第3話 エロコメを希望する!
冷や汗を垂らしながら、五円玉を揺らし続ける。
どうか、俺に催眠術の才能があってくれと願いながらも、一定のスピードを保って揺らし続ける。
最初は『グヘヘ』という笑い声が出てしまいそうな考えが頭の中にあったけれど、もはやそんな能天気な考えはできなくなっていた。後戻りができねぇ。もうちょっと考えてから行動しろよと言われてしまいそうだけど、これが今の俺なんです(キリッ)。
そんな状況が十秒ほど続いたところで、綿樫がゆらりと立ち上がった。視線はただただ前を向いていて、焦点はあっていないように見える。瞼はトロンとしていて――いや、これは普段通りか。いっつも眠そうだしな、こいつ。
「え、え、マジで?」
綿樫はフラフラとした足取りで、机を回り込んでから俺の隣にやってくる。そして、俺の隣の空席に腰を下ろした。彼女は俺の肩辺りに視線を向けてから、ゆらりと顔を上にあげる。
こ、これってもしかしなくても、催眠術にかかってる、よな? マジで? 俺って、催眠術使えるの?
先ほどまでの不安は吹き飛び、一気に色々な妄想が広がりそうになるけど、その前に眼前の綿樫を何とかしなくては。このままでは、俺の願望が叶ってしまう……!
大変喜ばしいことだし、ソフトな願望ではあるけど、綿樫の意思を無視しているという当たり前の倫理観も持ち合わせているので(だって本当に催眠術が成功するとか思わないじゃん!)、頭の中で盛大に天使と悪魔が戦争を起こしていた。
上目遣いでこちらを見る綿樫が、ゆらりと俺に手を伸ばしてくる。
俺は結局どうすることもできず、硬直してしまった。天使と悪魔の戦争は、お互いに『え? どうするの?』と待機中である。
「なーんて、ビックリした~?」
と、綿樫。
いつものニヤニヤした表情を浮かべた彼女は、未だに銅像化している俺の額を人差し指で突いたあと、「ヒヒヒ」と堪えるように笑ってから自分の席に戻る。
「び、ビックリしたよ……いや本当に。俺、マジで自分が催眠術使えるのかと思ったわ。綿樫が俺に甘々スキンシップするのかと思った」
安心して、体が弛緩する。一歩も移動していないのに、どっと疲れてしまった。
「あのね、ビックリしたのはこっちも同じなんだからね? なんで私は思春期の男の子のエッチな願望を、真顔で拝聴しなきゃいけないのかな?」
「綿樫って可愛いじゃん。だからそういうことを望むのは男として普通じゃない? むしろ健全だろう。正直者のレッテルを張ってくれてもいいぐらいじゃないか」
「普通の人は、面と向かって言わないものだよ? やっぱり幻創学園の生徒って普通の人いないんだね~」
「そんな理由で入学できたとは思いたくないけどな」
うん。でも俺はなんで本当にこの学校に入学できているんだろうね。倍率、百倍どころじゃないのに。
綿樫も俺と同じく普通の部類に入りそうだけど、彼女の場合、父親のことがあるからな。
生徒本人だけでなく、家族が普通でなければ、入学できるみたいな噂も聞いたことがある。
「そういうことは、好きな人と付き合ってからお願いしなよ~。残念ながら私は狐坂くんのこと、まだそういう目で見たことないから、エッチなことはダメ~」
「そうか……それは残念だ」
本当に残念だ。別に付き合ってなくてもエロいことには興味ありますからね。
俺は別に、綿樫のように『付き合ってからじゃないとそういうのはダメ』という考えではないからな。チャンスがあれば飛びつくぜ。
「そこで本気で残念そうな顔ができるところが、変だよね~。私だったからいいけど、相手が岼ちゃんだったら腕の一本ぐらい折られてるんじゃないかな?」
「あいつは無理。いくら可愛く見えても熊やライオンを撫でようと思わないのと一緒だ」
腕の一本で済めばいいと思えるぐらいである。手足四本やられんじゃないだろうか。それに折るよりももっとひどいことを平気そうでしてきそうな怖さがあるんだよな、あいつ。
「あはは、狐坂くんに対してはそうかもね~。それにしても、な~んであそこまで嫌われてるの?」
「俺が聞きたいよ」
「狐坂くんのことだから、知らないうちに何かやらかしてるのかもね~」
そう言いながら、綿樫は俺の手から催眠術セットを回収して、また棚に戻しに行く。再び席に戻って来てから、手に顎を乗せてニヤニヤといつもの表情を浮かべた。
「でも、『可愛い』って言われたのは嬉しかったから、そこは素直にありがとうと言っておこうかな」
