第5話 性別不明の同級生




 それから俺と綿樫の二人は、二人で『このシーンとかどう?』とか『これは無理があるね』なんて言いながら、本を読み進めた。時折『狐坂くんは意外とうぶだよねぇ』なんてからかわれたりしたけれど、それはそれで興奮したので良しとする。


 それはさておき。

 予定より少し遅れた午後の五時十五分、熊野が部室にやってきた。


「お、熊野お疲れ」


「お疲れ様~。先生から頼まれごとだっけ~?」


 俺たちがそう声をかけると、熊野は肩にかけたバッグをテーブルの上に置きながら「ごめんね、遅くなっちゃった」と可愛らしく眉をハの字に曲げてから言った。


 彼女――じゃなかった、彼は俺の隣の席に腰を下ろしてから、「ふう」と一息つく。その一挙一動が、本当に女子っぽい。


 意識してそうしているのか、無意識にそうなってしまうのか……どちらもありそうだ。


「武道の先生からね、ちょっと護身について質問されてたんだ。――あ、おみやげにお菓子を貰ったから、あとで出しておくね」


 熊野はニコニコと笑顔でそう言うと、続けて「二人は何をしてたの?」と質問してくる。


「ラブコメのフィクションについて勉強してた。つまりイチャイチャ経験値だな」


「うんうん。これから熊野くんと狐坂くんでラブコメの実践をしてもらおうと思うんだよ~。それを入部試験にしよっかな~って話をしてたんだ」


「へぇ、そうなんだ? 白斗はくとくんがいいなら、僕は全然大丈夫だよ!」


 熊野はそう言って、ぺかーっと輝くようなスマイルを俺に向けて来る。クソッ、可愛いじゃないか! 俺をキュンキュンさせようとしてないかコイツ!


 色素の関係か、ちょっとグレーよりの髪。男子にしては長めだし、なんか妙にサラサラしてるし、顔は中性的だし、うっすら化粧はしているみたいだし、身長は百六十もないし、華奢だし、本当に女の子っぽいんだよなぁ。


 ちなみに熊野は俺のことを『白斗』と下の名前で呼んでいるが、俺は距離が近づきすぎないために苗字で呼ぶことにしている。うっかりしていると恋してしまいそうで危険なのだ。


「岼さんもあんなに白斗くんのこと否定しなくてもいいのにね。僕が部長なら、無条件で入部だよ。白斗くん、とっても優しくて良い人なんだから」


「ストップだ熊野。あまり俺を褒めるんじゃない。一定の距離を保て、俺がお前のことを好きになったらどうしてくれるんだ」


 エッチなことができないじゃないか。


「えー、だって僕男の子だよ? たしかに休日は女の子の格好をしたりスカート履いたりすることもあるけどさ、僕も普通に女の子のほうが好きだし。あ、でも狐坂くんのことも好きだからね?」


「それは友達としてだよね? ねぇ? そうだよね? そこのところ結構大事だぞ?」


 ラインぎりぎりでタップダンスするのがお好みですか? 勘弁してください。


「ふふっ、やっぱり白斗くんは面白いなぁ」


「ねぇ! ちゃんと否定してくれる!?」


 そんな俺たちのやり取りを見て、綿樫も楽しそうに笑っていた。他人事だから笑えるんだろうけど、当事者としては冗談なのかどうかがかなり重要な案件だから、そんなにのんびり構えられないんですよ。


「何か良いものはあった? 何もないなら、僕と白斗くんの出会いを再現でもする?」


「おい、出会いなんて言い方をすると、それこそ男女の関係みたいじゃないか」


 まぁ、フィクションでありそうな出会いだったことはたしかだが。わざわざ再現する必要もあるまい。


「そうでもないでしょ~。狐坂くんは熊野くんを意識し過ぎなんじゃない~」


「えへへ、意識だなんて、照れるなぁ」


「おいやめろ! なんでお前は頬を赤らめてるんだ! 綿樫はちっとも赤くならないのに!」


 声を荒げてから、一旦ため息を吐く。そして、ジト目でニコニコと俺を見ている熊野に視線を向けて、その能天気そうな表情に追加でため息が出た。


「というか、あれは熊野にとってあまり思い出したくないイベントだろ。わざわざ再現なんてするなよ」


「僕はそんなに気にしてないよ? 良い気分ではなかったけど、それで白斗くんと仲良しになれたんだし」


 ということらしい。とはいえ、再現まではしないでいいだろう。

 たぶん熊野としても、俺に対してトラウマになっていないアピールと、会話のつなぎとして話題に出したぐらいだろうし。


「腕の骨、折られたんだっけ~?」


「まぁな。それぐらいは別にいいんだけどさ」


 俺と熊野の邂逅は、幻創学園の入学式当日ことだった。


 制服姿の熊野が、おばさんに痴漢されているところに遭遇。近くにいたので、咄嗟におばさんの手首を掴んだところ、熊野の華奢な体から強烈な肘打ちが俺の腕にとんできて、ぽっきりと折れてしまったということだ。


