第4話 結末

 融資で、この社会に生きる人々を応援したい。


 足のケガが癒える2週間、考える時間はたくさんあった。というよりも、労働から解放された今、僕には考える時間はいくらでもある。この思考と付き合っていかなくてはならない。


 そして結局はつながりを求めたのだ。僕は、あの上司のように弱い立場の者に威張り散らしたいわけじゃない。それともこの考えは、大金に守られた金持ちの道楽でしかないのか。


「エリン、今日はサナル銀行へ行こう」


 迷いを振り切って、行動するときだ。


 偶然だが、サナル銀行はこの国有数のかなり大きな銀行だった。金融に関することなら一番頼りになるだろう。


 エリンと一緒にサナル銀行へ。中へ入るとすぐに支店長が駆け寄って窓口へ案内してくれた。最も力を持つ人間が話を聞いてくれるなら手間が省ける。


「今日はどんなご用件でしょうか」


「うん。僕の資産から、必要な会社に融資を行いたい」


「それはよいことです。わが銀行にとってもよい話です」


「ただ条件があって、利益は出なくていいから融資先は僕が選びたい」


「なるほど」


「そして、融資するには僕がトップの人間と現場の人間双方と直接話して判断したい」


「なるほどなるほど。今日はよき日ですな。サイト様もついに市井に興味をお持ちになられた!」


「どうかな、この銀行で広く告知、募集をしてほしいのだが」


「喜んでお受けします。お金がないだけで日の目を見ない者はたくさんおられますからね。さあさあ詳細を詰めましょう」


 商談はお手の物と、支店長はてきぱきと話を具体化し進めてくれた。


 今日取り決めることがなくなり、最後に軽く挨拶をして僕とエリンは銀行を出た。


 帰り道にエリンは僕に聞いた。


「人を雇うのはおやめになったんですか?」


 僕は、答えなかった。


「なんで?なんでお答えになられないの?サイト様?」






 それから、融資を行うため、つながりを持つため、この世界を知るため、何と言ってもいいが僕は行動した。


 いろんな人の話を聞き、僕も話した。


 そして必要と思えばお金を出した。正しいかはわからなかったが、僕が手にした貯金を生きたものにしたかったのだ。






 そして半年が過ぎた。






 目覚めると、何かがおかしかった。違和感の正体はすぐに判明した。時計を見ると10時を過ぎている。つまり、寝坊したのだ。


 こんなことは異世界に来てから経験がない。なぜなら、エリンがいつも起こしてくれていたからだ。


 嫌な予感がする。僕はすぐさまスマホでエリンに電話をかける。


 出ない。


 エリン……?


