第6話 レベルアップの旋律と胸を打つ音

 中央に吹き抜けの祈り部屋があり、両奥から手前に向かう登り階段がある。

 平和な時代のパルーの祭壇は、パルー地区の憩いの場だったに違いない。

 アルテナス光教は、多神教でシンプルで寛容という教義らしい。


 とは言え、今はいつもよりも祈りを捧げたい。


「どわぁぁあああ‼」

「うるさい‼アンタ、もっと前に行きなさいよ‼」

「そうだ。俺の輝かしい未来の犠牲になれ」

「って、なんでだよ‼シュウ‼なんでこんなにアンデッド・・・・・が溜まってんだよ‼」


 新参者のレイはシュウの隣に立っていた。

 そこで、ある意味で見慣れた風景に目を剥いていた。

 六人ともに、見覚えがある筈のホラー映画のワンシーン。


「…分からない。でも、問題はないよ。それに都合だって良い。伏せて‼ラゴート‼ラゴート‼ラゴート‼」

「ちょ…、炎魔法はやめてって‼シュウは後ろで気付いてないかもだけど、めっちゃ臭いんだから‼」

「あれ…。そうなんだ。ゴメン…」


 ロゼッタの本気の白い目に、金髪が飛び跳ねた。

 さっきは死体をむさぼる大ねずみで、今度は腐った死体たち。

 鼠葬、土葬が火葬に変わって、無事に成仏したに違いないが、結果的に怨念として悪臭が残ってしまった。

 とは言え、これで入り口に群がっていたアンデッドは一掃された。

 この戦いも、起点になるのは魔法が使えるアタック役だった。


 ——なんて考えている間に、アレが起きる。


『トゥルルルルルルルンッ‼』


 さっき聞いたピアノの旋律と、さっき見た桜吹雪のような光の粒子の舞い。

 本日三度目とはいえ、皆は嬉しそうに光景に酔いしれる。

 銀髪は咄嗟に下を向き、自分の体を確認。両手両足も確認するが、自分の周りに光の粉は飛んでいない。

 生きている以上、何かしらの音はするものだけれど、残念ながらピアノの旋律は聞こえない。


「え…、また?」


 世界の外に居る神に会ってここに居る。

 正真正銘の異世界人なのに、何故かレイだけレベルが上がらない。


「おしゃー‼レベル3だぜ。これで押し出しのスキルが使える‼」

「アタシは補助魔法か。まぁ、いいわ。こういう魔法の方が結局強いのよね」

「ふ…」


 遂に前衛組も使える何かを覚えたらしい。

 レベルが上がるタイミングは同じ。最初の方だから同じなのかもしれない。

 それにやはりゲームのように、戦いの区切りでレベルというのは上がるらしい。


 レイが冷静に考えられる訳もなく、喜ぶ三人をさておき呆然としている。

 とは言え、今回は違っていた。


「あ…、そっか。今のだとレイ君はレベルが上がらないのか…」

「え?」


 気付かれた?


