第3話

「なっなんですかこれは!?」


 五日後。出勤してきたリセは再び素っ頓狂な声を上げた。


 今度はドームにこもることすらなく、平然とグラウンドでイベントを催すソウハの姿があったためである。


「エントリーナンバー1番! 食堂の裏メニュー全てを制した男ォ! 大将〜〜〜クカン〜〜!」


「ぐわはははは! 商品は俺のモンだぁ〜!」


 ソウハの呼び出しに応じ、拍手を受けながらグラウンド中央へ向かう男。


 彼は食い意地の張るところこそあるものの、真面目で積極的ないい生徒だった。リセが受け持つクラスの。リセは途端に頭が痛くなってきた。


 こめかみを抑え頭痛に耐えながらも、リセは拡声魔道具を握るソウハに声をかけに行く。


「ねぇちょっと! ソウハ・ナランヤロー!」


「エントリーナンバー5番!」


「ねぇってば!」


「うるさいぞ先生。あとで紹介してやるから少し待て」


「いらないわよ! それより説明を」


「うるさい! 今いいところだから黙ってろ!」


「うるさいってなによ! 大体あなたはいつも」


「シャラップ!」


「うるさっ!? そっちの方がずっとうるさ」


「シャラップ!!」


 拡声魔道具が勝敗を分けたのか、頭痛が勝敗を分けたのか。


 声の大きさで黙らされたリセはしぶしぶ引き下がった。


 それからも参加者が次々に呼び出され、グラウンドを取り囲む観客から拍手を受けながら中央に並んでいく。


 なんのイベントの参加者なのかはリセにはさっぱり分からなかったが、ただ一つだけ確かなことがあった。


 どいつもこいつもリセのクラスの生徒である。


 そして、十人目が並び終えた時だった。


「そしてぇ! 映えある優勝者に贈られる商品はーーーッ!?」


 ――カッッ!


「きゃっ!? なに!?」


 突如あらぬ方向から放たれた光に照らされるリセ。


 目を細めつつ見れば、マジックミラー結界の鏡面反射を利用し、遠隔から光魔法を照射しているのだ。


 よく見えないが、あれもウチのクラスの子に違いない。リセはそう悟る。事実そうだった。


 そしてそんなことは、実に些末な問題である。


「我らが美人教師ッ! リセ・コモンセンス先生との一日デート権だァーーーーッ!!」


「……は?」


 強い光に照らされる中、リセはポカンと間抜けに口を半開きにした表情を晒し、上がる歓声は一際大きくなる。


 全くもって訳がわからなかった。


「それでは商品までしっかり出揃ったところで開始しよう! 第一回! サッポル大雪食い大会! スタァァァァァァトッ!!」


 訳のわからぬまま、そのイベントは開始してしまった。


 ただ頭を抱えてうずくまるリセをよそにして。



 ❆❆❆



「で? どういうことなのよ」


 しばらくしてから問いかけると、ソウハは面倒くさそうな顔をしながらも答える姿勢を見せた。


 是非僕に実況を! と頼み込んできたリセのクラスの生徒にノリで実況席を明け渡してしまったため、答える以外にすることがないのである。


 無論、リセはただ間がいいのではない。うまく生徒をけしかけた頭脳プレー盤外戦術であった。


「いや、やはりどうしても溶けなかったのでな。もういっそのこと食ってしまえば全て消し去れるのではないかと思い、大食い大会を開催したのだ」


 どうしてこいつはこんなにバカなのだろう?


 リセは頭を抱えた。


「食べたの?」


「いや、お腹壊しそうだから俺は食べてない」


 壊すだろうな。リセは思った。


 どうしてそんなところだけ察しがいいのだろう。壊せばよかったのに。


 リセは脳内でたたみかける。勿論伝わるわけはないので、ソウハは何食わぬ顔である。


『おーっとクカン選手! ありったけの雪をサッポルラーメソに放り込んだァ! 溶けないって話は聞いていないのかーーッ!?』


 実況の声につられて会場に目をやれば雪ごとラーメソを啜る、愛する生徒の姿が目の前に。


「ぐわははは! 溶けるかどうかなど些末な問題! ラーメソは最強! ラーメソの具ならメソと一緒に何杯でも――なっ!? こ、これは!?」


『どうしたクカン選手ー!? 困惑が顔に出ているぞォ!?』


「ラーメソが……ちべたい……」


『当たり前体操〜〜〜〜〜ッ!!』


 ああ、バカが伝染ってしまった。


 こいつらへの処罰はどうしたものかと考えていたリセだが、必要なさそうだと思い直す。


 胃液に溶けぬ氷を胃に放り込めばどうなるか、身を持って思い知るだろう。


 それでも愛する我が生徒。

 救急隊の手配だけはしておいた。


 そしてリセは思い出す。処罰といえば、一応確認しておかなければいけないことがある。



「グラウンドの無断使用の罰は、あれでは足りなかったのかしら?」


 バチバチと放電を始めた杖先を突きつけられ、震え上がりながらもソウハは首を横に振った。


「今回はキチンと教頭から許可を取ったぞ!? ほら! 許可証もある!」


「はぁ?」


 リセは眉間のシワをより深くしながらも、ソウハの差し出す書類を受け取る。


 それは確かに学院が発行したグラウンドの使用許可証だった。


「教頭め……! ウチの教師はいつもそう! こいつの申請は却下するともっととんでもないことになるから好きにさせた方がいいとかなんとか言って許可だけ出して、いざなにかあれば責任逃ればかり……!」


 文句をぶつくさ垂れ流しながら、リセはひとまず生徒が倒れた場合の責任は教頭に押しつけようと許可証証拠を懐に閉まった。


 しかしそうなるとコイツをしょっぴく理由がない、と正座で頭をしゅんと項垂れさせ反省を示すソウハを見下す。


 罰を与えてもロクに反省しない者を罰も与えぬまま放置すればつけあがること必至。なんとかこれ以上アホなことをしないよう反省させねば。


 そしてさっさと雪をなんとかさせねば。自分の首が飛んでしまう。


「いや、もしかして今回のはいい線いっていたのかしら? 消化液に溶けないのだから消化できないのは当然としても、この雪を構成する魔力を吸収して消滅させることはもしかして……!」


 ソウハの項垂れた顔の先にマジックミラー結界が張られ、またもやスカートの中を覗かれては「うおっ!? ……なんだベージュか。一瞬履いてないのかと思った」などと言われていることには露ほども気づかず、リセは思い至る。


 もう開発者本人にどうにかさせるしかないとソウハに丸投げするまでは炎魔法をぶっぱするしか脳になかったリセだったが、ようやく掴んだ解決の糸口であった。


 新年度までもうあまり余裕はない。こんなイベントに関わっていないで早く研究を――!


 ソウハを放置し駆け出そうとしたリセ。しかしその先からやってきた教頭に出鼻をくじかれる。


「リセ先生! 大変です!」


「このおバカイベントなら許可を出した教頭先生の責任ですのでご自身でどうにかしてください。私はやることがありますので」


「ヒエッ……い、いえそうではなく! 侵入者です!」


「……はい?」


「学院に不審者が侵入しました!」

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