第6話 創作実践! 倒れこみ!
なぜか当たり前のように、熊野が俺の下敷きになる形で話を進めていたけれど、身長が女子ぐらいしかない熊野よりも、平均的な男子よりも背が高く、そこそこ体格の良い俺が倒されるべきだろう。俺が熊野を組み敷いている絵面って、犯罪的だし。
女子と男子という役割を設定して――という分け方をすると、自然に熊野が女子で俺が男子で、みたいな形になりそうだったけど、俺たちは男同士だ。そこは間違えてはいけない。つまりどちらが女子役を担っても構わないということだ。
「俺が下になる。受け身はよくわからんが、怪我するようなことはないだろ」
「床にクッション並べておけばいいんじゃないかな~」
「あぁ、それもそうだな。そうしようか」
そういうことになった。
部室中央に置いてある白いテーブルを折りたたんで壁側に寄せ、同じようにパイプ椅子も畳んで同じ場所へ。ぽっかり空いた空間にソファに並べてあったクッションを三つ縦に並べて、準備完了。
はたしてこれを部活動と言ってしまっていいのか……? いや、研究会だから研究なんだろうけど。それにしても――だろう。
綿樫は隅に寄せたパイプ椅子を一つ広げてそこに座り、いつものようにニヤニヤした顔つきでスマホを構えて撮影する気満々。
そして熊野は「変なところ触らないように気を付けるからね」とニコニコしている。いや、男同士だから別にどこでも触っていいんだよ? 強いて言うならば股間は痛そうだから避けてほしいけど。俺のおっぱい触っても犯罪じゃないからね?
「よし、二人とも準備はいいかな~?」
「オーケーだ。と言いたいところだけど、そもそもシチュエーションをあまり理解してなかったんだけど?」
男女でもつれあって、女子の胸をうっかり触っちゃう――みたいな感じだっけ? そもそもそいつらはなぜもつれあったんだ? パンを咥えて激突か? というかそもそも、男女どっちが下なんだ? 勝手に女子が下のシチュエーションで妄想しちゃったけど。
「えっとね~、これは女子が下になるパターンかな。女の子が考え事をして廊下で立ち止まったんだけど、その時に後ろからよそ見をした男の子が歩いてきて、ぶつかる直前に、同時に気付くって感じかな? 女の子は振り向いた時にビックリしてのけぞって、男の子は止まれずにそのまま倒れちゃうって感じ」
「なるほど。熊野は理解したか?」
俺はぼんやりとだけ理解した。とりあえず、俺は振り返ってびっくりして後ろに倒れたらいいらしい。
「うん、大丈夫だよ。僕が白斗くんを押し倒すような形になればいいんだよね? 倒れる時、気を付けてよ? もし危なそうだったら、僕が倒れる寸前に場所入れ替えるからね?」
「え、お前そんなことできんの……?」
倒れている最中に上下を入れ替えるって、かなり難しそうだけど。
「あはは、少し運動ができる人ならできるんじゃないかな」
「いやいや、それは自分を過小評価しすぎているぞ。言っておくが熊野の運動能力は、この異質な幻創学園でもトップクラスだからな?」
知らんけど。少なくとも、俺のいた中学だったら五指に入るレベルだと思う。
「でも岼さんもこれぐらいできると思うよ?」
「あいつもトップクラスなんだよ」
壁ジャンプできるらしいし。もうちょっと見た目に沿った動きをしてほしい。
あの見た目でおしとやかな令嬢みたいな感じだったら、俺もドキドキしていたかもしれないというのに……現実は身の危険を感じてドキドキしちゃってるぜ。大人しく窓際の席で風に髪をなびかせながら読書でもしていてほしい。
「録画準備オッケーだよ~。二人のタイミングで初めてね~」
熊野と話をしていると、監督(綿樫)から声が掛かる。パイプ椅子に座って足を組んでいるのだが、太ももがムチムチしていてとても良い。思わずチラ見してしまっていると、綿樫は無言でスカートの裾を伸ばしていた。見ちゃってごめんなさい。
「うん、わかったよ。じゃあ白斗くんは、クッションがある方を向いてね」
「了解、タイミングは綿樫に教えてもらうか」
「は~い」
というわけで、アクション!
部室の中が静かになると、窓の外から運動部らしき生徒たちの掛け声が聞こえてくる。その音に交じって、キュッキュとタイルの床を踏みしめる靴の音が聞こえてきた。熊野が近づいてきているらしい。
「いま!」
と、綿樫の声。カウントダウン方式じゃないのかよ! いまさらだけどさ!
俺は慌てて背後を振り返る。すると、超超超至近距離に熊野の顔があった。近すぎて、一瞬誰かわからなくなるほどの距離である。唇が付きそうだったぞおい!
長いまつげに、ぱっちりした二重の目。
驚きすぎて自分がいま何をしている最中なのかわからなくなってしまったが、期せずして、シナリオ通りの動きを――つまり、びっくりしてのけぞり、後ろに倒れこむ流れとなった。
少し顔が離れたところで、相手が熊野であると確信し、そしてその表情がとても楽しそうなものだと知る。おいおい、このシチュエーションでそんな表情をしているなんて、この状況を狙ってやっているやつみたいじゃないか! 女の子トラウマになっちゃうぞ! まぁ実際に狙ってやってるんだけどさ!
