綿樫流雲はフワフワしている
心音ゆるり
第1話 創作実践研究会
「放課後の部室、流されやすくフワフワした女子と二人きり、何も起きないわけがなく――」
「なに~?
「え? 良いの? 土下座はもちろん、五体投地ぐらいならするけど」
俺がそう口にしたのち、嬉々として机に手を付いてパイプ椅子から立ち上がろうとしたところで「ダメだけど~」とニヤニヤしながら
期待させやがって……この悪女め!
なんて心の中で悪態をつく俺に対して、綿樫は楽しそうに頭を左右に振っていた。
「可愛いって言ってくれたのは嬉しいけどね、ありがと~」
「そりゃどういたしまして」
いくらなんでも雰囲気に流されてもらうのはダメだったか――なんて冗談はさておき。
椅子に再度腰を下ろしてから、俺は改めて部室の中を見渡す。
ここは創作実践研究会の部室――小説、漫画、アニメ等の創作物、フィクションの中で巻き起こるあれやこれやを実践し、『これは現実でも有りうるかどうか』を検証する同好会らしい。詳しくは知らん。新参者なのでね。
研究会はサークルや同好会みたいに、位置づけとしては部活の格下みたいな存在だが、『部室』、『部員』、『入部』等々、使っている言葉は部活と何も変わらない。あくまで規模が違うだけだ。
強いて違いを言うのであれば部費の有無とかもあるけど、そこは顧問の先生次第らしい。わりと手出しをしてくれているようだ。
部員は俺を含め四人で、俺と綿樫を含む三人が二年で、もう一人が一年生。去年までは三年生が三人いたようだけど、みんな卒業していなくなってしまった。
いやいや、そんな部員も少なくて趣味全開の研究会に部室を与えていいのかよ――と、中学までの俺なら即座にツッコミを入れていただろうけど、この学園で一年間過ごせば、この程度の自由奔放さは気にならなくなってくる。
慣れとは怖いものだ。味方につければ、心強いものでもあるが。
「それで、記念すべき活動初日なんだけど、俺はいったい何をすればいいんだ?」
言いながら、首をひねって縦長の部屋の中を観察する。
部屋の最奥には社長が座りそうな大きなダークブラウンのデスクがあり、中央には真っ白な机とパイプ椅子。部屋の入口付近にはワインレッドの布地のソファが二台と木製のローテーブルがあり、部屋の隅には冷蔵庫までおいてある。
いやいや、本当に部室かよ、十五畳近くあるぞ。至れり尽くせりが過ぎるだろう。
「広いでしょ~。まぁウチだけじゃなくて、部活に昇格してない研究会とか同好会はみんなこの広さだよ~。置いてある物はだいたい、先生の私物だけどね~」
机をはさんで、正面には
俺と同じ高校二年の十六歳。
薄い茶髪に、ゆるやかなパーマを当てたミディアムヘア。前髪はヘアピンで横に流して止めている。
やる気がないような、眠いような、そんな目つきをしているからか、ニコニコよりはニヤニヤが似合うような女子だ。
本人曰く、ひどく周囲に流されやすい性格をしているとのこと。
色々と妄想のはかどりそうな個性だけど、個人的にあまり頭を働かせるのは好きではないから、妄想の極致には至っていない。
なんでも考えれば良いってもんじゃないし、エネルギーの無駄遣いだと思う。
「で、何をすればいいか、だよね~。そもそも狐坂くんはまだ仮入部だから、試験に合格しないと正式に入部はできないよ~。だからテストが先かな~」
「あぁ……岼の奴が反対したんだっけ? じゃあ今日はその試験とやらをやる感じか?」
岼は一年生の部員である。創研の顧問からスカウトされて入部したから、彼女には試験がないらしい。羨ましい限りである。
「しかし、試験をやると言っても……」
二人しかいませんけど。出席率五十パーセントですけど、いいんですか? そんな状況で試験をしちゃっていいの? まぁ部長が良いと言ったら良いのだろうが。
「ふっふっふ――試験はもう始まっているんだよ~、狐坂くん」
「マジで?」
え――? あれですか? 清掃員が実は試験管で、受験者の人となりを観察していたみたいなフィクションあるあるのやつですか? だとしたら先ほどの俺のセクハラまがいの発言はもうアウトなのでは?
