第5話 転生組と召喚組の差

 五百年前に英雄の誰かが主神アルテナスに会った…らしい。


 光の女神アルテナスはきっと黄金に輝く髪をしていて、きっと真っ白で薄手の衣服を身に着けていて、きっと手首に金色の輪っかを嵌めていて


 長くて艶やかな睫毛はうっすらと開いてて、たおやかな指先が輝くピアノの鍵盤に乗せられていて


 そこから右に向かって、神の鍵盤を撫でていく。


「は…?」


 そんなイメージが勝手に浮かぶ、流れるような音。


 とは言え、現在進行形で目を剥いているレイが見ているのは、空から零れる光の粉が五人の体の周りを舞っている様子。

 でもでも、間違いなくトゥルルルルルルルンという音は、五人の体から発せられている。

 空からではなく、彼らの体からで間違いない。


 だって、目の前でユリが手ぬぐいを渡していて、残りの四人が自分を見ている。

 全員が自分の前にいて、サラウンドというよりはステレオだった。

 いやいや。モノラル音だったかもしれないけれど、五つのスピーカーから流れた…ように聞こえた。


 そんなチャチな?だけど、やっぱりこれって。

 いやいや、流石に。これは聞き間違い。

 疲れすぎて脳内再生されただけ。血が減り過ぎてて、目がちかちかしてるだけ?


