第8話 宿屋で脱退の意志を固めるも
「つっめた!」
「あったり前でしょ!水魔法は温水シャワーじゃないの」
ロゼッタとユリが屋内で丁寧に体を洗った。
その結果、時間が掛かりすぎて、男たちはシュウの覚えたての魔法で洗車機のように現れた。
街に戻る前にどうしてもやりたかったらしい。
「ほんと…。不思議だな…」
レイはびしょ濡れのまま、空を見つめていた。
「レイ君。体拭かないと…。…えと、何を見てるの?」
これはただの偶然。もしくは「ヒーラーを守る」という本能。
二度目は兎も角、一度目は意図して彼女を守った。
だから、ユリはレイに申し訳ない気持ちがある。
というのを言い訳に、いち早くレイに懐き始めた。
「ほら。虹が見える…」
「虹?あ…、水の影響で…」
元々その予定だったのか、シュウたちはボロキレを大量に持ってきていた。
受け取りながら、雫が垂れる髪を最初に拭いた。
「うん。水だけじゃなくて、この辺に光が射したからだとは思うけど」
「当然だ。俺たちが祭壇を解放したからな」
隣にトオルが居て、彼も当たり前のように会話に加わる。
ユリだけでなく、彼らもレイを当たり前に受け入れている。
二度も体を張ったのだから、信用に値する。
だが、未だにレイはレベルが上がらない。
それに、ちょっとだけ計算が合わない。
「今って、何レベル?」
「アクアが使えてるから、レベル6…かな」
魔法のシャワーを発生させたリーダーが答える。
「そっか。つまり」
「うん…。ボクたちが混乱して戦ってる間に邪神を倒した…みたい」
「だったら倒したのは邪神が降臨した人間だった…ってことか。ソレってあり得る?」
バラバラの肉塊を見たときは考えないようにしていたけど、やはり気になって口にしてしまう。
シュウも考えていたらしく、少しだけ顔を険しくした。
とは言え、シュウもレイのことを信頼していた。
「残念ながらあり得るんだ」
「…裏切り者がいる。ってこと?」
レイは心拍数をバクアゲしながら単刀直入に聞いた。
ただ、返ってきたのは更に首を傾げる答えだった。
「その人たち目線だと裏切っていない」
「は…?トンチ問題か何か?」
すると青年は苦笑した。
「ボクたちも最初聞いた時は耳を疑ったんだ。そういう種族が少しいて、五百年の平穏の間に混ざってしまったらしい。災厄が起きるまでは普通の人間と変わらないっていうのが、難しいところで、ね」
「マジ…?」
「マジもマジだよ。だから転生組と召喚組を増やしたって話もあるしな」
信じたくない話だが、防風林の邪神を打ち倒したから、祭壇周辺はアルテナスの光が溢れている。
たから、虹が生まれたのだ。
そんな、こっちの世界の自然現象はさせおくべき。
重要なのはあのムービーだ。
「これから先、仲間になる人間が裏切り者って可能性もあるのか。なんか…、難しい状況だな」
「はぁ?レイが何を言ってんだよ」
「いや…。だって、レベル20になったら職業も変えられるし、これから新たな仲間にだって出会う…かも。ほら、そういうのってゲームの定番だし」
「ゲームの定番ってねぇ…。でも」
「なぁ?」
五人は目を合わせて笑い始めた。
確かにここはゲームじゃない。でも、ゲームみたいな世界だ。
何がおかしいのか、とレイが怪訝な顔をする。
すると、リーダーは肩を竦めてこう言った。
「レイ。ボクたちは君を召喚組として信用してなかったくらいだよ。自分たちを守る為に、これからも意地悪なくらい用心深くするつもりだよ」
アルテナスのお陰が、眩しい若者の笑顔の五人。
それは全く信用出来ない、無垢な顔でもあった。
早速、信用されまくっている銀髪は嬉し恥ずかしよりも、引き攣ろうとする表情筋と、ツッコみしたい裏拳の筋肉を頑張って弛緩させていた。
「さ。今日はゆっくり休もう」
◇
初めての夜。
しかも、一人ぼっちの夜。
「これが十三支部の方の人たちが言ってた星空か」
メリッサの街には様々な公共施設がある。
多くは宗教関連の施設だが、利用するために訪れた信者が泊まる宿も沢山ある。
どうして一人きりかというと、レイしか宿を利用していないからだ。
「アルテナスの星。それを囲むのはエステリア座。防風林座は…、リバルーズ座の右下だっけ。確かに赤黒くはないような」
レベルほどではないが、成果は夜になると一目瞭然どなる。