 まぁそれから二人で駅員や警察に対応しつつ、『ありがとう』だの『ごめんなさい』だの、治療費がどうとかそんな話をしているうちに、仲良くなったというわけだ。


 これまた偶然、一年の時に同じクラスだったことも仲良くなった要因の一つだろう。


 いや本当にさ――熊野が女子だったらラブコメスタートしても全然おかしくない流れじゃない? なんでキミは男なのさ。


「華奢に見えて、すごく強いみたいだもんね~。熊野くん」


「えへへ、でも道場は中学一年のころに破門になったから、我流混じりだけどね」


 いったい何をしたら破門になるんだろうか。破門になったこと自体は聞いていたけど、理由は怖くて聞けていない。可愛い顔してやるときはやる男だからなぁ。


 そもそもあの肘打ちだって、俺がおばさんの手を取っていなければ、骨折していたのはあのおばさんだったろうし。正当防衛と言えばそうなんだろうけども。


「私は運動神経どころか体力もないからな~。自分の家から駅まで歩いたり、駅の階段を歩いたりするだけでもヒーヒー言っちゃうよ。長いんだよね、私の使ってる駅の階段」


 テーブルに肘を突いてそう言う綿樫に、熊野が「でも毎日通ってたら慣れるものじゃない?」と質問をする。


「一年の頃はバスとエレベーター使ってたんだよ~。さすがに運動不足かなと思って、二年から歩くつもり~。テレビで『ちょっとした距離なら歩きましょう』とか『エレベーターじゃなくて階段を使いましょう』って言ってたからさ~。いつも通り流されちゃった」


 二年生になってからまだ一週間しか経ってないじゃないか。継続は力なりというから、今後次第ってとこだろうな。


「だから私、狐坂くんに襲われたら抵抗できないんだろうな~」


「すごい角度から攻撃が飛んできたな。だが残念だったな綿樫、俺は無理やりじゃなくて同意のある甘々なシチュエーションを希望する」


「じゃあ無理だね~」


 ……きちんと綿樫の無茶ぶりに対応したのにフラれたなんだが。悲しい。


「は、話を戻そうじゃないか。とりあえず、綿樫が嫌というならば熊野とラブコメイベントをこなすのもやぶさかではない。男同士だし、セクハラと呼べるような事件も起こらないだろう。これが入部試験の一環だというならなおさらだ――で、何をしよう?」


 と、フラれたショックを忘れるために、試験のことを思い出す。


 本当に試験なんてやっているのかわからないけれど、俺はそもそも他人の考えを予想したりすることがあまり好きではないし、彼女の言葉をそのまま信じることにした。


 つまり入部テストをやるというのなら、受けて、合格するのみである。


「じゃあさ、さっき漫画に載ってたやつにしようよ~。上手くできたら、試験ポイント加算って感じにしようか。うん、そうしよう」


 どうやら加点方式の試験らしい。ということは一度の試験じゃなくて、複数の試験をこなして合格点に到達すればいいということだな?


 あの魔力試験や催眠術は加点の対象になっているんだろうか……減点になっている可能性のほうが高い気がする。


 うん、考えないようにしよう。


「ふーん? 漫画のイベントなんだね? 僕は何をすればいいの?」


 熊野が綿樫に質問する。演劇みたいなことをするのはちょっと照れ臭いなと思うが、綿樫もクオリティを求めてるわけじゃないだろうし、そこはあまり気にしなくていいだろう。気を付けるべきは、俺がうっかり熊野に惚れないようにすることぐらいだ。


「ほら、男女でもつれあってさ転んじゃって、うっかり女子の胸を触っちゃうってシチュエーションがあるでしょ~。二人にはアレを試してみてほしいんだよね~。今日の議事録は、それを主に書くつもり~」


 ……ふむ。たしかに、そのシーンは綿樫が読んでいた漫画に出てきていたな。

 ちょ、ちょっと待ってくれ。


 となると、つまり俺は、これから熊野の胸を触るってことか……? それはさすがに、入部テストとはいえやりすぎだろう? いやでも、熊野は明らかに同意した様子で「なるほどね、僕は受け身をしっかりすればいいかな」なんて言っている。


 もしやこれは、俺が望む『同意のある甘々なシチュエーション』というやつなのでは……?



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