第7話 幻創学園は異質




 熊野くまのみなと――名前だけ聞けば男か女か正確に判別することは難しいし、何より彼の見た目は美少女そのものである。


 こう言ってしまえば本人の意思を無視した有象無象の批判的意見も出てきてしまうだろうが、俺はこの学校の大半の女子生徒よりも熊野のほうが可愛いと思っている。


 それぐらい、美少女なのだ。男だけど。


 男子トイレに一緒に行くとき、熊野は『座ってするほうが落ち着くんだよね』と言って個室トイレに入るし、体育の着替えの時には『みんなが変に意識しちゃうから』といってトイレでひっそりと着替えたりするし、彼の性別を客観的に指摘しているのは、学校の名簿や制服ぐらいなものである。あと、自己申告か。


 彼の堂々とした振る舞いを見ると、男なんだろうなぁと思わずにはいられないけれど、それでも股間に触る勇気はないので、俺の中で熊野の股間はシュレディンガーの猫と化している。男女の性別が、同時に存在しているのだ……!


「ながながと演説をしてるけど、要するに熊野くんの胸を触る勇気がないってことだよね~?」


「あのね白斗くん、僕、何度も言ってるけど男だよ? 胸も膨らんでないからね?」


「胸が平らな女子もいるだろ! だから結局はお前の股間を触るまでわからないじゃないか!」


「じゃあ触る? ちょっと恥ずかしいけど……白斗くんなら、いいよ?」


「はいそこで顔を赤らめない! そして綿樫はニヤニヤしながらスマホを準備しない!」


 ビシっと指を突きつけながら指摘すると、二人とも『ヘタレだなぁ』という雰囲気を醸し出しながら苦笑していた。だって万が一熊野が性別を偽装している女の子だったらどうするんだよ。


 ……あれ? もしそうならただの役得なのでは? 触らせてもらうべきだったか?


「ま、まぁ熊野の胸を触りたい気持ちが無いわけじゃないが、なんとなくやめておいたほうが良い気がする。熊野には男の可能性と女の可能性、両方残しておきたいんだ」


「それを口に出して宣言するところが、狐坂くんって感じだよね~」


「安心してくれ、俺は綿樫の胸にも興味がある」


「あのね~、私は別に良いけど、それセクハラだからね~?」


 ごめんなさい。考える間もなく口が動いてしまったんだ。


 でもさでもさ! 『お前の胸なんか何の興味もない』って言われるよりは――と思ったけど、好きでも無い奴から言われたら不快感しかないか。反省しよう。


 結局、逆パターンはお預けにしておいて、今日のまとめに入る。時刻はすでに六時を回っていた。


「じゃあ活動日誌は狐坂くんに任せようかな~。セクハラの代償ってことで――あ、これからも活動日誌を書いてくれるんだったら、これからもセクハラ発言許容するよ~」


「ふむ。乗った」


 活動日誌がどんなものかわからないけど、乗っておくべきだろう。


「判断が早いね……もっと慎重に発言すればいいのに。白斗くん、僕も手伝うよ」


「いや、これは俺の仕事にさせてくれ。綿樫の好感度が上がりそうだ」


「その発言で好感度が下がるとは考えないのかな~」


「考えてなかった。というわけで、今の発言は忘れてくれ」


 流れるような前言撤回に、綿樫はニヤニヤしながら「は~い」と返事をした。可愛いニヤニヤだ。


 俺と熊野が二人がかりでテーブルと椅子を元の位置に片付けていると、その間に綿樫が部屋の奥に配置された社長デスクの引き出しからA4サイズのプリントを取り出して、持ってくる。


 ボールペンと一緒に俺の目の前に置かれたので、サッと目を通した。


 日付や曜日、活動の参加者、活動内容等を書いていくらしい。そして欠席者は欠席者で、その理由を書いておくようだ。毎日これを記入しているんだとしたら、案外しっかりしているな。


「結構しっかりしてると思ったでしょ~? 顧問の先生がいないことが多いからね、遊んでばかりじゃないってことを示さないといけないんだよね~」


「部室もしっかりしてるからね。ここを利用させてもらっている以上、遊んでばかりの同好会や研究会には使わせないよってことみたい」


「そりゃそうだな」


 幻創学園が異質な人間の集まりだからといって、日常生活まで普通から遠いわけじゃない。放課後、友達と駄弁る時間が欲しい生徒はたくさんいるだろうし、部室の私物化を企む人だっていくらでもいるだろう。


 ただやはり幻創学園だけあって、どこかが突出していたり、一見すると問題児だったりする生徒も多い。


「そういえば聞いたことなかったけど、綿樫は推薦組だっけ?」


 聞いてみると、彼女は「そうだよ~」と返事をした。ちなみに熊野も推薦組である。


「そして岼ちゃんも推薦組だね~」


「だろうね」


 あいつが一番推薦組っぽい。目立つし。


「生徒だけじゃなくて制度も変だよな、幻創学園ってさ。学校側が生徒を呼ぶんだから」


 一般的な学校なら、中学校が生徒を推薦して、高校が生徒を迎え入れる――という形になっているが、幻創学園にその制度はない。その代わりに、幻創学園側が、全国の中学に向けて『この生徒が欲しい』と呼びかけるのだ。別に学費が無料になるわけではないし、他になにか優遇措置があるわけではない。


