第8話 謁見
待遇よく鉱山の宿泊施設に泊めてもらって、朝を迎えた。
クリスが起こしてくれた。それからも淡々と僕の世話をするクリスを見て、僕は救われた気分になる。
ティナと合流する。
「生活のほうはどう?不便はないかい?」
「大丈夫でさあ。旦那のそばにいるくらい!もちろん有事の際は任しといてくださいな!」
そして僕たち3人はファス鉱山を出発した。
クリスやティナとぎこちなく交流しながら、僕は思い出になっていく人のことを考えずにはいられない。
帰りは最短時間のルートを選択した。
1時間ほど歩いて駅に着く。
トレインと呼ばれる移動手段。専用の線路が走っている所ならば魔法を動力にする列車でひとっ飛びというわけだ。僕の価値観でいえば電車に代わるものだろう。
切符を買い、サッハダルム行きの列車に乗り込む。
やがて列車が走り出すと、最高速度はかなりのものになった。
不規則に、何かが焼けるような奇妙な音が聞こえてきたので僕は聞いた。
「この音は何だろう?」
「魔法石の焚ける音です」
「魔法石のマナが大量に移動すると、摩擦のようなもので音がするんでさあ」
クリスが答えて、ティナが補足してくれた。
なるほど、トレインは魔法石を石炭のように焚くことでこの速度で走ってるのか。この世界では一元的にエネルギー源をマナに頼っているみたいだが、それを生かす形は現代日本と似てしまうのがなんだかおかしい。
列車は20分ほどでサッハダルムへ到着した。
早速、クリスとティナを引き連れて城へ向かった。
王城。リィルの中心点。国家の中枢だといえるが果たしてそれはどれほど機能しているのかな?
城を守る門番に挨拶し、僕は話し始めた。
「僕はファス鉱山を所有する商人のサイトですが、そこで採れた魔法石を王さまに献上したい」
門番が、面倒だなという顔をしたので、魔法石を詰めたストレージを出し「ディスプレイ」と唱えて実際に中身のイメージを見せた。
門番の顔つきが変わった。一目見てそれが最高級の魔法石だとわかったのだろう。
「取り合ってみます。しばしお待ちを」
門番が入り口の所まで行き、またそこで別の者に伝えると、やがて伝言ゲームを終えた門番がこちらまで戻ってきて言った。
「城の中へお入りください。待合にご案内します」
城内へ入ると、豪勢なしつらえが目を引く。広いロビーのような場所で待たされてから、数人の男がやってきて声をかけてきた。
「あなたが魔法石を持ってきた商人のサイト様ですかな?」
「はい」
「なんでも上質な魔法石を王にくださるとか」
「ええ。しかし、あくまでハーウェイ王にご献上するものですので、直接会ってお渡ししたい」
僕の望みを聞いて、男たちはぼそぼそと相談を始めた。その中からひとりの男が走っていき戻ってくると男たちは結論を述べた。
「わかりました。王は謁見を許すと申されましたので、またもうしばらくお時間をいただきたい。そして、必要な検査を済ませてもらいます」
僕は了承して、別の場所で検査とやらが始まった。
まず身体検査が行われ、所持品を確認された。次に魔力検査だと言われ、計測アイテムであろう水晶をかざされてゆく。
クリスが検査されると、水晶は少し青くなったように見える。検査官がなにやらメモを取っている。
ティナが検査されると、水晶は真っ赤になってびーびーと音を鳴らした。
「あれって、Aランク冒険者のティナじゃないか?」
「あの金でしか動かないと噂の……じゃあそれを侍らすあいつはどれだけの金持ちなんだ?」
ひそひそと周りの者たちに話されながら、僕の番がきた。
水晶は全く反応しない。
「故障じゃないのか?」
「いえ、そんなことはありません。この者の魔力がゼロだということのようです……」
少し周囲はごたついたようだったが、検査を無事に終えた僕たちは、いよいよ王さまに会えるらしかった。
途中の廊下でティナが僕に耳打ちしてきた。
「旦那、この先の謁見の間では魔法が全く使えなくなります。何もないとは思いますが、すぐに逃げられる準備は欠かさぬよう」
「わかった」
扉の前まで来たとき、僕から献上する魔法石の入ったストレージがリィル国側に渡った。
扉が開く。
少し高い位置にある玉座に、ハーウェイ王は座り、こちらの様子を見た。
ハーウェイ4世。若く19歳の時に王位を継ぎ2年。血気盛んな人柄は、その若さとも相まってかなりの野心家だと聞く。
僕たち3人は頭を下げる。
「面を上げ、名を名乗れ」
ハーウェイ王を見上げ僕は言った。
「ファス鉱山を持つ商人、サイトであります。本日は陛下にそこで採れた魔法石を献上いたしたく参りました」
脇から従者が魔法石のひとつを持ってきて、ハーウェイ王はそれを確認した。
「これは素晴らしきものだな。礼を言う。して、余に会いたいと申したからには、何か用件があるのであろう?」
「はい。商談をお持ちしました。僕の目指すこの先の事業に、陛下のご助力をお願いいたしたく」
ハーウェイ王がこちらを見ている。
「魔法石の専売。その流通を独占し、いずれは国営化したく思います。そのためには陛下とリィル国の後押しが不可欠です」
マナが全てのエネルギー源であるならば、魔法石は血液の流れのような役割を持つ。そこを押さえる――これが現時点の情報で出した僕の結論だ。
「面白いことを言う奴だな」
「お待ちください!」
そばに控える大臣が割って入ってきた。
「陛下、よくお考えください。こんな出自のわからぬ者の相手をすべきではありません。それに、どんな平民でもマナをひとつや2つは有するというのに、この者はゼロ――信用できません!」
「おまえはそう言うがな、判断するのは話を聞いてからでも遅くはあるまい。余はサイトの話を聞いてみたい」
僕は力強く返事をして話を再開した。
「現在、リィル国で運営されている魔法石鉱山は3つ。へトロ鉱山とソネ鉱山に、僕が持つファス鉱山です。これら3つの鉱山の経営を統合できれば、輸出入品の管理はともないますが、魔法石の専売は可能と考えます」
「簡単に言う……それを成すための財源をどこから出すというのだ?」
「僕が出資いたします。あくまで僕が成す事業の許可と後押しをお願いし、リィル国に富をもたらしたいと志しております」
また大臣が横槍を入れる。
「そのような大金をこの者が持っているはずがありません!詐欺ですぞこれは!」
「よいではないか。騙されて我々が何を失うというのだ。政府の懐は痛まず、この者の行いを許可するだけで成功すればリィルに金が入る」
ハーウェイ王は立ち上がって続けた。
「やってみせよ、サイト」
僕はハーウェイ王の言葉を恭しく受け取ってみせた。
魔法石という血流を押さえることはリィルにとって博打にもなるだろう。
言うなれば、僕が善たればこの国は栄え、僕が悪しかればこの国は腐る。
これは実験である。
死が訪れピリオドが打たれるまで、僕は移り変わる世界を眺めることしかできないのか。僕はプレイヤーとして世界に関わっていたい。
半信半疑のこの世界を確信できるものにするため。
最初の挑戦が始まった。
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