「――うっ」
そのまま、二人でクッションの上に倒れこむ。何の音かわからないが、耳元で、『ダンッ』と激しい音がした。
俺は尻、背中、頭の順でゆるやかに倒れこむことに成功したため、痛みはなかった。クッションが無かったら尾てい骨あたりを負傷していたかもしれない。
というか……熊野のやつ、ちゃっかり俺の後頭部がダメージを受けないように手を差しこんでるんですけど。お前、王子様かよ。これ以上俺の性癖を狂わせないでくれ。
そして、もう片方の手は、俺の胸にそっと乗せられている。重さを感じず、本当に軽く触れているだけのような形だ。ちょっとドキドキした。相手は男なのに……!
「白斗くん、痛くなかった?」
至近距離で、熊野が言う。
「そういう熊野こそ、大丈夫かよ」
「僕は大丈夫だよ」
熊野はにこやかにそう言ったが、その後すぐに眉をハの字にして「でもこれ、う~ん、ちょっと難しいかもしれないなぁ」と口にした。倒れこむにも技術が必要だったのだろうか?
「おぉ~、これはナイスなシチュエーションだね~。リアルでもできるんだ~」
綿樫はパイプ椅子から立ち上がって、こちらに寄ってくる。きちんと録画することはできたらしい。そして彼女は俺の傍まで寄ってきて、熊野が俺の上から退いたあと、手を差し伸べてくる。
「ほら立って立って。一緒に見ようよ」
「お、おう」
綿樫の手を握って、立ち上がる。これまたドキドキした。手だけとはいえ、女子に触れる機会なんてそうそうないからな。同じ人間の肌なのに、なんだか別の生物を触っているような不思議な気分になる。
しかし、何回かやることになるかと思ったけど、一発で上手くいったなぁ。あのフィクションあるあるの出来事は、案外リアルでも発生している事柄なのかもしれない。そんなに頻繁にラッキースケベが起こっているとは考えたくないが。
「それっぽくできてるな」
綿樫から動画を見せてもらって、率直な感想を口にする。男が男に押し倒されている状況なのに、なんだか妙に意識してしまう。いや、俺はノーマルだからね。熊野がいくら可愛いといっても、俺は女の子が好きなんだ。そして熊野も女の子が好きと言っていたし、お互いにライン越えには気を付けたいところである。
「でもね白斗くん。これってかなり運の要素が強いと思うし、上側の人が結構大変だよ」
「ん? そうなのか?」
「うん。下手な人が上になったら、胸を触って感じじゃなくて、心臓に掌底を打ち込むことになるかな」
「なにそれ怖い」
いやまぁ、考えてみればそりゃそうか。人一人分の体重を支えなきゃいけないのに、胸に置いた手には一切体重をかけないというのは、難しそうだ。
「ん? じゃあ熊野くんはどうやったの~? 狐坂くんの頭も支えてたよね?」
「動画は無音で見てたけど、倒れるとき大きい音したでしょ? 白斗くんの頭がクッションに堕ちるより前に左手で地面を強く叩いて、落下の衝撃を抑えてるんだよ。あとは片腕の肘から前腕までを流れるように地面に――と思ってたけど、そこはクッションがあったから全く問題なかったかな。右手は胸に沿えるだけだね」
「なにその漫画みたいな動き」
俺は後ろにペタンと倒れただけだったのに、熊野はそんなことをやっていたのか。というか、その動きこそフィクション臭くね? いや、動画として残ってるから現実なんだろうけどさ。
「だから僕としては、女子が上のシチュエーションのほうが現実味があるんじゃないかなって思ったかな? そうすると、下の男子は女子の体を支えようとして手を胸に伸ばすかもしれないし、上にいる女子は、両手を地面に付けるわけだからね」
なるほど……片手で体重を支えることも可能かもしれないけど、手首とか痛めそうだよなぁ。熊野の言う通り、そっちのほうが現実的か。
「なるほどね、これは新たな発見かも~。でも今度からフィクションでこういうシーンを見たら、『あ、手首痛めてそう』とか『胸への衝撃が凄そう』とか思っちゃうよね~」
「膝の使い方とかでも変わってくるけどね。普通に倒れて胸に手を突いたら、せき込むぐらいの衝撃じゃないかなぁ」
苦笑しながら、熊野が言う。
「じゃあせっかくだし、さっき熊野くんが言ったシチュエーションもしてみようか~。配置はこのままで、熊野くんは両手を地面に付く形で。怪我はしないようにするんだよ~?」
「そうだな。せっかくテーブルも椅子も片付けてるし、クッションも並べてるし、このままもう一回やるか」
ふうん、なるほどねぇ。これが創作実践研究というやつなのか。魔力検査とか催眠術よりは、それっぽいと感じるね。
しかしなんだかこれを続けていると、フィクションをフィクションとして楽しめなくなったりしちゃわないだろうか? ま、まぁ、別の楽しみ方ができるようになるといえば、そうなのだろうけど。
「じゃあ、白斗くんは僕の胸を支えるような形でよろしくね?」
ニコニコと、熊野が言う。
あ、俺、今から熊野の胸を触るのか……? それって、本当に大丈夫だよね?
~~作者あとがき~~
やばい、綿樫さんより熊野くんのほうがヒロインになってしまう
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