第7話 ゲームみたいな世界でムービーが流れる

     ♧


 空には赤黒く輝く星々が見える。

 これが神々が邪に染まった証拠だが、旅立った日と比べると随分マシになった。


(あれ…。俺は何を見てるんだっけ?)


 ただ今は、噴煙が邪魔をしているから空は殆ど見えない。

 大地より湧き出る溶岩のぎらつきで見えないのかもしれない。


???「流石に熱いんだけどぉ?」


シュウ「ここは火山地帯だし…ね。それにしても、ここが魔界の入り口…」


 二人の人影。せっかくの金色の髪が赤銅に見える。


(って、シュウじゃん‼隣にいるのは…、エルフ⁉)


 そして、二人の煌びやかな装備が男女を守るように青白い光を放っている。


???「そうじゃ。エルフのひよっこ。ワシのお陰でここまで来れたんじゃがな」


 眩しそうに溶岩を見つめる二人の後ろから野太い声が響く。

 背丈は二人の六割程度で、見るからに違う人種だった。

 リラヴァティでは『ドバルフ』と呼ばれる。伝説に僅かに残る種族である。

 横には広く、縦には低い。彼の後ろから顔を覗かせるのは青い髪。


ユリ「…ここを降りるん…だよね」


 地獄のような風景に天使が降り立ったような衣装を纏ったプリエステス。

 彼女も心配そうに覗き込む。


(…ん?ユリ…か。怖がりって印象だし、可愛らしい見た目だったから、直ぐには分からなかったけど。…ん?って、何…これ?俺は…、何処から見て…る?夢…かな…)


???「大丈夫。君たちなら世界を取り戻せるよ」


     ◇


 ザッ…ザザザ…


 光の女神アルテナスを除く、全ての神々が反旗を振りかざした理由は、人間たちが後に生まれた女神を最高神と崇め奉ったから、と言われている。


 その旗振り役及び、邪神の筆頭は太陽の邪神『アクレス』だ。


アクレス「臭う…。臭うぞ。忌々しい人間共。いや、外なる魂を持つ異分子か?」


 朝、昼、夕の三つの顔を持つ。

 所謂、三面六臂の巨人。

 燃えるような赤い肌の魔王がシュウたちの前に現れた。


(…あれ?今、ザッピングした?っていうか、思い出した。俺って背中に矢を受けて…。ももも、もしかして…。いや、もしかしなくても…、死んだ…のか。つまり俺って幽霊?いつの間にか時間が経った…っていうより彷徨っていた?)


シュウ「お前がアクレス…。お前さえ倒せば…、ボクたちは」


???「シュウ。落ち着きなさい。気持ちは…あたしたちエルフには分からないけど」


???「エルフの娘。分からんなら何も言うな」


 苦難を乗り越えて、魔界へ。

 ここまで来た彼を人々は『勇者』として讃えるだろう。

 そして、彼女は『賢者』と呼ばれるに違いない。


ユリ「そ…だよ。皆も見守って…くれてる…」


 仲間の死を乗り越えて、新たな仲間と共に彼らはここに立つ。


(って、そうじゃん。ケンヤは?ロゼッタは?トオルは?あの三人がいない…。アイツらが…死んだ?俺も…死んで…。「皆」の中に、俺は入ってないんだろうけど)


     ◇


 ザッ…ザザザ…


 溶岩で焼けた岩場は赤黒く光っている。

 燃え盛るほどでも、煮えたぎるようでもないが、ヒトのタンパク質を変性させるには十分な温度を保っている。


シュウ「ユリィィィィィイイイイ‼」


 勇者は叫んだ。

 彼の足下には仲間だった何かが転がっている。

 それはどうやら肉塊らしく、遠赤外線も加わって色が変わっていく。


アクレス「何をやっている?お前が世界を救うのだろうが」


ユリ「う…う…」


 賢者は邪神に首を掴まれて力なく垂れ下がっている。

 哀れにも彼女の生も燃え尽きようとしていた。


シュウ「ユリを放せ‼」


ユリ「逃げ…て…」


 遥か東の大陸フィーゼオで始まり、西の大陸フォーセリアで旅が終わる。

 その道中を支えた賢者は、最後の力を振り絞る。

 ほんの少しの魔力で十分なのだ。

 その魔法は冥界の門番に自らの魂を捧げるだけで成立するのだから。


シュウ「やめろ‼その魔法だけは…」


???「シュウ。世界の為だよ。この為に頑張ったんじゃないか」


(あれ…?こいつは誰…だ。男ってのは分かるけど、顔が見えない。っていうか、俺は幽霊なんだからもっと自由に。霊体で彷徨ってんだろ?アイツらの仲間にカウントされてないだろうけど、俺だって。…え?ちょっと待って。俺は、…この現象を知っている?)