レベルアップはその場で目に見えるだけだから、一般大衆には星空の成果の方が分かりやすい。
「…どうする、俺」
ユリが率先してお金を出して、他の仲間も募金に応じた。
そして、レイだけ良い宿に泊めた。
自分たちは近くの宗教施設にコネがあるから、そこで一晩過ごすとシュウは言った。
その前に祝勝会があるから、どうか?とケンヤに誘われたけれど、気分が優れないと言ったら、死にかけたんだし休んだほうが良い、とロゼッタが言った。
星空が見える良い宿を知っている、とトオルがこの宿に決めた。
「みんな、普通を通り越して良い奴なんだよな。んで、警戒してるって言った割に、俺をアッサリ仲間認定してるし。ってか、可能性の顕現って何?」
シュウらは見事なスタートダッシュを決めた。
邪神攻略一番乗りだったらしく、メリッサの一部で祭りが行われている。
そこから帰る人たちはとても楽しそうで、呪われた星空の下とは思えない。
「光女神の加護は本物だし、可能性は大いにある。あー、もう‼俺はたった二回体を張っただけだぞ‼それですっかり信用してるし…」
異世界から多人数が参加するタイプの物語。
転生組の方が圧倒的に有利だし、光女神の加護の問題もある。
だったら、キッパリと断るべきだ。
他の召喚組に編入できるか分からない。
例え一人になってもいい。
だって、
——新参のお前のせいで
彼らの足を引っ張るわけにはいかない。
足を引っ張って、結果的にケンヤもトオルもロゼッタも死んでしまうかもしれない。
顔が見えない男は自分かもしれない。
「そうだよ。だったら尚更だ。明日の朝か。ビシュマに向かう前に、宿に寄ってくれるみたいだけど、そこで言お…、…ん?」
赤黒い星がぼんやりと浮かぶ星空は、知っている夜よりずっと暗い。
ここから各地に異世界系冒険者が旅立ったって、顔も名前も知らない彼ら彼女らがある意味で囮になっているのか、街は薄暗いが平和のようだ。
集団ではあるが子供たちが歩けるくらい平和。
その集団の中に見たことがある髪の毛を見つけた。
「アレって黒髪…だよな」
長かった初日が終わったが、まだまだ一日。
だから、メリッサにどんな人間が住んでいるのか分からない。
ただ、あの色は珍しいってことくらいは分かる。
「絶対にトオルだよな。もう宴は終わったのか。子供たちも帰ってるし。なーに、キョロキョロしてんだろ。おーい、トオルーーー‼」
この宿を勧めてくれた彼の姿が人ごみに消えていく。
まぁ、いいか。とレイは思う前に、余計な事かはさておき閃いた。
明日の朝、皆の前で脱退を懇願するのは勇気がいる。
シュウとユリは…、なんか言い辛い。
ケンヤとロゼッタにも…、話しにくい。
「気付いてない?ってか、聞こえてないか。でも、ここを推薦したってことは、周辺に家、もしくは馴染みの店があるんだろ。…よし、根回しだ」
でも、トオルなら…。
何となく、近いモノを感じている彼になら。
赤髪も茶髪も珍しくない世界。
黒髪を見失う訳がない、と銀髪は部屋から飛び出した。
支給された服も相まって、盗賊のよう。
とは言え、『カス‼』のレベル1に違いない男は
「あれ…。どこ行った?」
メリッサ大通りに出た時には、トオルを見失っていた。
禄に道も覚えていない彼は、一先ず歩いている家族連れに黒い髪の青年を見なかったかと聞きまくった。
一対一の方が話しやすいし、迎えに来ると言った明日の朝に、彼の口から「そういえばレイは──」なんて話してもらえるかもしれない。
だから必死に探していた。そんな時だった。
「黒髪?あー、そういや、アッチに歩いてったような?」
「あっちですね!」
「ちょっと待て。アッチは…」
レイは軽く会釈をして、指の先が示す裏道に向かって走った。
ただ十歩程度、駆けた先で頬を引き攣らせた。
——月の女神はルーネリア、彼女も邪に染まっているの
信仰心が厚いユリに教えてもらったことだ。
現在進行形で月明かりが弱く、赤くなっている。
加えて、トオルが勧めた宿屋の一室では、弱々しく
メリッサは大きな街だけれど、宿の近くに人明かりがない。
漆黒とも言える闇の向こう。
あっちにトオルは行ったのだろう。
後ろを気にしながら、まだ戻れる、まだ戻れると心の中で念じながら、闇を歩く。
ただ、その先で不安は消える。路地裏に一、二本入った程度だし、街を囲む城壁の内側だから、人がいない訳ではない。
