第2話

「なっなんですかこれは!?」


 翌朝、あのおバカな生徒はちゃんと解決のために動いているだろうかと心配しながら出勤すると、リセは悲鳴に近い声を上げた。


 校庭にどデカいショッキングピンクのドームが建っていたからである。


 よく見るとそれは風だった。これほど奇怪な文面もないだろうが、ピンク色に発色する可視風魔法を放てる人間を、リセは一人だけ知っている。


「〝ウィンドコート〟!」


 リセが唱えたのは自らに降りかかる脅威を風で逸らす自動防御用の魔法だった。


 それを用いてドームを形成する風を相殺しながら中に入る。


「なっなんですかこれはぁ!?」


 中に入って、リセは再度驚嘆した。


 愛すべき生徒たちが、学校中からかき集めてきたと思わしき溶けない雪と戯れていたからである。


 そして注意はそれを扇動する一人の男に向いた。


「さぁさぁ張り切って参加しろ! サッポル雪まつりは三日後開催だぞー!」


 誰あろう、ソウハである。


 リセは矢も盾もたまらず詰め寄った。


「ソウハ・ナランヤロー! いったいこれはなんの騒ぎですか!?」


「むっ、リセ先生! 遅い参加だな。さあ先生も早く雪像を作るといい。雪まつりまであまり猶予はないぞ!」


「雪像!? 雪まつり……!? いったいなんの話をしているの! この雪を溶かす話はどうなったのよ!」


 憤慨するリセにソウハはため息をついた。


 せっかく盛り上がって着たところに水を差されて大変不満です、と顔に書いてあるような表情で優しく諭す。


「いいか、先生? 先生は溶けないから雪ではない。雪ではないから卒業を認められないと言った。そうだな?」


「そうよ? だからどうにかこの雪を溶かす必要を――」


「だがしかし! 雪まつりの雪像が雪以外の何で出来ていると言えようか! いや言えまい! 雪ではないなどと! そう、俺はこの雪を溶かさずして雪だと認めさせる方法を見つけ出したのだ!」


「き、詭弁よそんなの!」


 確かに詭弁である。

 だがしかし、リセが彼に説いたのもまた詭弁であった。


 真っ向から否定できる材料を見つけ出せるだろうか。いや至難であろう。


 だがやらねばならない。これが雪だろうが雪でなかろうが、いつまでも溶けずそこに存在し続けるだけでリセの首は飛ぶのである。


 どうにか言いくるめないと――!


 リセがそう、焦りに冷や汗を流した時だった。


「ソウハ先輩ー! ダメっす! この雪どれだけ押し固めようとしても固まんないっす! フワッフワのパウダースノーっす!」


「馬鹿者! 水魔法でもぶっかけとけと言ったろう!」


「かけた水は雪の周りで氷になったっすけど、これもう雪じゃないっすよ。これで作ったらもう氷像っす」


 駆け寄ってきた在校生の手の中には、天から降り下りてきたままの姿を保ったまま氷に閉じ込められた雪があった。


 試しにリセは足元の雪をひと掬い。そしてむぎゅむぎゅと握り飯でも握るように押し固めてみる。


 手を離す。ファサァ。離した途端バラバラに散りながら足元へ還る雪たち。


「これでは雪まつりにはなりませんね?」


「ぐ、ぐぬぅ……!」


 これ以上ないしたり顔だった。

 リセのその顔にソウハはほぞを噛み、在校生は若干引く。


「なにより、ソウハ・ナランヤロー?」


 今度はにっこり。朗らかな笑みだった。


 が、目が笑っていなかった。

 それに気がついた在校生は逃げ、気づかぬソウハはきょとんと首を傾げて見せる。


 笑みが鬼の形相に変わり、雷が落ちたのはわずかその二秒後だった。


「グラウンドの無断使用を今すぐやめなさーいっ!!」


「ぬおわーっ!?」


 文字通り、リセの雷魔法がピンクの風魔法ドームを突き破り、中の雪ごとソウハを吹き飛ばした。


 その後、散り散りになった溶けない雪をかき集めるのに半日はかかったという。

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