「俺は自分でノンデリカシーだと自覚しているからな。その分誉め言葉も装飾した言葉じゃないから、そのまま受け取ってくれ。綿樫は可愛い。抱き枕にしたいし、朝目覚めたときにそのトロンとした顔を見たい」
「あはは、ちょっと照れるかも~」
なんて言いながらも、綿樫はちっとも頬を染めたりはせずニヤニヤしている。本当に照れているのか怪しいもんだ。
落ち着くためにミルクティを一口飲んで、綿樫に話題を変えて話しかける。
「しかし熊野は五時過ぎに来るって言ってたけど、岼は何をしてるんだ?」
いないならいないでいいや――と思っていたけれど、この空気を変えるために利用させてもらう。部活と違って、研究会は出席や欠席に関してもかなり緩いからな。
部室の大きさや部費を必要としないのなら、わざわざ部活に昇格しなくても良いらしい。実際、十人以上在籍している同好会や研究会もあるし、そもそもこの幻創高校自体、部活に力を入れている学校でもない。スポーツはそこそこだ。
そこそこな癖に天才が多いからなのか、たまに県大会とかで優勝していたりするけど。
「岼ちゃんは猫探しだよ~。フィクションでも、ミステリーで探偵がやってたりするよね~。創研の活動報告としては一番それっぽいし、地域貢献にもなるから頑張ってもらってるよ~」
「なるほど……それって、俺たちも手伝ったほうがいいのか? 猫探しって、かなり大変だろ?」
創研の活動ともなると、俺に対し反抗的な岼とはいえ一人に任せるのは少々申し訳ない。個人的にやっているのであれば放置一択だけど。
「いや~、岼ちゃんって運動神経すごく良いからさ、塀に飛び乗ってその上を走ったり、壁ジャンプしたりするから、私たちじゃ足手まといじゃないかな~。狐坂くんもそれぐらいできるのなら、話は別だけど」
「無理無理」
というかそんなことやってんのかよアイツ。ただでさえ銀髪ロングっていう珍しい髪で、モデルかと思うぐらいの容姿と体形を持っているというのに、そんな人間が塀の上を走っていたら目立ちすぎだろ。そのうち通報されるんじゃないだろうか? その時は全力で他人の振りをさせてもらうことにしよう。
「アイツの存在自体がフィクションっぽいよな。なんだよ銀髪って」
そしてなんだよ壁ジャンプって。パルクールとかでそんな技があるのは知識として知っているけど、銀髪のJKが街中でやっているとなると異様でしかないだろうに。
「しかも、岼ちゃんって先祖に海外の人いないらしいんだよねぇ。アルビノとはまた違うけど突然変異みたいな感じって言ってたよ」
「さすが幻創の生徒って感じだな」
変わり者が多い。
ただ、銀髪に関しては確かに珍しいけど、幻創学園は校則がかなり緩いため、髪の色は自由だし、ピアスみたいなアクセサリーも問題なければ、化粧もオッケー。というか、メイクに関して言えば選択の授業で行われているぐらいである。
ただし、制服を着崩していると指導の対象となる。まぁ男女ともにブレザーだから、ネクタイを緩めたり、スカートを極端に短くしたりしなければ大丈夫。
ちなみに俺は黒髪だし、アクセサリーも化粧もしていない。
「岼ちゃんは、SFとかファンタジーって感じだよね。熊野くんはラブコメかな? ちなみに私は岼ちゃんと同じくファンタジーだけど、ミステリーも興味があるね。狐坂くんはどう?」
「ん? どういうこと?」
「この創研で実践してみたいフィクションのアレコレ」
「なるほど。じゃあラブコメかな」
ぱっと頭に思いついたジャンルをそのまま口にした。先ほど魔法よりも催眠術に期待したことからもわかる通りである。しかも魔法に関しても、透視とか透明化とか考えていたぐらいだからな。
……エロコメって言ったほうが良かったのかもしれない。
「あははっ、狐坂くんは正直者だねぇ~。じゃあ、狐坂くんが主人公のラブコメだと、私たちヒロイン枠になるのかな~?」
「綿樫だけで十分だろ。岼は論外だし、熊野は男だ」
そんな俺の回答に、綿樫は「そっかそっか~」といつものニヤニヤした笑みを浮かべる。
「でも、私ってかなり手強いかもしれないよ~? 人が好きな物しか好きになったことないくせに、人の好きな物は取りたくないからさ~」
なるほどたしかに。
でも、これはフィクションに限らず現実でも定番だろう。
ハードルは高いほうがやる気がでるってもんですよ。
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