そこで人工の薄明かりを見つけて、銀髪は安堵をした。
「す、すみま…」
だがその時、聞こえてきた。
「…シカクが死んだ?全員がか?」
目を剥く。
「…はい。彼奴等は想像以上にレベルが上がっていたもので…」
まだ、パルーの祭壇の出来事と決まった訳じゃない。
リラヴァティは長い歴史を持つ世界だし、人間同士の争いだってある。
こんなご時世でも、路地裏に悪党が屯しているに違いない。
回れ右をして帰ろう、レベル1だから一般人と変わらないし、巻き込まれたら不味いし、と後退りした時。
カンっ!と踵が良い音を鳴らした。
「待て。…そこにいるのは誰だ⁉」
「ひ…」
レイの息が詰まる。
咄嗟に口を両手で覆った…、わけではなかった。
後ろから誰かの手が伸びてきて、鼻と口を塞がれた。
屈強な力で、後ろに引っ張られて、ただ恐怖した。
「う…、うううう‼」
真っ暗で、前も後ろも分からない。
異世界の路地裏なんて、きっと日本よりも治安が悪い。
その弊害が出た、なんて今は考えられない。
たった一人で召喚されたんだから、仲間と呼べる存在は…
「…レイ。静かにしろ」
耳元で囁かれた声に、両肩が飛び跳ねる。
それは恐怖ではなく、安堵を与える声で、咄嗟に「仲間と呼べる存在」の名を呼んだ。
「トオル…」
するともう一度口を塞がれて、もう一度耳元で声がする。
「ここは不味い。一旦、宿に戻るぞ」
間違いなくトオルの声だ。
銀髪青年が、どうして路地裏に入ったかを思い出せば分かることだった。
レイはそのままトオルに引き摺られて、トオルが推薦した宿まで戻ることが出来た。
そこでレイは気付く。
邪神ルーネリアの明かりが照らすが、彼の髪は真っ黒で未だに闇に包まれたまま。
「居たなら教えてくれよ」
人工の明かりに照らされて、安堵したレイは半眼で睨みつける。
後を追ったつもりが追い抜いていた。
今は、そうとしか考えられない。
すると、黒髪青年は不敵な笑みを浮かべた。
「闇を覗こうとする者は、闇にも見られている、ということだ」
「つまり俺が見られていた…って‼意味が分からないって。つまり俺が怪しい行動をしないか、俺を試したってことか?」
つまり、全てが演技。というか、ドッキリ作戦のようなもの。
怖い思いをしたのも、きっとソレ。
銀髪が真下に垂れ、ガックリと項垂れて、そのままベッドに倒れ込む。
だが、僅かに赤みを帯びたトオルの目は、夜月を見つめたまま。
その魔法剣士は、レイを一瞥することなく、意味の分からないことを言ってのけた。
「あぁ、試してみた。但し、お前に対してじゃない。これはシュウのテストだ」
「シュウ?あの場にシュウも居た…ってことか」
「寝ぼけたことを言うな。俺は怪しい男を追った。お前も見ていただろ?」
「え…。だったら、さっきの会話って」
あの会話は演技ではない。ドッキリ作戦でもない。
怖い思いをしたのは、会話はやっぱりアレについてだった。
「人間が人間を殺したんだ。動きがあってもおかしくない。そして、シュウは動かなかった。それが不味いと言っているんだ。アイツは甘すぎる。お前もそう思うだろ、レイ」
じわじわと真綿が首に迫って来る感覚。
あぁ…そっか…
「…確かに。俺をあっさり受け入れるくらい…だし。そ、そうだ。やっぱり俺、パー」
抜け出したい。その為にトオルを追った。
けれど、本当にそれでよいのか。
「だからレイ。俺に協力してくれ」
「へ?」
あのムービーはあくまで可能性の一つ。
「俺こそがリーダーに相応しい。そう思うだろ?思うよな?危険分子の動向を察知して行動したんだ」
とは言え、そうなる可能性は高い。
そもそもレイは、五人のことを何も知らないのだ。
「シカクは刺客…。そういうことなら…。でも、シュウはちゃんと」
「明日から突然態度が変わっては不味いからな」
「いや、だから明日は」
「今は見ているだけでいい。頼んだぞ‼」
レベル6で既に人間を辞められるらしい。
トオルは窓から飛び降りて、あっという間に姿を消した。
「パーティを抜け…って、駄目だ。全然、話を聞いてくれない。それに…。そう言えばそうだ。どうやってパーティが崩壊したか、『ムービー』では語られていない。足を引っ張ったのが俺じゃない可能性もあるのかよ…」
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