シュウ「お前に何が分かる‼新参のお前のせいで、ボクは…」


???「そんなこと言われても…ねぇ。だって、さ」


 こんな状況で笑っている男。

 魔王ではなく、勇者の仲間の内の一人だ。

 途中からパーティに加わった存在であり、チームの足を引っ張った一因とも言える人物である。


 その男を呼び込んでしまったのは、賢者たるユリ。


 だから、彼女は爆散する直前に、その男にではなくシュウに向かって叫んだ。


ユリ「お願い‼生きて‼」


     ♧


 クンッッ


 脊椎と延髄の間が突然引っ張られて、視界がぐるりと回る。


「ぐへっ‼な、なんだよ。突然動いたと思ったら、首に…。首輪?」


 と言っても、指に当たる感触だけだ。

 ユリから発生した爆風のせいか、風景が全て吹き飛んでしまったらしい。

 周囲に光と呼べるものは何もなかった。

 もしかしたら、光の女神アルテナスの奪還に失敗したのかもしれない。


 なんて、幽霊が考えた時。


「ジャスティラス…」


 声が聞こえた。

 後ろから。引っ張っている側から。


「はい。なんでしょうか、リンネ様」


 男の声と女の声。


 リン…ネって?ジャスティラスってのは…


「その者は死なないらしい。臨死で引き返すことになった。死神の出番ではないな」

「成程。お母様の御力ですか?」


 く…は…


 すると、後ろに引く力が弱まった。

 肺は酸素を渇望していたから、目いっぱい膨らみ始める。


 その空気を含んだ血液が脳に達した時、言葉の意味がやっと結びつく。


「死神って‼」


 リラヴァティの神の一人、死の神ジャスティラス。

 死神は有名らしくて、来たばかりのレイでも知っていた。

 ただ、リンネという名前は知らない。


「おや?流石はこちらに来たての魂。自我を保っていたとは」

「死神はジャスティラスだから…。リンネ、じゃなくてリンネ様っ。さっきのムービーはなんですか‼」


 そう。

 あの死地での戦いを知っていたのではない。

 レイはあの現象を知っていた。

 ゲームのような世界だが、ゲーム世界ではない。

 だけど、「ムービー」という表現がしっくりくる。

 それに、リンネという名前が何かを想像させた。


「…成程。臨死で私の力の一端を垣間見たか。気にするな。忘れろ」


 無論、これら全てが臨死体験と言えなくもない。

 死ぬ間際に見る幻かもしれない。


「そうですよ。君は自分の命だけを気にすればいいんですよ。それでは」

「ええ。ここに用はないから、もう行きましょう」


 自分がどんな形をしているか分からない状態だったけれど、レイは咄嗟に振り返った。

 ただ、そこに人影はなかった。

 その代わり、消えそうなほど淡い光がぼんやりと浮かんでいた。


 そこに向かって、思い切り叫ぶ。


「せめて、教えてくれ‼アレは未来の?それとも過去の…」


 五百年前。もっと前の話かもしれない。リンネという名前も想像を掻き立てる。

 聞いたことがある名前は二つだけで、それは偶然の一致かもしれないのだ。

 残りの数名は、知らないから聞こえなかったのか、単に聞き取れなかったのか。


 すると、ぶわっと突風が吹き荒れて、淡い光が輝き始めた。


 ただ、それは神の光ではない。邪神の発光でもない。

 光の向こうに見えたのは、…最初は青い髪だった。


「レイ君‼レイ君‼」

「しっかりしてくれ‼」


 その隣には金色の彼だけじゃなく、赤も茶色も黒もちゃんとある。


「起きるのか?レイ‼レイ‼」

「一人だけ恰好をつけて、死んだら俺が許さないぞ」

「さっさと起きなさい‼まだ、始まったばかりなんだからね‼」


 何度もしつこく言うが、出会ったばかり。

 だけど、青い髪の彼女はまだ自爆していない。

 あの場に居なかった三人だって生きている。


「みん…な」


 煌びやかな出会いをしたわけでもない。

 深く話し合ったわけでもない。