とも思ったけど、たぶんこれはあれだな。綿樫が漫画やセリフの小説を引用したくなっただけだろう。
この流されやすい女子は、どうやら周囲だけでなくフィクションにも流されやすいようだし、その可能性は高そうだ。
「まぁまぁ、試験って言っても、そんなに難しいことをするつもりはないから、気楽にしていいよ~。他の二人は試験無しで入部できてるんだし。岼ちゃんが反対しなかったら、私はそもそも試験なんてするつもりなかったからね~」
「あいつ……俺のこと嫌いだもんなぁ」
なぜかわからないが、俺は一年の
先日の顔合わせの時にはすでに猜疑心に満ちた目を俺に向けていたけれど、その時に俺が『ハーレムみたいだな』と率直な感想を述べたところ、入部を反対されてしまったというわけだ。
うん……なぜかわからないとは言ったけど、理由は案外ハッキリしているのかもしれない。ハーレム願望のある男を排除したかったのか。あるいはその他に理由があったり――岼のあの時の視線の動きを思い出せば何か情報が見つけられるか? その他、役に立ちそうな情報は――。
……うん、やめやめ。
エネルギーの無駄遣いはやめよう。
「……頼むから、流されやすいからといって岼の好き嫌いに流されないでくれよ。綿樫にあんな風に睨まれたくない。俺はツンデレより甘々を希望する」
岼がツンデレってわけじゃないけども。あいつはツンツンだし。
「あはは~、岼ちゃんとずっと一緒にいたら、私もツンツンになっちゃう可能性はあるかもね~。でもでも、熊野くんが狐坂くんに懐いているから、いい感じのバランスなんじゃないかな~」
熊野ね……たしかにあいつは俺に懐いていると言ってもいいかもしれないな。
――熊野『くん』じゃなければなぁ。
「じゃあ綿樫は、岼とは極力接触せずに、熊野と行動を共にしまくったら、俺のことを好きになるのでは?」
おやおや、これは天才的発想かもしれないぞ?
甘々な綿樫、あると思います!
「そうだとしたら、狐坂くんは熊野くんに恋愛感情を抱かれてるってことになるよ~?」
「うん、それはないな。とても残念だ」
その手法は諦めよう。
「熊野くん、可愛いよね~」
「可愛いのは認める。だけど、あいつに恋愛感情は抱かれても困る」
なにせ熊野湊は男である。俺はノーマルなので普通に女の子とお付き合いしたいです。
ただ、熊野のやつ、男の俺が見ても可愛いんだよなぁ……パッと見て、あいつが男か女か正しく判別できる人なんているのだろうか? というか、俺もまだ『実は男装した女子なのでは?』と疑っているぐらいである。股間を確認するのが怖い。
普通の高校に通っていたら『そんなフィクションみたいなことあるかよ』と思ってしまうが、ここ幻創学園ならそれぐらいあり得そうだと思ってしまうのだ。なかなかに異質な高校だからなぁ、ここ。芸能人とかどっかのご令嬢みたいな人も普通に廊下ですれ違うし。
「まぁ、狐坂くんならどんな試験でもクリアできると、私は信じてるよ~。去年の文化祭の活躍、忘れてないからね~」
「いや、あれはただの偶然だから――ま、あまり期待されても困るが、俺はこの研究会に入りたいからな。俺を忌避する岼には悪いが、頑張らせてもらおう」
という俺の宣誓に、綿樫はニヤニヤしながら「その意気だよ~、頑張って~」とのんびりした口調で応援の言葉をかけてくれる。甘々の気配がほんのりした。
綿樫には咄嗟に嘘を吐いてしまったが、正直、俺はこの研究会にそこまで興味があるわけじゃない。ラノベや漫画は嫌いじゃないから、フィクションを実践するというのは面白そうな試みだとは思うけれど、放課後の時間を使ってまでやりたいかと問われたら、ノーだ。
俺の興味の矛先は、綿樫流雲個人に向かっている。
んー、『興味』という言葉を使うと、ちょっと浅いかもしれないな。
『現実って、なんでこんなにつまらないんだろうね~』
あの日、彼女は流れる雲と沈んでいく夕日を見ながら、そう口にした。
『私も、お父さんみたいに消えたりしないかな~』
今から約二年前――綿樫の父親が行方不明になっていることは、学園どころか、日本や世界で知れ渡っている。
直前までラーメン屋の防犯カメラに写っていたのに、その店のトイレの個室から、ふわりと消えていなくなった。跡形もなく、痕跡もなく。
神隠しにあった――として、メディアで散々取り上げられた。
そんな事前知識を知っていたから、俺は本当に怖くなったのだ。
綿樫流雲も、彼女の父親と同じように消えてしまう――と。
わたがしのように、あるいは雲のように。
その時俺は、予想ではなく、なぜか確信をしてしまったのだ。
このままでは、綿樫はこの世から消えてしまうだろう――と。何の根拠もないのに。
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