 なんて気持ちはあっさりと茶髪の仲間によって打ち砕かれる。


「やったぞ、シュウ‼早速、レベル光女神の加護アップだ‼」


 その様子はまるで


「ほんとだね。ゲームみたいだ。思い切って頑張ってみて良かったよ」


 リーダーの言う通り。

 しかも、さっきとは違って爽やかな笑顔だった。

 勿論、レイ自身も想定していた出来事ではあった。

 経験値を溜めて、レベルを上げて、世界に平和を齎すことが使命と言われたばかりだ。


「今の音…何?」


 でも、聞いていないことが起きた。

 もしかして、本当にゲームの中だったのかもしれない。


 そして嬉しそうな仲間から、さっき本当の仲間になれた気がした彼らから、心を抉る声が発せられる。


「レイ君にも聞こえてたんだ。ちょっと恥ずかしいな」

「いや。レイは自分の音を聞いたんじゃね?俺は俺の中から聞こえたぞ」


 悪いヤツではないから、そこに悪意はない。

 だからこそ、どんな顔をしてよいか分からない。

 そんな混乱の中、やはり悪意なしに目の前の女が言う。


「そっか。レイ君も一緒にレベルアップしたんだ!」


 続けて、リーダーの彼も笑顔で頷く。


「最初はレベルが上がりやすいからね。それに結構な戦いだったから、全員同時するってボクは思ってたよ。勿論、レイが逃亡してたら別だけど」

「そんなことないもん。レイ君は頑張ってたし!」

「あー、冗談のつもりだったんだけど…、ね?レイもびっくりしたでしょ?」


 その通り。

 レイはとても驚いている。戸惑っている。

 今すぐステータス画面を確認したい。メッセージウィンドウを読み返したい。


 だけど、あくまでゲーム風の異世界で、システムも音量も画質も選択できない。

 第一、コントローラーがない。


「う…ん。びっくり…した」


 自分の体からは聞こえなかったことに。

 五人の体だけ、光の粉に包まれたことに。


 とは言え洗礼の場では、自分の体にも変化が起きたような気がした。

 それにあの時だって、会場の全員が加護を受け取ったから、自分がどうだったとか分からなかった。


 今回も同じだったかもしれない…、とどうにか呑み込んで頷く。


 だがレイには、更に驚かなければならないことが残っていた。


「うんうん。ボクたちも話に聞いていただけだから、正直驚いたよ」

「おっしゃあ。このまま祭壇に行っちまおうぜ!」

「え…。ちょっと待っ」


 銀髪目線では、初戦の戦い方は余りにも無謀に映っていた。

 決死の戦い方だった。

 邪神相手ならまだ分かるが、周辺をうろつく魔物との戦い方とは思えなかった。


 ここは一度立て直すべき。新参ながらそう言おうとした時、やっぱり目を剥いてしまう。


「ん?なんか、まだあるか?」

「いや、だって」

「分かってるって。ちゃんと綺麗にしたいってことだろ?」


 ナオキは怪訝な顔で、放り投げてあった盾を軽々と持ち上げた。

 左右に居たトオルもロゼッタも同じく、顔色一つ変えることなく盾を拾い上げて、用意していた手ぬぐいで汚れを落としている。


「は…?い、いや。そう!俺も短剣を綺麗にしたくって」


 その口は再び嘘を紡いでいた。

 だが今回の嘘は、かなり致命的なモノであった。

 なにせ、彼らの顔色は旅立つ瞬間と変わらない。

 いや、あの時よりも清々しいかもしれない。


「あ…、それで…か」


 リーダー・シュウの表情が一番最初に物語っていた。

 二人の魔法使いの戦い方が、奇妙な現象を知っていたと言っている。


 即ち…


「体力も魔力も回復するタイプのレベルアップ?」

「そうなんだ。あ、そか。レイは知らなかったのか。だったら、びっくりさせちゃったね」

「ほんとだよ。みんな、レイ君に冷たくしすぎ」

「っていうか、ユリが神様の話ばっかしてたからでしょ」

「う…。それはそうだけど」


 やる気のある彼らはレベルアップの特性を知っていて、その中で考え得る効率的な戦い方をしていたのだ。

 レイは咄嗟に短剣を片手持ちに戻して、何度か振って自らの体を確かめた。


「体の疲労が…」

「うん。剣技もスキルだからね。ボクたちが使ってた魔法とおそらく同じエネルギーを使ってるんだよ。でも、大丈夫。レベルが上がったら、ちゃんと回復する」


 ってことで、レイの体も完全復活。

 ではなくて、残念ながら


 疲れたまま…なんだけど。


 これが決定的な証拠である。

 眼で見ることが出来るとか、耳で聞くことが出来るとか以上の証明であった。


「…俺だけレベルが上がってなくない?」


     ◇


 パルーの祭壇は低い丘の上にあった。

 とはいっても、時々魔物が姿を現す上り坂だ。


「ふぅ…。なーんかさ。あんま実感なくね?」

「そりゃそうでしょ。レベル1がレベル2になった程度よ」


 前を行くタンカーたちが、剣と盾を重そうに運ぶ。

 もしもレイが職業を戦士と偽っていたら、登ることすら困難だっただろう。

 シュウ・パーティはレベルアップによる体力回復を前提に動いていたのだから。


「レイ君、大丈夫?顔色悪いよ」

「だ、大丈夫。盗賊って軽装だし。ただ、ちょっと体調が」


 運が良かったのか、それとも運が悪かったのか。

 現段階のレイには分かっていない。


