第4話 特別な『好き』




 綿樫に向かってラブコメ宣言をしたのはいいものの、彼女と付き合いたいかと問われたら首をひねるような状況なのですよ。


 そりゃ綿樫は可愛いし? 胸もそこそこあるし? 甘えられたりしたらドキドキしそうだし? だけど、俺は彼女と付き合いが長いわけでもなければ、性格を良く知っているわけでもない。


 そしてそれはお互い様で、今後次第というところである。案外、腐れ縁みたいな友達ポジションに落ち着くということも十分に考えられるな。


「あと十分もしたら熊野も来るだろうし、それからは何しようか? というか、本当に試験はしなくていいの? あとから岼が色々文句言ってきそうだけど」


 試験を突破したらしたで、『本当にあなた如きが綿樫先輩の試験をクリアしたんですか? 冗談は顔と性格とこの世に生まれたことぐらいにしておいてください』なんて言ってきそうだし。


「試験のことは忘れていいよ~。岼ちゃんが何か言ってきても、私がなだめておくからさ」


 まぁ、なぜかあの後輩は綿樫には激甘だからな。彼女が白と言えば黒も白になってしまうぐらいに。


「綿樫がそういうなら頼りにさせてもらおう」


 彼女的には、もしかしたら先ほどの魔力検査と催眠術で試験は終わっていたのかもしれない。結果としては当然のように何も起きなかったわけだけど、それで合格と言われてもモヤモヤするんだよなぁ。岼のように、明確に反対して欲しいわけじゃないけど。


 入部できるのなら、わざわざ文句を言うつもりはないけどさ。


「熊野くんが来てから何するか、か~。熊野くん自身、やりたいこととかあるんじゃないかな? ほら、熊野くんって狐坂くんとは一年の時から同じクラスだったみたいだけど、まだ一緒に創研で活動できてないでしょ?」


「まぁな」


「二人でラブコメしなよ~。あ、そうだ。これを試験ってことにしようかな」


 名案を思い付いた、みたいな表情と声で、綿樫が言う。


 いやいや待ってくれって、ラブコメって男女でするもんじゃないの? 別に男同士、女同士の恋愛を否定するつもりはないけど、それはお互いが同性愛だった場合でしょう? 俺、普通に女の子が好きなんですけど。


「異論がないわけではないが、部長の綿樫がそれを試験と言われたらやってやるとも」


 熊野、ノリノリでやってくれそうだし。もちろんヒロイン役で。


 本音を言えば綿樫としたいところだが、それは関係性を深めてからでも遅くないだろう。実際、俺に交際経験があるわけじゃないから、いきなり可愛い女の子とイチャイチャしろと言われても難しいかもしれない。さっきだって、催眠術を試したときに硬直してしまったぐらいだし。


 熊野には練習台になってもらうとしよう。男だから、遠慮することはない。


「じゃあ私は漫画を漁ってみようかなぁ~。ほら、狐坂くんもこっち来て、一緒に題材探そうよ」


 パイプ椅子から立ち上がった綿樫は、ちょいちょいと俺を手招きしたのち、部屋の隅に設置してある本棚へと歩み寄る。俺も遅れて、彼女の後ろに続いた。


 天井に届きそうなぐらいの高さの本棚に、ぎっしりと本が詰まっている。


「私が家から持ってきた本もあるし、先生が買ってきてくれた本もあるし、先輩が残していってくれた本もあるんだよ~。持ち出しても良いけど、きちんと返却はしてね~」


「……あぁ、それはもちろん」


 ぼんやりとした返事をしたからか、綿樫が「気に入りそうな本はある~?」と気を遣ったように声をかけてきた。


「いや、どれを読もうか悩んでただけ。俺はライトノベルにしようかな」


「狐坂くんもライトノベルとか読むんだっけ~?」


「せいぜい月に一冊ぐらいだけどな」


 そう言って、俺は背表紙に描かれた美少女の絵とタイトルを元に、一冊の本を取り出す。


 彼女への反応がおなざりになってしまったのは、きちんと理由があった。チラリと、本棚に並んでいるその文字列に目を向ける。


『狐の嫁入り』


 作品のタイトルではなく、作者名である。ラブコメのライトノベルが並んであるところに、その作者の作品が二シリーズずらりと並んでいた。


 これ、父さんが書いたラノベなんだよなぁ。作家になってから十年間ずっとラブコメ作家だったみたいだけど、二年前から急にファンタジー作品を書き始めている。それはラブコメに比べるとあまり売れていないらしいが、本人としてはとても楽しく書いているようだ。


 身バレの危険性から『俺がラノベ書いてること、外では言わないでくれよ』と忠告を受けているので、わざわざ言おうとは思わないが、まさか部室の本棚に並んでいるとはなぁ。


「じゃあ熊野くんが来るまで読書タイムとしゃれこもうか。夢中になってフィクションに浸らず、ちゃんと試せそうなイベントを探すんだよ~」


「俺よりも綿樫のほうが浸ってしまいそうだけどなぁ」


「あははっ、そうかも~。気を付けるね~」


 楽しそうに笑った綿樫も、棚から一冊本を取って机に戻る。俺も彼女の向かいに座って、本を開いた。カラーになっている口絵を見てみると、バスタオルを体に巻いた風呂上りの美少女(たぶんヒロインだろう)を主人公が目撃してしまった場面。エロ可愛い。


