第8幕 告別
目を覚ますと、キツイ臭いが充満する部屋にいたよ。体を起こして周りを見れば、羽田野の前に跪く女子――美玖が僕にしてくれたように水音を立ててたんだ。止めろとも何故だよとも叫んだな。でも伝わらない――届かない。眼前の汚物に集中するだけでさ。
無視する気ならと駆け寄りかけて、背後から取り押さえられたよ。振り向けばハルの泣き顔で、怒声を浴びせてきたよ。
『ヨシ! 今まで何をしていたんだ!』
何をと吠える間にクライマックスは近づいて、羽田野は美玖の頭を乱暴に扱い――唸る羽田野に咽ぶ美玖を見せられたのさ。
周りには他にも絡み合う男女が複数いたよ。ただ力の限り騒いでも取り合う人はいなくて、涙を流すしかできなかったんだ。
美玖は……僕だけの美玖じゃないと解って悲しさが募って――惨めな思いで一杯になったさ。
拭い終えてやっと美玖がこっちへ振り向いたんだ。冷めた瞳が知らない人だと思わせたな。まるで僕の知る女の子と、全く違う生き方をしてきた女のようにね。
『ヨシヒコ君。あなたとの恋はもう終わってるの。邪魔はしないで』
残酷な宣告に僕の……僕と僕を抱すくめる少女の輝ける未来は、ガラガラに崩れ落ちた気分だったさ。それから、どう解放されて、どこをどう通って家まで戻ったか、覚えてないんだ……
家に戻るなり二階の寝室に鍵を掛けて明かりも点けず籠ったな。ベッドの上に三角座りで固まってさ。未明に帰宅した美玖の声を、耳を塞いで無視したんだ。
一階が騒がしかったのは判ってた。でも美玖がこの家を出る話しだったなんて思いもしなくて――概要は後で聞いたんだ。美玖のお袋さんが頻りに謝っていたよ。
裏切りに心痛めつけられてた僕は、寝室前まで来た美玖が扉越しに話し掛けても居留守に徹してた。
『二度とヨシ君の前に現れないから…………ごめんなさい』
でも最後に放たれた言葉で、やっと自分しか見ていないことに思い至ったんだ。明かりを点けて部屋を視回し……美玖の半室がカラッと片付けられてたことに気付きもしてないなんてさ。
慌てて部屋を飛び出して、転げるように階段を下りて、玄関戸を開けたよ。美玖はもう黒塗りの車に乗り込んでいたね。一瞬だけこちらを見たんだ。頬に流れる雫を見たのさ……
でも美玖が運転手に車を出させたんだよ。
そして僕は、未熟な面を見せてばかりだったと後悔の底に沈んだのさ……
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