 しかし私立の高校にもかかわらず、幻創学園は学費は公立高校よりも安いし、卒業後の実績はとんでもなく優秀だ。そんなわけで幻創高校の卒業生という肩書だけで、企業からは引っ張りだこになっているらしい。


 推薦推薦と口にしているが、その実はスカウトって形だな。


「しかも推薦組が入学者数の三分の一ぐらいいるからね~。私はたぶん父親が有名になってる影響なんだろうけど、理由は教えてくれないんだよね~」


「たしか一般入試もそうだよね。合否判定しかないんでしょ?」


「まぁ、普通のテストはある程度自己採点があるけど、他はさっぱりだな」


 ちなみに俺は一般入試組である。これでも倍率百倍以上の入試を通過した超エリート――と言いたいところなのだけど、自分でもなんで合格したのかよくわかってないんだよな。


 数学とかそう言ったテストはオマケみたいなもので、面接は五回あったし、IQテストみたいなものから、知恵の輪をやらされたりもしたし、スポーツテストみたいなものまであった。謎過ぎる。


 三人でそんな風に話しながらも、俺はテキパキと活動日誌の空欄を埋めていく。


 欠席者の岼については、きちんと猫探しと書いておく。また後日猫探しについて詳しく報告書を書くんだろうけど、とりあえず埋めるだけ埋めておこうの精神だ。


 書き終わったものを綿樫に渡すと、彼女は視線をプリントに落としてうんうんと頷く。


「ありがと、これは入部試験ポイントに加算だね~。きちんと書けてるし、字も綺麗で読みやすいよ~。もしかして狐坂くん、習字とかやってた~?」


「いや、独学というか、自力というか。自分でいっぱい練習したかな。それだけじゃなくて、これでも昔は真面目に勉強してたんだぜ」


 小中学校は超優等生だったといっても過言ではないね! 落ちぶれたとよく言われるけど!


 まぁ俺としては、落ちぶれたというより、そういう方向にシフトしただけで、世間の評判と自分の評価が一致していない状態なのだ。別にどうでもいいけど。


 真面目で優等生で、誰にでも優しい人間だけが、正解ってわけじゃない。単にそういう考えに切り替わっただけだ。考え無しに行動したり口を動かすのも悪くないって、そう考えるようになっただけなのだ。


 ま、まぁ、一時はそのせいで現在中学三年生の妹とも険悪になってしまったが、それも最近じゃかなりマシになってきている。『バカなお兄ちゃんは嫌い』なんて言われることも無くなった。代わりに呼称が『バカなお兄ちゃん』になってしまったけど、嫌いと言われることと比べると些細な問題である。


「そうだったんだね。でも今の白斗くんって、別にそんなイメージないけど――あ、別に今が不真面目って言いたいわけじゃないからね?」


 と、熊野。慌てた様子で手を振って『バカにしているわけじゃないよ』といった様子のジェスチャーをしていた。


「ふ~ん。狐坂くんが真面目かぁ。もしかして、その頃は今のセクハラ発言とかもしてなかったの~」


「いやあのね、綿樫は当たり前のように俺がセクハラ発言をしまくっていると思っているかもしれないけど、そもそも仲良くならないと女子とたくさん喋ることがないから、ほとんどないからな? それを前提に言わせてもらうと、まぁ、昔は全く無かったな」


「思春期を迎えてムッツリになっちゃったってことかな~」


 ニヤニヤとからかうように綿樫が言う。まぁそういうことにしておいてください。

 俺は降参のジェスチャーをするだけで口を動かさず、これ以上の追及を拒絶する。


「クラスでの白斗くん、すでにムッツリな人ってイメージになっちゃってるもんね。クラス替えがあったばかりなのに。まぁムッツリって言うか、本能に従って動いてる人って感じかな?」


「嘘がない正直者と言って欲しいな」


 たしかに綿樫への発言は少々ライン越えしているかもしれないけれど、クラスでの俺はもう少し大人しいぞ? せいぜい一年の頃から良く話す同じクラスだった女子に「ちょっと太った? いや、胸が大きくなったのか」とつい言ってしまったぐらいだ。ぶん殴られた。


 その後、もう少し考えて発言するように、説教されたよね。正座強制で。ごめんなさい。


「でも僕は、そういう白斗くんはすごいなって思うんだよ。もちろん、良いこと悪いことはあるんだろうけど、自分に正直に生きるって、言葉で言うよりももっともっと難しいことだと思うからさ」


 困ったように笑いながら、熊野が言う。


 こいつが言うと説得力があるというかなんというか――女装して休日にねり歩いたりするぐらいだから、そりゃこれまでにたくさん葛藤はあっただろう。俺なんかより、よっぽど難しかったに違いない。


「なんだか狐坂くんも熊野くんも、物語にいるキャラクターみたいな性格をしてるよね~。現実でも、面白いことがあるもんだ。やっぱり幻創学園に来たのは正解だったかな~」


 完成したプリントを社長デスクに持って行きながら、綿樫はそう言った。

 現実がつまらないと言っていた彼女がそう言ってくれるのだから、やはり俺のあの時の選択は間違っていなかったんだと思える。


 性格を、思考を、行動を、弄り回して本当に良かった。



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