦争をする為に築いた、と伝えられる砦だった。


「そこに次の邪神がいて…、まだ私たち…、…あ‼」

 

 ユリの瞳が震えた。


 銀髪の彼がやる気になって走り出したから…ではない。


「レ、レイ君は駄目…」


 女は前衛に向かって走る男の背中に手を伸ばした。

 その手に気付かずに銀髪は走り出す。

 レベル1というのに何という勇敢さか…、なんて思えなかった。


「やってやる。俺だって…」


 何かを口走りながら、男は走り去る。

 だから掴めなかったわけではない。

 ユリはただ、ビックリして伸ばした手を止めてしまっただけだ。


「見守ろうよ。それにボクたちも経験値を稼がないと…ね?」

「…うん」

「それにしても…、これほどとは…ね」

「…うん」


 シュウとユリ、二人の後衛はアレを見て、ソレを実感していた。

 ソレを分かっていた。頭ではソレを理解していた。

 魔法やスキルの存在が際立っていたから、そちらに目が行かなかっただけだ。


「レイ君…、頑張って。神様、彼を守って、…カイココ‼」

「あ、ありがとう?って、凄い…。装備がちょっと硬くなった…。って‼」


 さっきはロゼッタの補助魔法。今はユリの補助魔法。

 魔法は本当に奇妙で便利なモノだ。

 だが、それとは別にレイは目を剥いた。

 すると、ノロマな銀色亀の右と左を後衛が通り過ぎる。


「行くぞ‼」

「うん‼」


 そして前衛たちと同様に、淡々と魔蛇を駆逐していく。

 五人の目的はレベル上げだから、女神の加護を得る為に戦っている。

 だから、ノロマな亀がいたとしても、山の麓で昼寝は出来ない。


「ちょ…」


 そも、二人はトオルから話を聞いている。

 彼の話によれば「何処かのチンピラ」が刺客を寄越したらしいのだ。


「ちょっと…。その蛇は俺の…」

「風の神様。私に力を——フィゼオ‼レイ君、とどめを‼」


 プリエステス職はレベル6になると、神聖な風を呼び出せる。

 ジャイダとかいう毒蛇はとても危険な魔物だが、五人にとっては脅威ではない。

 ステージ2の序盤に登場する程度だから、最大火力を以てすれば簡単に倒せる。


「う…、分かった」


 レイは顔を引き攣らせて、心の篭もっていない相槌を打った。

 そしてズタボロのロープに見える何かに、とりあえず短剣を刺す。


「——ラゴート‼…レイ、こっちもだ」


 銀髪に見え隠れする瞳が半眼に変わる。

 何だったか分からない消し炭を、何となく切っ先で触る。

 もしかしたら、女神様がその行為を「うむ。貢献しておるな」と思ってくれるかもしれない。

 だってゲームみたいな世界と、転生組も言っている。


「…いや、そんなわけ」


 ただ、短剣が汚れるだけの作業。

 一人でツッコむが、ダンジョン一つ分の経験値の差が距離を引き剥がす。

 死にかけの「ジャイダ」が道を示しているから、迷うことはないが、最後尾は背中が寒い。

 そこに


「レーーーイ‼こっちだぁぁああああ‼」


 今日はリーダーとして全体を引っ張っているトオルの暖かそうな声が響く。

 なんて仲間想いのパーティだろう、なんて思うことはない。

 距離が空いたのは、トオルが独走していたからだ。


「リーダーの俺は、レイを見捨てたりしない‼」


 らしいが。


 ただ、これではパルーの祭壇の時と変わらないのだ。


「直ぐに行く‼俺も…」


 大きく息をすると、むせ返るような腐敗した森の空気が肺を汚す。

 銀髪はコホッと咳をして、ペッと唾を吐いて、仲間たちのところに走った。


「経験値を…」


 そこでレイの瞳が震えた。

 密林地帯ではなく、色とりどりの雑木林の風景に、毒蛇やら小動物やらの死骸が転がる。

 よく見ると僅かに息をしているかもしれないが、トドメを刺すのも忘れて、レイは立ち止まった。


 だって、それは一目瞭然だから。

 人間がキラキラに包まれる現象だから。

 更には


『トゥルルルルルルルンッ‼』


 百聞は一見に如かずという言葉があるが、耳からの情報だって百見に値するだろう。


「嘘…だろ…?」


 結局、繰り返されてしまう。

 夜空にたった一つだけ輝く「アルテナス」の星。

 薄暗い世界を照らす、光女神の粒子たちの円舞曲ワルツ


「おしゃぁあああ‼レベル7‼」

「レイ君、立ち止まってたら危ないよ?」

「う…」


 レベルアップによって青い髪に後光が射す。

 パルーの祭壇前では、ラジラットの群れから確かに守った。


「二回も助けてもらったんだもん!」

「それは」


 でも、あっという間に立場が変わってしまった。

 そこに赤毛のナイトがしたり顔で割り込む。


「どう?アンタも実感したんじゃない?」


 出発式の時に話しかけてきた時と同じ顔で。


「実感…って?」

「アルテナス様の御力に決まって…。あれ?アンタ、もしかして…」

「…シュウ。これはどういうことだ?」

「うーん。おかしい…よね」


 険悪だったと思った二人の話し合い。

 ただ、そんな二人を他所に栗毛の彼が銀髪の肩をポンと叩く。


「おかしいも何も。レイは戦ってないんだろ?なぁ、レイ」

「それは、まぁ。皆が強すぎる…から?」

「だよなぁ。俺も色々考えてんだけど、ムズイよな」


 そこで、レイは大袈裟に頷いた。

 色々と言いたげな顔で、深ーく頷いた。


「シュウ。今のところ順調なんだろ?」

「うん。スケジュール通りだよ」

「だったらさ…」


 そして、ケンヤが提案をした。

 驚くべきことに、五人全員がレイのレベルの心配をしていた。


「邪神バルーツの砦の攻略前に、レイのレベル上げしねぇ?」

「それはさっきからやっていたと思うけど」

「いや、そうじゃなくてさ」


 ただ残念ながら、


「1、3、2で戦おうぜ」

「1、3、2?」


 嫌な予感しかしない。


「ケンヤ君、それってつまり」

「それしかないだろ。女神様は見守ってくださってる。一番目立つところにレイを立たせるんだ」


 そう、彼らは絶望的に、キャリーが下手すぎる。

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