 悪いことをしたわけじゃないのに、粘っこい汗が噴き出すが、青髪娘の翠の瞳が睨みつけたのは、彼女のリーダーだった。


「シュウ君。レイ君が可哀そうだよ…」

「うーん。今のじゃ参加したことにならないのか。確かに…、これはさっきと違う陣形だし。そもそも、これが基本陣形…」

「それはそう…だけど」

「うん。少し考えてみるよ。ただ…」

「お、俺は大丈夫だから‼今はシミュレーション通りにやってるんだから、俺のことは気にしなくていいって」


 レイは扉を開けて、後ろに退いていた。

 五人は前衛後衛に分かれて、さっきのように戦っていた。

 参加していなかったからレベルが上がらない、とも考えられるが。


「でも、そういうわけには」

「五人でパルー祭壇攻略の為に訓練してたんだろ。今の連携を乱したくないんだ」


 やっぱり、嫌な予感を感じずにはいられない。

 転生組と召喚組の違いだってあるかもしれない。


「さ、流石はレイ…だな。その通りなんだ。けど」

「いいじゃねぇか。…って、ハブにしようってんじゃねぇぞ。レイの言う通りだし、レイは戦闘職じゃないって意味だし」

「ちょっとぉ!その話は後にして。奥から第二段がやってくるわよ」

「…分かった。レイのレベル上げは別に考えるから、今は訓練通りに戦おう」


 そして五人は入った時と同じ編成でアンデッドに立ち向かう。

 その背中を見つめながら、レイはガックリと肩を落として邪魔にならないように部屋の隅に向かう。


「やっぱ…。俺は場違いって感じだな。これが終わったら、正直に話そ…。召喚組は召喚組で組んだ方が良さそうだし?」


     ◇


 三つの大陸がある『リラヴァティ』

 一つ目、というより召喚された大陸の名はフィーゼオ。


『ううん。それだと経験値が貯まらないんだ。ボクたちが目指すのはレベル20。フィーゼオ大陸の突破だからね』


 と、リーダーのシュウが発言したのだから、三つ目の大陸を制覇するのに必要なのは単純に考えてレベル60。

 誰も死にたくないのだから、実際の適正クリアレベルは50くらいだろう。

 レベル1とレベル3の力の差はそこまで大きくないが、魔法とスキルが身につくだけで、戦いは激変した。

 それはシュウたちの戦い方に秘密がある。


「はぁ…。はぁ」


 後ろで見ているから安全な筈なのに、レイの息が切れる。


 ラジラットと戦い、山を登って、アンデッドで溢れる小さな建物に入り込んだ。

 彼の体感だとメリッサの大聖堂からこっち、一度も休憩を挟んでいない。

 薄暗い祭壇は、弱弱しい体の彼にはとても不気味に見える。

 暗闇に魔物が潜んでいるかもしれない。うっかりすると、戦ってもいないのに殺されかねない。

 こんな状況で休息なんて取れる筈もない。


 そして、五人の戦士たちは「二度」もレベルを上げている。


 重要なのはレベルが上がった後の彼らの状態だった。

 回復魔法を使わないのに傷が癒えている。

 魔法を連発した筈なのに、疲労が消えている。


「HPとMPが全快するタイプのレベルアップ…か。視覚的にも聴覚的にも、レベルが上がったと分かるし」


 出し惜しみなんて必要ない。

 この後の為に力を温存する理由もない。

 そもそも、彼らの迅速な行動は予め計画されたモノだ。


「何回同じことが起きたか分からないけど。フィーゼオ大陸だし、ここでの戦いの記録は沢山残ってるんだろうな」


 赤毛の女は、彼女の口ぶりからして補助魔法を初めて使うのだろう。

 黒髪の男が振る剣は「炎斬」と叫ぶと炎を纏うらしい。

 茶色髪の彼は重そうな盾を使って、軽々とアンデッドを弾き飛ばしている。

 金髪リーダーは、今まで以上に攻撃魔法を連発しているし、青色娘が手を振りかざすと青色だが薄く透明な何かが仲間を包み込んでいる。


 そして、戦いがひと段落すると


『トゥルルルルルルルンッ‼』


 祈りの間中にピアノの旋律が響き渡る。

 するとシュウは頷き、ケンヤは剣を高く突き上げる。


 興味深いことに、ひと段落するまではレベルが上がらないらしい。


「え…、また?」


 リアルタイムで神が見ている。だからレベルのことを司祭長は『光女神の加護』と呼んだのだ。

 レベル4になって、更に強くなった今日限りの仲間を、レイは指を咥えて見ているだけ。


「みんな、レベル上がったようだね。それじゃ」

「このままクリアしてしまいましょ」


 しかも戦っていないレイより、ズタボロに戦っていた彼らの方が、身も心も回復して元気そうに飛び跳ねているのだから堪らない。

 ちまちま回復する為に街に戻る必要はない。

