第4話

「なにこいつ……」


 リセは絶句した。

 不審者が出たと言われ駆けつけてみれば、


「きゃっきゃ! きゃっきゃ!」


 ブーメランパンツ一丁のおっさんが、無邪気に溶けない雪とじゃれていたからである。


 これだから春は。


「〝エレキスピア〟」


「ほあああああbbbbbbbbb」


 とりあえず、リセは出会い頭に雷を放ってみた。


 このまま気絶させてから町の駐屯兵にでも突き出そう。そう思ったのだが。


「何をするんじゃい!」


 バリィ! おっさんは雷を身震い一つで弾いてみせた。ちょうど雨に濡れた犬が飛沫をとばすみたいに。


「なんだねツミは!?」


「ここの教員よ。とりあえず不法侵入と迷惑行為の容疑で拘束させてもらうから」


 ピシャァ! 紫電が走る。それをおっさんは反射のみで避ける。


(雷を避けるってどういうことよ……!?)


「乱暴なお姉さんだな! 嫌いじゃないぞ!」


「私は嫌いよ!」


「そう自分を卑下することはない!」


「あんたがに決まってるでしょ!」


 雷を放つ、放つ、放つ。


 放つ側から避けられる。


 ストレスを溜め始めたリセがもう広範囲無差別攻撃で塵にしてやろうかと魔力を杖先に集中させた、その時だった。


「よし、温まった」


「なっ!?」


 リセの放電に負けずとも劣らぬ、目にも止まらぬ速度で詰め寄られる。そして。


「熱い勝負をありがとう、女教師よ。いい準備運動になった」


 変態の拳が、リセの腹部へ吸い込まれていく――!


 ピシャァァッ!! バリバリバリ!!


「あbbbbbbbb」


 そして、直撃寸前にリセから迸る全方位放電が直撃した。


「バカね。魔法使いが詰められた時の対策をしてないわけないでしょ」


 冷淡に言い放ちながらも、リセの額には冷や汗が浮かぶ。


(非常時のオートカウンターを使わされるなんて……これ結構充電に時間かかるのに!)


 誤差でしかないとわかっていながら、それでもリセは距離をとる。


 発生の早い小技は避けられる。

 回避を許さぬ大技は溜めてる間に詰められる。

 次に距離を詰められれば終わる。


 ジリ貧。いくらか切り札は隠し持っているが、こんな変態に使うのは癪だなとリセのプライドが使用を躊躇わせる。


 どうする――――。


「いいぞ」


 逡巡するリセに、変態はニカリと笑みを浮かべた。


「まだ俺を熱くしてくれるか! 女教師!」


 よし使え。


 リセのプライドがGOサインを出した。生理的に無理すぎたのである。


 しかし、懐から光を放ち始めた魔法陣は効力を発揮することはなかった。


 その前に、援軍が参戦したからである。


 モッファ。


「ッ!?」


「なんだ!?」


 リセと変態の間に突如放り込まれたモフモフの雪。リセにはとても見覚えのある雪。


 溶かせと言われたのに新たに雪を生み出した男は二人に割って入り、楽しそうに告げた。


「楽しそうなことをしているな。俺も混ぜろ」


 ソウハ第二の変態、参戦。


 変態は歓喜の表情を浮かべ。


 リセはいつものように頭を抱えた。



 ❆❆❆



 先ほどまで(リセが攻撃してくるからとはいえ)激しく動き回っていた変態は動きを止めていた。


 感じ取ったのだ。ソウハから、同類の気配を。


 こちらもシンパシーを感じたのか。

 ソウハは気さくに声をかけた。


「気合の入った格好だな不審者よ。この学院に何用だ」


「俺はサッポル一熱い漢! この学院にあるという溶けない雪を溶かしに来た!」


 変態も気さくに答えた。

 傍で頭を抱えるリセにとって、地獄はここにある。


「ほう! 俺の出した雪を貴様が溶かすというか!」


「やはりッ! この雪は貴殿が生み出したものか!」


「いかにも!」


「しからば!」


「「勝負!!」」


 リセを差し置き勝手に開戦する変態大戦争。


 もう好きにさせよう。リセは諦めた。


 本来であれば、どれほどの問題児であろうと生徒を不審者と戦わせたりなどしない。


 が、よく考えればソウハは卒業(保留)生だし、そもそもこいつが蒔いた種っぽいし。


 うん。いいや。


 リセはせめてどちらが勝ってもすぐに両方拘束できるようにしとこう、と杖先に大魔法発動用の魔力をチャージし、見守る姿勢をとった。


 そうと気づかず、戦闘にのめり込む変態’ズ。


「ほう! 風魔法と炎魔法の繊細なコントロールによる発熱! そしてそれによる身体能力の底上げか! 身体強化魔法も重ね掛けしているな!」


「否!」


「なにっ!?」


「俺は熱くなることで速く動けるのではない! 動きまくることで熱くなれる! そしてその熱で更に動けるのだ!」


「逆転の発想……ッ! 常軌を逸した運動量による発熱と発熱による運動能力の強化の永久機関ッ! なるほど、俺の雪に挑むだけのことはあるッ!!」


 なんのこっちゃねん。


 二人が熱くなるほど反比例するように冷めていくリセをよそに、ソウハはピンクの風魔法を用いありったけの雪を叩きつける――が。


「なるほど! 確かに溶けん!」


 雪は溶けぬが軽すぎる。ついでにフカフカすぎる。吹きすさぶピンクの吹雪は一切ダメージソースにならない。


「が、それがどうした」


 ソウハはそれでも吹雪を叩きつけ、変態はただそれを受ける。ソウハには殴りかからない。


 当然である。これは雪を溶かせるかどうかの戦いなのだ。術者を殴り倒すことに意味はない。


 で? 新しく出した雪はどうするつもりなの?


 リセはとてもとても渋い目で遠くからソウハを睨んだ。


 そんなこと、このバカが考えているハズがない。分かってはいたが、分かりたくない。


 リセが瞠目を堪えられなくなった――その時だった。


「な、んだ……!?」


 明らかに、変態の動きが悪くなる。


 スクワット。反復横跳び。ブレイクダンス。

 ありとあらゆる運動で変態が生み出す熱エネルギーがしぼんでいく。


 それが、動きから見えてくるようだった。


 ソウハは変態へ告げる。勝ち誇るように。


「知っているか? 雪は、冷たいんだ」


 何を当たり前のことを。

 リセは引いた。


「熱交換――物を冷やすと言うことは、熱を奪うということだ。この意味が分かるか」


「ッ!!」


 いや「ッ!!」じゃなくて。それも当たり前のことで――――んん?


「残念ながら、貴様の熱では俺の雪を越えられなかったようだな。これでチェックメイトだ。だがいい勝負だった。名を聞こう、熱き紳士よ」


「ふはは! 天晴な漢よ! いいだろう! 敗者は勝者に従うのみ! 我が名は――!」


「〝キュムロンニンバス・プリズン〟」


「「えっ!? あbbbbbbbbb」」


 リセが放った広範囲雷魔法が二人を貫く。


 勝負あり。リセは焦げて地に伏せる二人を見下し、天高く拳を突き上げた!

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