 それでも、間際で垣間見た奇妙なムービーは鮮烈で、


「生きて…る…」


 嘘とか、夢とか

 過去とか、未来とか

 神とか、死神とか、邪神とか


 全てがどうでもよくて、何も考えられなくて、


 ただ、ただ


 ——皆が、まだ生きてることが嬉しかった。


「そ、そうだよ。ユリに感謝しろよ。って、お前泣いて…?」

「ちょっと…。あ、アンタが泣かないでよ…。アタシまで」

「お前達。この程度では…。く…」


 前世が何であるかはさておき、魂の器である肉体は十七歳に違いない。

 ほんのひと時で、心が通じ合ったになったっていいのだ。


 銀髪が零した涙の意味を知らなくても、貰ってしまった気になったっていい。


「間に合って本当に…良かった」

「また…、私を庇って…くれたんだよね。私がどんくさい…から」


 二人も瞳に涙を浮かべている。

 そして、その言葉がレイの記憶を呼び覚ます。


 レイの体感では、何年も彷徨っていた。

 けれど、これは背中に衝撃が走った先の出来事なのだ。

 直後ではなく、数分か十分程度経っただけ。


 だからこそ、生きている。


「また…、レベル上がった?俺って射抜かれた…と思ったんだけど」


 ユリはうんうんと何度も頷くから、遂に溜まっていた涙が頬を伝う。

 隣でシュウが僅かに微笑む。


「…どうやらそうらしい」

「ん?どうやら…って。だって、レベルアップはハッキリと分かるだろ?」


 レイはあからさまに、きょとんとした。

 シュウの目的はその「レベル上げ」だったのだ。

 女神様の鍵盤で、落ち込んでいた自分の気持ちもついでに思い出す。


 その表情に、いつか勇者と呼ばれるかもしれない彼はバツの悪い顔をした。


「面目ない。本当に覚えてないんだ」

「だってよぉ、仲間が背中から撃たれたんだ‼…って、ロゼッタが」

「なんでアタシなのよ‼そりゃ、まぁ…。混乱してたのは認めるけど」


 そして、コロコロと変わる仲間たちの顔。

 そもそも、横たわっていたレイには見えなかったのだ。


 戦う度に拭いていた彼女達の体には夥しい血液が付着していた。


「シュウ。なんてことはない仇討ちだ。恥じることはないだろう」

「仇って…。俺は死んで…。…ひぇ」


 飛び起きた鈍色が捉えたのは、アンデッドとは違う新鮮な肉塊。

 若さ故か。仲間の死が爆発力に変わるタイプなのか。


「あの時はレイ君が殺された…って思った…から」


 レイは目を剥く。

 ムービーに従えば、最期の彼女は躊躇なく自爆魔法を唱えていた。


「そ、そういうわけなんだ。アイツら・・・・が何処の誰で、何なのかを聞く前に…」

「だって、仕方ないでしょ。排除して直ぐにアンタの治療だったし」

「あ、アイツらは不意打ちをしてくる卑怯者だ」


 他にも複数隠れていたらしい。

 言われて気付くが、ぶら下がり男の単独行動はやはり考えられない。

 であれば、とここでレイは考えるのを止めた。


「違うって。ダメって言ってるわけじゃなくて…。みんな…、ありがと…」


 自分の為を思っての行動。

 逆上したのもあるけれど、確かにロゼッタの言う通り。

 排除しなければ、死の間際の人間は救えない。


 同時に浮かび上がる別の考え。


 本当に勇者になって魔王アクレスと対峙することになるかもしれない彼。

 差し出された手を握りながら、激しく脈打つ鼓動に身を焦がす。


「さ。帰ろう」

「そうね。ベッタベタで気持ち悪いし」


 これが終わったら宿に戻ることになっていた。

 銀髪は立ち上がり、再び天を仰いだ。


 そして、先の突風が耳元で囁いたかもしれない「答え」に頭を抱える。

 答えにもなっていない回答に、激しい脱力感を覚える。


 ——母の力は可能性の顕現。何を見たかは知らないけど

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