第2話 いざ! 催眠術!
綿樫が消えてしまいそうで怖い――なんて本人に伝えたところでどうにもならないので、俺はこうして創作実践研究会の門戸を叩いたというわけである。
いやでもね、一つだけお小言を言わせてもらうとすると、俺は一度この研究会にスカウトされているのである。去年の文化祭の時に、現部長である綿樫から。
で、その時は断った。彼女が消えてしまいそうだなんて思っていなかったし、研究会自体にもあまり興味はなかったし。
改めて綿樫と話したのは、それから数か月が経った、二月のことだった。
生憎俺は綿樫のことを忘れていたけど、あちらはしっかりと覚えていたらしい。その時に話をして、恐怖して、接点を持とうとして、現在に至る――というわけだ。
あの時すんなり入部しておけば、反対派の岼もまだ入学していなかったし、入部テストなんて受ける必要が無かったんだよなぁ。
ただ、現部長の綿樫が俺を勧誘したという過去があるし、彼女自身は俺の入部に賛成しているようだから、そこまで難しい試験は用意しないだろうと思う。希望的観測なのかもしれないけども。
「あ、そういえばお茶も出してなかったね~」
綿樫はぽんと拳を手のひらの上に落としつつそう言うと、パイプ椅子から立ち上がってからテコテコと冷蔵庫へ向かう。それから小さめのペットボトルを二本持って、席に戻ってきた。
「学校に行く途中にコンビニがあるからさ、ふら~っと他のお客さんに釣られて寄ったんだけど、そこで一番人気って書いてあったから、つい買っちゃったんだよね~。狐坂くんはミルクティ好き?」
「好きでも嫌いでもないって感じかな。自分では買わない」
一瞬考えてしまい、『好きだから嬉しいよ』なんてうわべだけの言葉を口にしそうになったけど、キャンセルして率直な意見を述べた。
「正直で良いね~。そう言うところ、良いと思うよ~。私なんか、周りの意見が自分の意見みたいなところあるからね~。確たる自分があるのって、とても素敵だと思うな~」
「そうかぁ? まぁ、誉め言葉なら喜んでおこう。俺も綿樫のぬるっとした喋り方好きだぜ。なんかこう、ほわほわする」
「表現が微妙だけど、誉め言葉なら喜んでおくね~」
と、綿樫はニヤニヤとしながら俺にペットボトルを渡してくる。お金を払おうとしたが拒否されてしまったので、ありがたく受け取っておくことにした。俺も今度コンビニで何か買って来るとしよう。
ペットボトルの蓋を開けてミルクティを飲んでいると、綿樫はテーブルの上でペットボトルを左右に転がしながら話しかけてきた。
「今日はまず、何をしようかな~。岼ちゃんと熊野くんが先週やったこと、狐坂くんもやっとく~?」
「ん? うん、そうだな。とりあえず俺はまだこの研究会のことをよく知らないから、綿樫がリードしてくれると助かる」
本日は四月の十三日の月曜日。
俺は二年に進級して少ししてから入部届出したから、他の三人と比較すると、一週間活動が遅れている状況である。いったいこの創作実践研究会は、具体的にどんな活動をしているんだろう? パンを咥えた少女とぶつかる訓練とかするんだろうか?
「了解~。私部長だから、しっかりリードしちゃうよ~。じゃあまずは、アレとアレだね」
そう言って、彼女は人差し指と中指を立てて、ピースサインを俺に向ける。
「魔力検査と、催眠術~」
おぉっと、これはなんともフィクションらしいイベントじゃないか。
あまり興味がなかった研究会だけど、案外、楽しめるのかもしれないなぁ。中学二年生ではないけどワクワクする。
特に催眠術――ふっふっふ、どんな催眠を綿樫にかけてやろうかなぁ!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺のワクワクをよそに、まずは魔力検査からすることになった。
残り物には福がある、楽しみは最後に取っておけとか言うしな。個人的な意見を言わせてもらえば、ショートケーキのイチゴは『あら美味しそう!』と思ったら即座に食べるから、普段の行動とは違ってくるのだけど。
「この水晶玉に手を置いてね~。魔力があると文字盤が光るんだって~」
――と言いながら、綿樫は直径三十センチぐらいの円形の木の板(よくわからない文字が周囲に彫られている)と、ソフトボール大の水晶玉を持ってきた。
木の板の中心には少しへこみがあり、そこに水晶玉に置いている。結構年期の入った水晶玉で、至るところに細かい傷があった。あとで聞いた話だけど、リサイクルショップで顧問が買ってきたものらしい。
綿樫はテーブルの上にそれらを設置してから、再びパイプ椅子に腰かけた。
「『光るんだって』って――え? これまでに光った人がいるの? もしかしてこの学校、魔法使いまでいるわけ?」
ぶっとんだ人が多いのは知っているけど、それはぶっ飛びすぎでは?
