エクストラ 美玖の追憶(3)<本編第2幕~第3幕>

 ヨシ君のところにお泊りにきてもう三度目の夜になった。昼間はヨシ君のお部屋で宿題を片づけたり、ヨシ君のゲーム機で遊んだり、肩寄せあって一つのスマホで動画を見たりしたね。ごはんの時間は安子さんを手伝ってヨシ君の好きなおかずを作ったり、ヨシ君の衣類を洗ったりしたから、ヨシ君の世話をやけて満足できたの。お泊りにきた目的を忘れて幸せ気分だったんだよ。


 だけど夜になると、お泊りの目的を思いだして恥ずかしさでいっぱいだったんだ。


 ねえ、昔のように一緒に寝よ?――勇気を出して最初の夜にヨシ君のお部屋を訪ねた。


 何かと渋るヨシ君を説得して同じベッドに入ったけれど、それだけで勇気がしぼんでしまったの。でも同時にヨシ君のにおいに包まれて、舞いあがるほどの上機嫌だったよ。おかげで目的をはたす前に、満たされていたんだ。


 ただヨシ君が不安そうな顔を見せたから、美玖は何か粗相でもしたかと心配になったのね。だから二度目の夜は今を壊せないと、実行に移せなかったんだ。


 でも最後の夜、明日は月曜日で学校があったから、あせったていたの。ヨシ君にあげるなら今晩のうちには行動しないとって。気持ちが逸って早めにヨシ君の寝室を訪ねてベッドに入れてもらったんだ。けれど今日こそはと思いで身体が震えてしまったんだよ。


 キスしよう?――何とか声を絞りだすと、ヨシ君は驚いた顔をしたね。まずったかなと思ったんだけれど、優しく美玖を抱きしめてくれたの。ヨシ君のにおいであっという間に満たされたから、その先はよく覚えてないんだ。


 最初はちょっと触れるくらいのとっても軽いキスで。レモンの味がしたって女友達は言っていたけれど、よく分からなかったよ。二度三度と触れあうたびに押しつけあう力も強くなって、触れあう時間も長くなったね。最後には舌先でも触れあっていたよ。


『出来たときの責任はまだ取れない。だから……ここまでにしよう?』


 ただヨシ君はその先へ進ませくれなかったんだ。このとき肝心なことを美玖は忘れていたの。用意してなかったって。後から気づいて悔やんだんだよ。やっぱり気ばかりいていたんだね。


 それでも美玖はヨシ君と一歩を踏みだせてうれしかったよ。だから――迷いはなくなったの。ハル君に悪いなと思うけれど――


   ◇◆◇


『美玖ちゃん、ありがとう♪』


 美玖の手を握るハル君は、提案に乗ったことで浮かれていたよ。そして初めてハル君の自宅を目指して歩いたんだ。


 今日は女の子のお友達と会う約束してるんだ――ごまかしをヨシ君に伝えて、一人でドーナツショップを訪れて待ちあわせたの。


 一緒に帰れないとヨシ君の表情が悲しそうで……キュンとしちゃった。ゴメンねと心の中で謝ったっんだ。だからヨシ君に気づかれないように、次の日からは教室を出ようと思ったのよ?


 ハル君の横にいながら、ヨシ君への言いわけとかヨシ君のよけ方を考えていた。だからハル君の口数がだんだん減っていたのに気づいてなかったの。それでハル君の案内で彼の部屋に入ったところで、ギュッと抱きつかれたんだ。


『ぼくと居るときぐらい、あいつヨシのことは考えないでよ。美玖ちゃんを、ぼくは心配してるんだよ』


 未来のために悪魔とも取引すると決めたのだから、ハル君を喜ばせてあげなければと思ったの。ごめんと、心でヨシ君に謝り――


 ありがとう――感謝してるように取り繕って、ハル君に伝えたんだ。そしてハル君の頭を美玖の胸に抱くようにしてみた。


 ハル君は額を美玖に擦りつけてきたのね。その姿は飼い主に甘える飼い犬のように思えたんだ。友達が見せてくれた写真の光景とダブって見えたからね。


 そう――犬なら仕方ないと思えたんだ。額を擦りつけながら、美玖のにおいをかぎ取ってるハル君のことがね。ハル君にとっては好いにおいなのかと疑問だったよ。でも美玖はハル君のにおいに関心がなかったんだ。好き嫌いで言うなら、嫌いだったから。


 このままずっと過ごしても仕方ないから、勉強しようと声をかけたんだ。でもハル君は――


『勉強なんて必要ない。このままでいい。これが美玖ちゃんの仕事だよ』


 ハル君の言葉を聞いて凍りついたの。ハル君の真意を読み取れていなかったって。美玖がヨシ君に求めたように、ハル君も美玖を求めていたことにね。意識し始めたら急に嫌なにおいがした気がして、ついハル君を突き放してしまった。


『美玖ちゃん、今のはないんじゃない? お金は――大事だよね』


 突き放された直後は能面のような表情だったハル君が、イヤらしい笑みを浮かべてお金のことを持ち出したんだ。体がすくんで動けない美玖に、再びハル君は抱きついて――覆い被さってきたの。そして床に押し倒されたんだよ。


