第6話 高価な魔法使い
スマホを確認したが、資産管理アプリ「マネタイムズ」以外には何も機能がないことがわかった。電話などの通信手段は何もなく、インターネットに接続されていないので新しくアプリを増やすこともできない。
それが、この世界の技術水準を示しているのか。
僕とクリスは銀行にいた。
僕の貯金があることが承認され、金貨、銀貨、銅貨とできるだけ多くの種類の貨幣を引き出した。
大量の貨幣を、種類ごとに、クリスから渡された「ストレージ」と言われるアイテムに収納する。
この空間式ストレージは、外観は単なる布袋だがより大きな量の荷物を格納できるようだ。
僕から見れば間違いなくマジックアイテムだったが、この世界にとってストレージは日用品のようだ。
そう、魔法。
この世界は科学とは異なるロジック、メソッドで発展しているらしい。
つまり、貨幣経済の段階にあると見受けられそこだけを見れば現代日本からは遅れているが、魔法の存在が全てを技術水準という一言で片付けるのを許さないということだ。
ここは異質な世界。僕にも異なる論理や方法が求められるかもしれない。
そこで、僕はそばのクリスに実験を仕掛ける。
何も言わず僕は拳を振りかざして、できる限りの敵意を表現する。
その状態をいくばくか続けたが、クリスはいつもの無表情で全く動かない。
「ごめん。ただのいたずら」
僕は諦めてそう言った。
僕が試したかったのは、クリスに戦闘能力があるのか?だ。
戦闘力。平たくいえば暴力だが、これが必要になったり有効になる局面があるのではないかと、僕は考えた。何より、今のままでは引き出した財産すら守れない。
僕たちは冒険者ギルドへ向かった。
とても大きな建物の中には様々な区画が存在し、案内を辿って仕事依頼を行う場所へ行く。
「何か用件かい?」
カウンターの受付の女性が気さくに声をかけてきた。
「護衛を頼みたいんだ」
「それなら」と受付は数ある巻物の中からひとつを僕に見せた。「このスクロールだね」
スクロール。巻物を開くとそこにイメージが映し出される。それはスマホやタブレットの画面のように動かすことができ、むしろ鮮やかだ。
護衛の依頼ができる冒険者の一覧。ランクと名前がずらりと並ぶ。ランクはFがほとんどでその中にEやGが混じる。
「このランクってのは信頼できるのかい?」
重要だと示すため、強い視線を投げた。
「絶対的だよ。でないとギルドの沽券に関わるからね」
視線を受け止めて、受付は答えた。
ならばと、ランク順にソートをかける。Eが上位にくる中、その頂点にAがひとつだけあった。
ティナ。女。魔法使い。
詳細情報を開きながら、僕は受付に質問する。
「じゃあ何でいきなりAランクの冒険者に依頼できるんだ?このティナって魔法使いだけど」
受付は顔の前で片手を振った。それはダメだというように。
「給与請求の欄を見てみなよ。ひと月100ダロだよ?Fランクの冒険者……つまり庶民の給料の10倍だ、誰が雇えるっていうんだ?」
いいね。と僕は思った。本物の忠誠心を養うのは難しいが、金がほしいという信条なら僕はそれを満たしてやれる。
僕は手続きに従って正式にティナに護衛を頼むことにした。契約スクロールをひとつ受け取る。なるほど、様々な場面で魔法が活かされてるわけか。
「申請は完了。おっと早速返事がきたわ。酒場で待ってるって」
僕は一言お礼を言ってギルドを後にした。
酒場には、いろんな種類の人間がたむろしていた。
僕はその中から証明イメージと見比べ、ティナを探し出す。
ティナは奥の席で他の冒険者に囲まれていた。
「ドラゴンはそこまで迫っている!さあそのときあたしが選んだ魔法属性とは!?」
そう煽ってティナは牙でしつらえた首飾りをじゃらりと見せびらかした。見る者が見ればそれがドラゴンからの戦利品で作られたとわかるのだろう。
「はい!ここから先は有料だよ!60チュールだ!ドラゴンを倒したきゃこれほど有益なもんはないよ!」
周りの冒険者は、呆れたというように散っていった。
「何だよ金取るのかよ……俺たちFラン冒険者がドラゴンを倒せるわけねーか……」
ティナが目の前の酒を煽る。机には空のジョッキがいくつもあった。
そこで、ティナのほうも僕を見つけたのか目が合った。僕は契約スクロールを見せる。
「あんたがサイトって物好きか……あたしを雇いたきゃ、前金でひと月分の100ダロを持ってきな。話はそれから!」
クリスが荷物からひとつの布袋を机に置いた。ティナが慎重に中身を覗くと、袋の中は10ダロ金貨でいっぱいだ。
「600ダロある。半年分を前金で払おう」
ティナの目の色が変わった。
「これは失礼、サイトの旦那!代金に過不足がないか後で数えておきます」
ティナがすぐに布袋を懐にしまう。
「君は相当酔っ払ってるようだが……頼りにしていいのかな?」
「酒に飲まれぬ者だけが酒を飲め。誰の言葉かな」
事実、合わせたティナの両目からは強者の風格が消えていない。
「なら僕のほうからも試験問題といこう。僕が600ダロを払ってまで示したいこととは?」
「……まず旦那が600ダロを失っても構わない資産家であると誇示したい。これははったりではできないこと。そしてあたしが旦那を守り続ける限り大金を得られると提示してますな。自分が金づるだとはっきり申し上げておられる」
「合格だね。新しい仲間を歓迎する」
「旦那とは長い付き合いになりそうですなあ!」
がしっと、僕とティナは右手を組み交わした。
それから、ティナは起動された契約スクロールに署名した。
契約は成立し、赤いイメージが青く灯った。
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