 僕の動揺は強まり、鼓動が高鳴る。


 そのとき、玄関で音がした。どんどんどんと扉を叩く音だ。僕は玄関に行き扉を開けたが、そこには誰もいない。


 意味のないこととは思えない。しかし連絡はスマホを使えばいいのだから……はたと玄関にあるポストに気がついた。中を覗くと1通の手紙が入っている。


 何も書かれていない封筒に、1枚のメッセージと1枚の写真。


『エリンは預かっている

 現金50万パルを持って中央広場へ来い』


 写真には、眠っているエリンと新聞が大きく写っている。新聞の日付を確認する――今日だ。


 ドラマの1シーンのようだと、僕は思った。だけど、現実的でない場面には、もう慣れている。


 サナル銀行へ。


 迎えた支店長は――僕がよほどひどい顔をしていたのだろう――ただ事ではないのを悟った。


「できるだけ早く50万パルを現金で用意してほしい。方法も何でもいいから、とにかく早く」


 支店長は何も言わず手配を開始してくれた。


 待ち合いに座ってひたすら待つ。焦りはよくないとわかっても、僕は苛立ちを隠せない。


「こちら現金で50万パルになります」


 アタッシュケースに敷き詰められた100パル紙幣。それが目の前にあった。


「ケースまで、わざわざありがとう」


 そう言って銀行を後にした。


 中央広場は近い。タクシーを捕まえるより足で移動しよう。


 広場は閑散としていた。すぐに、ひとりの女性が目に留まった。長身で、その肌はどこまでも白く、美しさとも不気味にも見える。


 女から、声をかけてきた。


「50万パルを渡しなさい」


「エリンを返してくれ。必ず無事にだ」


 僕は、一度女の様子をうかがう。金を渡すのは簡単だがエリンを助けられなければ意味がない。


「はっきり言うわ。わたしたちの目的はお金。だからあなたがそれを満たしてくれるなら、彼女はお返しする」


 女の言うことを完全に信じたわけではないが、僕はお金を渡すことで話を進めることを選んだ。


 女はケースを受け取り、中身を確認する。


 そして何を思ったのか、そのままケースを振りかざした。中の紙幣がばさばさと宙を舞う。


 大量の100パル紙幣が風に舞って落ちてくる。


 それに気づいた周りの人々は様々な声をあげて金に群がる。


 何がしたいんだ。僕は半ば怒りを込めて女を見た。


「あなたが持っているお金って、こんなものじゃないんでしょ?わたしはそれがほしいな」


 お金が舞い散る中、女は言う。


「わたしはアイラ。ただの愛国者よ」






 言われるままに、車に乗り込んだ。


 とにかくエリンの無事が第一だ。今はアイラたちに従うしかない。


 車内には2人の男がいた。運転手と、もうひとり。


「フォ・アンダルシ!」


 大きな声量ではなかったが、強い口調で男たちがそう言った。何かの意味があるのだろうが、こいつらの思惑などどうでもいい。


 だが、どれだけの大金をつぎ込もうと、エリンはとり戻さなければならない。そういう意味で、僕とこいつらは一致をみなければならない。


 アイラを見る目に、どうしても敵意がこもる。


「金に目がくらんだわたしたちが、そんなに無様に見える?でもわたしには時間がないのよ」


 車は山道を登ってゆくようだ。


「誰にも邪魔されない所でお話しましょう。彼女もそこにいるわ」






 山頂に近い開けた場所で、エリンは待っていた。


 周りには4人の男がいて、エリンは捕まった状態だった。


 エリンの姿を見れて、少し僕の心がほどける。


 アイラは言った。


「単刀直入に言う。あなたの財産を分けてほしいの。わたしとあなたで取引しましょう。でなければわたしたちは何度でも彼女を狙うわ」


 覚悟はできていた。


 大金とエリンの選択。


 だけど、降って湧いた富と代わりのないエリン。比べるまでもない。


 仮に最後にまた社畜のような生活が待っていようと、どこかでエリンが生きていてくれるならそれでいい。


 僕が返事をしようとしたとき。


 ひとりの男が慌ただしく動き、アイラに耳打ちをした。


 何らかの情報を渡されたようだったが、それを聞いたアイラは明らかに動揺していた。


「そんなバカなこと……信じない……わたしの命が尽きるより先に……アンダルシが……あり得ない……アリエナイ」


 アイラはうつむき、動かない。


 アイラたちの状況が変わったようだったが、それが僕とエリンにどう影響するのか読めなかった。


 やがて、アイラは僕に移動するように言った。指定された位置に動くと、背後は切り立った崖。


 だけどアイラの目的が金であるなら、それを手にするまで僕の身柄も大事なはずだ。


 ゆっくりと、アイラは僕に近づいてくる。


 そのとき、スマホに通知があった。そんなときではないだろうに、僕は反射的にそれを見る。


『アンダルシ 現政権崩壊

 反政府軍が首都占領』


 この不思議なスマホが、僕に欠けている情報を埋めてくれたようだった。


 目の前のアイラが僕に寄りかかり、倒れ込むようにして、アイラは僕ごと崖に飛び込んだ。


「嫌……ひとりで死ぬのは嫌よ……」


 宙に投げ出される身体。僕は無意識に両手でアイラを包み込むようにした。抱きしめているかのようだった。


 僕の身体が地面に強く叩きつけられた。


 痛い。身体は――全く動かない。


「もういいでしょ!早く救急車を呼んで!下へつながる道はないの!?」


 エリンの声。


 僕に振り返る思い出はなかった。エリンは思い出ではなく、最後までここにいる。


 他の誰かなら、あの大金をもっとうまく使えたのだろうか。


 お金だけじゃない。大きなうねり、流れの中を僕たちは生きている。


 その中心は。


 互いに通わせることができて。換えがきかない。


 それが……心……


「サイト様!しっかり!」


 エリンがそばにいた。意識がはっきりしない。


「ごめん……どうしよう……このままあんな大金を残したら……君に迷惑が……」


「もうしゃべらないでください。動かないで……わたしの声を聞いていて……」


 エリンの涙が、ぽつぽつと僕の頬に落ちた。


 温かい。






 ――こうして、異世界に迷い込んだサイトの人生は幕を下ろした




 ――彼が残した遺産は日本円にして4兆9972億3922万円にのぼる




 ――『サイトの遺産』を巡って、この世界で途方もない争いが巻き起こることになる




 ――しかし、語り部はもういない

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