『今日はこのままで。ね?』


 美玖はアリジゴクに落ちたアリになった気分だったの。これ以上状況が悪くならないように祈ったんだよ。でも……言葉通りに満足しているハル君の様子で、次第に緊張も解けてね――悪魔がささやいたんだ。


――お望み通り、少しずつ切り売りしてあげればいいじゃない。減ったら大好きな男の子で補えばいいのよ――


 再び美玖は……ハル君のそばにいたのに、ヨシ君に甘える自分を夢見たんだ。


   ◇◆◇


 しばらくして勉強の時間も終わって解散となった。ハル君のお家に夕食の支度に家政婦さんがやってきたからね。ハル君も自分を取り戻したのか、声が聞こえたとたんに跳び離れてくれたんだ。そこからは無言のままでお互いに身支度を整えて、別れのあいさつを家政婦さんの前でして家を出たの。


 帰り道は自己嫌悪でいっぱいだったよ。一人になって冷静になれば、とんでもないことをしたって自覚して。好きな男の子がいるのに、好きではない男の子を突っぱねない自分を信じられなくてね。美玖はこれからどうなるのだろうと、体を震わせたんだよ。そんな思いが何周目かのループに入ったとき、またささやきが聞こえたんだ。


――あらあら減り過ぎたのね。なら、ちょうどいいじゃない。さっさとシャワーでも浴びて、あの男の子に甘えたらいいじゃない。またお泊りをすればいいのよ――


 ヨシ君のところでお泊りのフレーズが甘美に思えて、歩く速さもアップして。帰りつくなり、荷物もそのまま脱衣所に飛びこんだんだ。着ていた服は制服も下着もぜんぶ洗たく機に放りこんで浴室に入ったの。いつもより大量にシャンプーも液体ソープも使って体を磨いたよ。においが取れるようにって願ったから。


 浴室を出たらバスタオルだけ巻いて美玖の部屋に戻って……まだお洗たくに出していなかった、ヨシ君のところにお泊りしたときの私服をまとったんだ。下着だけは汚れがひどくて、お洗たくが済んだものにするしかなかったけれど。


 用意ができたら飛ぶようにヨシ君のお家に向かったの。すぐにヨシ君のにおいに包まれたくて。玄関に出てくれたヨシ君は突然の訪問にびっくりしていたね。けれど、照れながら受けいれてくれたヨシ君がとってもかわいくて、抱きついちゃったんだ。そのまま美玖から手を引いてヨシ君の部屋に誘ったのよ。早く触れあいたくてキスしたくて、そして……


   ◇◆◇


 それからのハル君との勉強会では、彼と対立しないように気をつけたのね。だからハル君も少しは勉強に時間を使ってくれたよ。でもやっぱり美玖に触れたがる時間が多かったんだ。


 正面から抱きつくだけから、背後からも抱きついたり、腕に抱きついたり。他にはひざまくらをお願いされたり、頭をなでることも求められたりしたんだ。それでも服装は外着制服のままだから耐えられたと思ったよ。


 でも、回数が片手の指の数を超えたある日、事故からハル君の歯止めが壊れてしまったんだ。


 背後から抱きつかれたと同時に、制服のすき間からハル君の手が内側へと滑りこんだの。美玖はふれられて、背筋がゾクッとしたんだ。慌てて引きぬいて、ハル君から離れたよ。美玖を狂わせそうな感覚が呼吸は激しくさせようとしたけれど、何とか我慢したのね。


 ハル君を見れば、手の感触を確かめていたの。手のひらをゆっくりと開いたり閉じたり、繰り返してね。それから初めての日のようなイヤらしい表情を浮かべたんだ。


『もう一度――いいかな?』


 ハル君の言葉につい両腕で美玖の体を抱きしめたの。ハル君はつまらなそうな表情を見せてから、意地悪に言ったんだ。


『じゃあ、今日で終わりにする? ぼくはとっても残念だけど、美玖ちゃんはどうなのかな?』


 美玖の足元を見ているのは理解できたの。でもスキンシップを超える行為には我慢できそうにもなくて、終わりを告げようとしたんだ。けれど、また小声が耳に届いたんだよ。


――まあまあ、倍率ベットを上げるチャンスじゃない? 条件を付けてみてはどうかしら? 返答を聞いてからでも、遅いことはないんじゃない?――


 服の上からなら――導かれるように言葉がもれてしまった。そんな美玖を見て、ハル君はニコッと笑顔ですぐに答えたんだ。


『決まりだよ、美玖ちゃん』


 落ちたアリがアリジゴクに捕まった気がしたの。でもアリなのかアリジゴクなのか、どちらが美玖なのか分からなくなってしまったんだよ。


 美玖が思索の底をさまよう間に、ハル君が後ろから抱きついて服の上から腕をまわしてきたの。時おりピクっと反射する体から逃げたくなって、美玖の心はヨシ君にすがったんだ。美玖を今抱きしめてる男の子はヨシ君だって信じるように……

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