 下手をしなければ、回復用の魔法薬を消費することはない。


 これって。こんな世界って。


「…なんてヌルゲー。こんなの早い者勝ちじゃん…」


 シュウの口からは序盤までの目標しか語られていないが、あの様子の彼ならば終盤まで考えているのだろう。

 そもそも、フィーゼオ大陸でやるべきことは頭に入れている。

 他パーティと競合しないルートを、こうやって攻略していることが証拠である。


「こんな戦い方をされたら召喚組は逃げ出すって」


 ってことだ。

 転生組と召喚組の格差がヤバいのだ。

 召喚組の評判が単に悪いのではなく、転生組が圧倒的に有利なのだ。

 序盤の攻略ルートを知っているか、知らないか。

 もしくはレベルアップシステムを知っているかで立ち回りが変わる。


「なら、もういいか」


 女神が奏でる他人のレベルアップ音を聞いた時からだが、体から力が抜けていく。

 多くの神が邪に染まったから、多くの異世界人がこの世界リラヴァティに来ている。

 後になって、あの五人の警戒の意味を知る。

 これはもう天を仰ぐしかない。


 ——だから、目に留まった


「アイツ、何をやって…。いや、何なんだ、アイツ?」


 パルーの祭壇にはアンデッドが詰め込まれていた。

 侵入時は蚊帳の外だったから、あまり考えていなかった。

 とは言え、だ。

 床を汚す肉片となったソレらの正体は、恐らく死後の人間だろう。

 ある意味で、死後の人間に一番近い存在がぶら下がっていた。


「生きてる?ってか、あの服装って神父か?逃げ遅れて、あんなところまで登って…。運が良かったな。シュウの行動が早く…、は?」


 銀髪が跳ねる。毛穴という毛穴から水分が噴き出る。

 アレは本当に人間なのか。

 どうしてシュウたちに助けを求めないのか。

 実は人間によく似たアンデッドではないのか。

 アンデッドだとして、どうして一人ぼっちの人間を襲おうとしないのか。


 ただ、呆気なく気付く。


「何をしている…?お前はにんげ…」


 この世界に、もう一つルールがあったかもしれない。

 それを天井からぶら下がっている男の仕草が物語っているように思えた。


「何か様子がおかしい」


 息を呑み、男の様子を伺う。

 とは言え、アレは一人ぼっちの人間に気付いているかもしれない。

 ただ、メリッサの街での出来事が証明している。


「部屋の奥に居る五人と一人ぼっちの俺は、別物だと思ってる。俺達の違いは、悲しいけれど『光女神の加護』を受けたか否か」


 小さな声で今の状況を確認する。

 異世界リラヴァティの住民の目に、レイはリラヴァティ人に映っていた。

 外見で見分けることが難しい。

 それだけでなく女神の旋律が、レベルアップ音が発生していない。

 一方で英雄の卵たちは盛大に奏でている。


「俺には気付いていない…。あれって、もしかして邪神の信者?それかケンヤたちが嫌ってる貴族の手先…。いや、まさか…」


 レイは祈りの間の入り口で後ろに下がって、その後は壁を背にして隅っこにいた。

 その位置から、本物の盗賊のように音を立てずに移動を始める。

 アレの正体が敵ではない証拠を祈るように観察しながら、少しずつ奥に向かう。


 だが


 シュウたちが前衛後衛になって奥の部屋に入りかけた時、残念ながら予想通りの事が起きる。

 天井男は間違いなく訓練をしている人間だった。

 宙ぶらりんの状態で器用にボーガンを構え始めたのだ。


「クソッ‼」


 銀髪が跳ねる。

 両手で壁を弾き、利き足で床を蹴ってレイは走り出した。

 短剣で撃ち落とす自信はない。

 届いたとして、致命傷を与えられる自信もない。


 今日出会ったばかりの五人。

 今日で脱退しようと思っていたグループ。

 こんなことをする義理なんてない。


 …なんて考える時間もなかった。


「伏せろ‼シュウ‼ユ…」


 ドン‼


 金と青の髪が揺れる。

 ただ、衝撃音で跳ね上がったのは銀の髪だった。


 背中から胸にかけて、途轍もない衝撃が走る。


「レイ…?レイ‼」

「レイ君‼」


 レイの物語は初日の夜を迎える前に終わりの鐘が鳴る…


 彼の脳裏に「どうして俺が?」なんて言葉が、泡沫の如く浮かぶ。


 ただ流石にレベル1だから、感情は衝撃音に掻き消されて、直ぐに消えた。



 ——とは言え、そこで物語が終わる筈がない。



 ここからが主人公「レイ」の物語の始まりである。

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