 体のラインがばっちり見えてるし、胸元のタオルとかはだけてしまいそうだし。この主人公、よく理性を保って事細かく体の感想とか考えられるな。


「こういうイベントにさ、どういう人生を送ったら遭遇できるんだろうな」


 そう言いながら、片手で本を開いたまま固定して、綿樫に見せつける。ひょっとしてエロいページを同級生女子に見せるのはセクハラにあたるのかもしれないが、考える前に行動してしまっていた。もしかして、やらかした?


「まず美少女を用意します」


 だが、綿樫は俺の懸念をよそに、普通に返答してくれる。こういうところも、綿樫のいいところだよな~。岼だったら言葉の代わりに拳が飛んできそうだし。熊野の場合、頬を真っ赤に染めて『も、もう!』なんて言いそうだけど。


 あれ……? 本当に熊野が一番ヒロインっぽくない?


「オーケー。美少女はこの部屋に用意されてる」


 バスタオルと浴室が用意されていないのが残念だ。


「それって私のことかな~。えっへっへ、照れちゃうね。じゃあ美少女は良いとして、一緒に下校中に通り雨で体がずぶ濡れになっちゃいます」


「二人とも折り畳み傘を鞄に入れてないのか」


「天気が崩れそうならともかく、普通入れてなくない? 私は入れてないよ~」


「まぁ、降水確率十パーセントとかならわざわざ持って行かないか」


 ちなみに俺は、朝家を出たときの空を見て判断する。天気予報、あまり見ないし。


「うんうん、そうだよね。それで、都合よく男の子の家が近くにあって、都合よくその日は両親や兄弟がいなくて、タイミング良く女の子がくしゃみをします。男の子は『風邪をひいちゃう』という大義名分を掲げて、女の子を部屋に連れ込みます」


 なんだか父さんのラブコメで見たことあるような展開だな。もしかしたら綿樫は父さんの書いたラノベの読者なのかもしれない。まぁあの本棚に並んでいる時点で、読んだことがあるんだろうけど。


「でもさ、普通に考えて、他人の家の風呂に入ろうとか思う?」


 無理じゃない? 俺はトイレを借りるだけでもかなり躊躇するぐらいなんですが。


「私はないかな~。恋人だったとしても遠慮するよ。一人暮らしの家ならともかく、他の家族が使ってるなら、風邪ひいてずぶぬれで家に帰ったほうがマシかな~」


「だよな。俺もそう思う」


 現実はそんなもんだよな。その辺り、個々人の性格次第ではあるだろうから、現実にあり得ないとは言い切れないんだけどさ。


 綿樫は俺に「そうだよね~」と残念そうに口にして、だらんと机に体を乗せる。しかし両手は伸ばして、その先でしっかりと漫画のページをめくっていた。


「フィクションはフィクションとして楽しむ――ってことは頭で理解してるんだけどね~。どうしても現実的なことを考えちゃうんだよね~」


「俺ぐらい考え無しに行動してたら――って、さっきは普通に考えちゃってたか」


 よくないよくない。俺は浅い思考で生きていくと決めているのに。そっちのほうが、人生楽しいぜ?


「狐坂くんはもうちょっと考えて行動したり発言したほうがいいような気もするけど、まぁそれも個性だよね~。あーあ、私も何か個性的なことしたほうがいいのかな~」


 綿樫はそう口にしたものの、すぐさま「まぁそれも結局、狐坂くんに流されてるってことなんだけどね~」と自嘲するように言った。


「幻創学園に入ったら何か変わるのかな~って思ったけど、私は私のままだな~」


「俺は今の綿樫が悪いとは思わないけどな」


「あはは、ありがと。でも私は、やっぱり自分のことを『その他大勢』としか思えないな~。協調性があると言えば聞こえがいいけど、自分が無いって感じだもん」


 ペラペラと漫画のページをめくりながら、綿樫が言う。


 そういう思考をしているから、自分が消えても変わりがいくらでもいると思えてしまうから、『消えちゃわないかな』なんて発想に至ってしまうのだろうか。


「じゃああれだ、誰にも影響されずに、綿樫だけが好きなものを見つけたら、また何か変わるのかもな。俺とかどうだ? ノンデリカシー筆頭男子だぜ」


 小中学校はともかく、高校に入ってからは女子に一歩引かれてるような感じだぜ!


「あはは、私が狐坂くんのことを好きになったら、それは確かに、面白い変化なのかもしれないね~。熊野くんがいるから、友達として好きになる可能性は十分あるけど」


 ニヤニヤといつものように笑いながら、ちっとも頬を染める様子もなく、綿樫は言う。


 自分で言っておきながら、なかなかバカみたいな提案だなぁ。


 だけど、それで彼女がこの世から消えたくならないというのであれば、頑張ってみる価値はあるんじゃないだろうか?



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