「いや~? 少なくとも私は見たことないかな~。だいたい、この木の板を作ったのは私だし、ライトノベルの挿絵に使われてた物を丸パクリしただけだから、光るはずないんだけどね~」
「ですよね」
まぁそりゃそうだろう。フィクションはフィクションだし。ここでもし綿樫の言う通り文字盤が光って、俺に魔力があることが判明したりしたら逆に困ってしまう。人生設計がぐちゃぐちゃだし、それに何より、お楽しみの催眠術を試せないじゃないか。
「とりあえず、この玉に手を乗せるだけでいいのか?」
「え? どうだろう?」
「いや、テストする本人がそんなキョトンとした表情をするなよ……まぁいいや、とりあえず内なるパワーを手のひらから爆発させるつもりでやるよ」
ふんぬ! しかし何もおこらなかった。
「まぁそうだよね~。じゃあ次いこっか~」
「あっさりしすぎ!? 俺、結構本気で頑張ったんだけど!?」
頭に血が上ってこめかみの血管がぴくぴく動くレベルで気合を入れたんだけど!
「いや~、ここで光ったら逆にドン引きだよ。実際、魔力があったらどうしたらいいんだろうね? 警察とかに連絡しなきゃいけないのかな?」
「最終的に研究機関みたいなところで解剖とかされそうだから嫌だな……それなら、先に配信とかして世間に存在を認知させてからにしたい。世間が守ってくれそうだし」
「あはは、私もそういう妄想したりするな~。どんな能力かによって、行動も変わったりするよね~」
うんうん、わかるよ。透明人間になった時とか透視できるようになった時の妄想だよね。あと、時間停止とか。もちろんその時は、誰にも言わないつもりですよ。こっそりお楽しみするのだ。
「さっきはドン引きするとは言ったけど、やっぱり誰かが魔法とか使える世界だったら、私は嬉しいかな~。現実ってつまらないもん」
綿樫はテーブルの上にあった魔力検査セットをのんびりと棚に戻しながら、そう口にする。特に落胆した様子もないから、やはり魔法を信じているわけではないのだろう。
「私はライトノベルとか読むけど、物語が好きっていうより、現実がつまらないから読むんだよね~。逃避してるって感じかな」
「似たようなことは前も聞いたな」
「そうだっけ~? まぁいいや――ともかく、私は創作の中にある、現実ではあり得ないようなアレコレが、とても魅力的に見えるんだよね。あってほしいと思う。だけど、同時に『そんなことあるはずない』って思っちゃってる」
「ふーん? 幽霊を信じてないみたいなもんか?」
「そうだね~。私のお父さんが消えたのも、よくある異世界転移とかだったらいいのにって考えたりするけど、やっぱり現実的に考えたら、誘拐とか事件性のあるものなんだよねぇ。うちのお母さんとかは、『そのうち帰ってくるでしょ』みたいに楽観的だけどさ~」
「えぇ……」
それはまた、異常だなぁ。
フィクションの中の世界でも無いのに、伴侶が二年消えている状況で、平気にしてるって。
子供の前で強がっているだけかもしれないけど、この学校に入学できる子供を育てているという時点で、変わり者の可能性も否めないか。
そんな風に話をしている間に、綿樫は紐のついた五円玉を持ってテーブルに戻ってきた。
「催眠術か……」
ふっ――どうやら俺には魔力はないようだが、催眠術の才能はまだわからないぞ。
エロいことをお願いしたいと俺のハートは叫んでいるけれど、さすがに良心が痛んだので、ソフトな物にしておこうか。さすがにここで綿樫を全裸にするわけにはいかない。
「これのやり方はわかるぞ。五円玉をゆっくり左右に揺らしながら、言葉で誘導するんだよな?」
「うん、そうそう。でも、私たちの誰もできなかったし、狐坂くんのなりのやり方でやってもいいよ~? 案外それが正解かもしれないし」
「なるほど。だけど、ひとまず一般的なやり方でやらせてもらうとするかな」
「うんうん。狐坂くんのやりたいように、好きなことを私にさせていいよ~」
「お、おう。任せておけ」
そう言いながら、紐の端を持って、五円玉を綿樫の前に垂らす。彼女は五円玉をニヤニヤしながら見つめていた。左右に揺らすと、綿樫の黒目は五円玉を追って左右に揺れる。
魔力検査の時とは比べ物にならないぐらい、心臓がバクバクした。
「綿樫流雲――君はだんだん、俺にスキンシップを取りたくなる。恋人同士が行うような、甘い甘いイチャイチャをしたくなる。俺の腕に抱き着いて、そのCカップぐらいの胸を押し付けたりもする、挟んだりもする。ほっぺにキスも追加しようか。そして、五分後には全てを忘れて、元通りだ……!」
先ほどの魔力検査の十倍ぐらい気合を込めて念じながら、俺は比較的ソフトな願望を口にした。あまり酷い要求をすると、催眠によって無理やり行動させられる綿樫が可哀想だしな。
そしてその後、五円玉を揺らしながら気付く。
これ、催眠失敗したら、ただただ綿樫に対する俺のセクハラ願望がバレるだけなのでは?
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