「気持ち悪いのはアタシも同じだわ。手拭い程度じゃ、この汚れは落ちないし。早く、水が出る魔法を覚えなきゃね」

「あ、そういうことか。後衛のボクたちには気付けないことか」

「わ、私は気付いてたもん…」

「それはそうだね。祭壇を落としたら、宿屋で安もっか」


 実は間違ってはいるが、ちゃんと仲間の気持ちを汲めるリーダーだ。

 リラヴァティを救う英雄仲間として、何の不満もない。

 魔法剣士、騎士そして戦士の三人が先行しており、各自連携が取れている。

 最初の数時間は排他的であったが、能力を知った後は直ぐに心を開く。


 うん。宿屋に帰って、そこから考えよう。


 手近な目標が見えるから、もう少し頑張ってみようかな、と思える。


「敷地は千平方メートル。居住区は二階までで、地下はない」

「井戸とか、下水施設とかは?」

「歴史はそんなに古くないから、全て魔法具任せだよ」

「だったら楽勝じゃない。建物ごとぶっ壊しちゃえばいいんでしょ?」


 神々が邪に染まってから、何十年と経った訳ではない。

 つまり彼らには準備する時間もあったのだ。


「ううん。それだと経験値が貯まらないんだ。ボクたちが目指すのはレベル20。フィーゼオ大陸の突破だからね」

「そこまで?す、すごいな…」


 レイは今朝、世界に降臨したばかりだから、レベル以外にも大きな差がある。

 それが理由で、五人も逆に銀髪男を一瞬で認めたのだ。

 リーダーのシュウは少しだけはにかみながら首を振った。


「そこまでじゃないよ。皆知ってる。勿論、ちゃんと勉強してたら…」

「アタシはちゃんと勉強してたもん。ケンヤは覚えてないでしょうけど?」

「うるせぇなぁ。覚えるのは苦手なんだよ」

「そうだな。ケンヤは細かいことも苦手だ」

「だーかーらー。トオルだって似たようなもんだろ」


 半日前に「被ったらバレるかもしれない」と思った嘘だ。

 それがこんなに早く独り歩きを始める。


「し…。皆、そろそろ準備して」


 四人は即座に頷いて、遅れた一人が両肩を浮かした。

 建物が目の前にあるから、黙るのは分かる。準備するのも分かる。

 つまり銀髪が目を剥いたのは、それだけじゃなかったからだ。


 こいつ…、そこまでやってたのかよ…


 したり顔のシュウの指先は、一枚の紙を摘まんでいた。

 先ほどまでの勇み足の理由が僅かに風に靡く。


「レイ。扉を開ける役を引き受けてくれない?」


 ここまで予定通りに進んでいるのだ。

 邪神を討伐すると、基本的にその地域は平和になる。

 更に、彼らの最初の目的は既にリーダーから明かされている。

 故に、最も戦闘向けではない職種の彼に、五人の視線が集まる。

 そして、彼の予習の成果である『祭壇の間取り』が偽盗賊に突き付けられる。


「でも」

「大丈夫。開錠スキルはまだ覚えてないって知ってるから」

「…分かった。開くように出来てるんだな?」


 シュウとユリが頷く。

 何もかもが準備済み。整えられた道だった。

 だから、足を引っ張ることが出来ない。

 意味が分からないところで信頼されてしまったから、失望させたくないと思ってしまう。

 既に首を縦に振る選択肢以外は存在しない。


「二人とも下がってろよ」

「レイも直ぐに後ろに下がりなさい」

「俺のレベルが上がれば、その必要もなくなるがな」


 初対面だ。

 それでも彼らの期待に応えたいと思う気持ちが沸き上がる。


「行く…ぞ」


 ホラー展開で良くある光景の扉開きだが、間取りを知っているのが大きい。

 手前に引っ張れば良いと知っているか、知っていないかで全然違う。

 些かも奇妙に思わなかったから、力いっぱい扉を引っ張る。


「てめぇら、行くぞ‼」

「アンタが仕切らないで」

「来るぞ」


 バン‼と音がした途端、大きな扉は向こう側から勢いよく開いた。

 押されていたのか、それとも溢れていたのか、前衛三人の顔が変わる。


「ひ…」

「ユリは見ちゃダメ‼」


 ただ、彼らは全て見通せてはいなかったらしい。

 流石に何がいるかまでは分からなかったのだ。


「アンデッド対策は覚えてる。ってか、あるあるだぜ‼」

「でも、かなりの数が詰まってるみたいよ」

「笑止。彼奴等は本能のままに動く。ここで迎えうてば容易く経験値を稼げる。なぁ、リーダー」


 それでも対応は可能。

 ユリは苦手のようだが、他の四人は落ち着いて盾を構えている。


 その間に、シュウが魔法の準備が出来ていたら、数の暴力を跳ね返せるのだ。


 しかも。


「ラゴート‼」


 本当にレベルが上がったらしい。女神の加護を授かったらしい。

 さっきの炎魔法とは別格の強さだった。


 本当は俺がいなかったんだし、そんなものかも?

 でも、俺が居なかったら一枚足りてなかったわけだし?


 レイが運が良かったのか。

 それとも、こうなる運命だったのか。


「ある程度引いたら、一気に一階部分を制圧するよ。レイ」

「分かってる。自信ないけど、二人を守るよ」


 ——運命か。今思えば、悪い意味かもしれない

 ——運命というより、呪いに近かったんだ


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