第1章 マネーゲーム

第5話 再考

 ぽつぽつと、頬に水滴が流れている。


 冷たい。


 これは雨だ。


「濡れますが。サイト様」


 感情のない声。ひとりの女性が僕に傘を差していた。


 自分の身体を確認する――20代、中肉中背の見知った肉体。服装も同じ。つまり、あのときの続きだ。スマホも持っていた。


 生まれ変わったというよりは、また身体ごと転移したのか。


 まず、目の前の女性に対応することにした。背は高く、その容姿は美しいといえるだろう。


「君の名前は?」


「わたしはクリス。サイト様の侍女です」


 次に周囲を見渡した。街の雑踏。遠く、その中央には大きな城があり、かなりの規模の街だ。城下街なのだろう。


 転生も2度目となれば、うろたえることもない。


「クリス、レストランに案内してくれ。あったかい飲み物が飲みたいな」


 クリスはひとつ礼をして、「あちらです」と店を指差した。大きめの傘に2人入って歩く。


「いらっしゃい」


 店内へ。店主の男が一言声をかけた。もうひとりのウェイトレスが僕たちを席に案内してくれた。スタッフはこの2人だけか。


 僕はメニューを見てココアを注文した。クリスに視線をやり、目でうながしたがクリスは何も頼まなかった。


「ごゆっくりどうぞ」


 ウェイトレスがテーブルに置いていったココアを口に含み、ほっと息をつく。


 そこで初めてスマホの画面を確認した。


 通知が1件ある。


『マネタイムズのアップデートを完了しました』


 とりあえず通知から「マネタイムズ」なるアプリを起動する。それは資産管理アプリのようだった。


 僕は総資産を確認した。




 4億9972万3922ダロ




 所持金を引き継いで異世界でコンティニューというわけか。めちゃくちゃだ。


 「総資産」画面には、総額表示の下に円グラフがあり、資産における割合を示しているようだった。


 そしてそれは色とりどりに分割されている。


 つまり、今回の資産は現金だけではない?


 そこで僕は一度思考を閉じ、現実に目を向けた。向かいの席ではクリスが無表情で座っている。


「クリス、支払いを頼めるか?」


 クリスはひとつ礼をして、店主の男の所で会計をした。銅貨2枚を渡したようだった。


 店を出ると、雨は上がっていた。


 所持金引き継ぎ異世界コンティニューがこの先も続くかはわからない。前例がひとつできたというだけでそこに確証はない。


 目的が、見つからなかった。


 前例にならうなら、この世界を知ること、だが。


「クリス、この街について君が説明してくれ」


「リィル国は首都サッハダルム。さらに詳細が必要ですか?」


「いや、必要ない」


 街の活気に目を向ける。


 焼き鳥の屋台が香りよく次々に商品を焼き上げていく。火が弱まったのか店主が石のようなものを放り込む。店主が何やら唱えると、石そのものが発火した。


「魔法石だよ!質のいいマナがたっぷり詰まってたったの4チュール50ヘント!」


 客引きをする男のそばにはきらびやかな石が並んでいる。


「冒険者ギルドは新たな冒険者を募集しております!腕に覚えのある方はぜひ挑戦を!」


 立派なしつらえの建物の前で女が声を張り上げていた。


 新しい情景。新しい世界。


「クローズドクエスチョン」試しに前置きしてから僕は言った。「クリス、この世界にモンスターはいるか?」


「はい」


「クローズドキュー。君は僕の資産の詳細を説明できるか?」


「いいえ」


「オープンキュー。君のことを教えてくれるかい?」


「秘匿事項です」


 クリスはきっぱりと言って口をつぐんだ。それが何か面白くて、僕は笑った。


 そのとき、スマホに通知があった。


『資産の変動:評価価値が上昇しました』


 総資産が「4億9972万4210ダロ」とある。少し増えたか?


 そうか、僕はこの資産を増やすこともできるんだ、と僕は初めてその事実に気づいたようだった。


 引き継ぎコンティニューが行われるなら増やした資産は無駄にならない。何より、この世界での目標が、行動の指針が必要だ。


 僕は僕自身の遺産を受け継いで、この世界に挑んでやろうという気になった。


 もう僕が誰かを愛することはない。ならば僕は、この世界を愛そう。


 この世界が僕にとって意味のあるものになるように。


 決意を胸に、僕はあの世界に別れを告げる。




 エリン、君が好きだ。

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