第2話 豪遊から導かれる結論

 僕は、しばらくゆったりと過ごしたいとエリンに頼み、2人でカフェにやってきた。


「サイト様、今日はリクエストが多いですね。いつもはこの街に興味なんてないようでしたのに」


 カフェの一席に座り、スマホからさらなる情報を得ようとする。


 僕が手にした500億パルの貯金は、しっかりと海外にも分散して預けられており、多少の変動はあっても紙切れになることはなさそうだった。だが逆に現金化したり動かしたりするには手間が要るだろう。まあ、当分は本国の貯金があれば充分足りる。何せ限度額いっぱいの口座がたくさんあるんだから。


 そしてこの資産の額は僕個人が使い切れるものではないから、資産を運用する、増やすことにも意味はない。あとは僕がこの世界でどうやって幸せに生きていくかだ。


 向かいの席にはにこやかな表情を崩さないエリンがいる。


「よし」とエリンの注意をうながしてから僕は言った。「夕食の買い出しがしたいな。今日は奮発したいから、買ってそのまま食べれるもので一番良いものを買える所に連れてってくれるかな」


「かしこまりました。何かお祝いでもされるんですか?」


「そういうわけじゃないけど……おいしいものが食べたいんだ」


 あまり釈然としていないエリンとともにカフェを後にした。


 そしてたどり着いた店は、大きな建物で高級な百貨店のようだった。


 店内に入ると、ずらりとテナントが並び食料品だけでもかなりの選択肢がありそうだ。


 エリンの仕事の出来にも満足して、僕は目移りしながらもどれが贅沢だろうと吟味を始める。


 やっぱりどんな世界だろうと肉は外せないよな、魚もあるぞ、見たこともないこの食材は値段がするな試してみるか、などと次々に購入していく。


 何せ予算は尽きないのだ。


 買い物を終えたとき、僕は両手いっぱいの食べ物に満足していた。エリンにも多少持ってもらった。


 家に帰ろう。この世界にもタクシーがあってほんとに助かった。


 初めて見る自宅は、そう大きなものではなかったが、主人たる僕がひとりで住むには何の不足もない住居だった。


「それでは今日の仕事を終え、自宅に帰らせていただきます。また明日の朝、お迎えにあがりますね」


 恭しく頭を下げて帰っていくエリンを見送る。


 家に入ってダイニングへ。テーブルに買ってきた食べ物を開けて全部置いてみた。


「いただきます!」


 まず巨大ステーキを一切れ頬張る。


 うまい!


 と、最初は調子がよかったのだが、クオリティの高い商品も食べ続ければ飽きがきてしまう。食文化の違いからかぴんとこないものもあった。


 今のところエリンの選択に間違いは認められないので、つまりこれが僕がすぐに食べられる最高級品だろう。


 たしかにおいしいはおいしいのだが、この食事を毎日繰り返したいとは思わなかった。


 そして、これ以上のおいしさを追求しようとすれば大金での力押しではなく何らかの工程を必要とするだろう。


 やはり僕はグルメにはなれないなと理解したとき。目の前には買ってきた食べ物がまだまだ残っている。


「やばい。買いすぎた」


 もちろん、金銭的な問題はないのだから残してしまっていい。でも、僕にはそういう問題ではなく、どうしても食事を残すことはできない。


 結局無理して完食することとなった。明らかに食べすぎである。


「おえ……」


 寝室を探し、僕はベッドに倒れ込んだ。


 異世界での初日が終わった。






 日差しに目を覚ますと、すぐにお腹のあたりに不快感を覚えた。胃がぐるぐるする。


「おはようございますサイト様」


 ちょうど、エリンがやってきた。


「ってとても顔色が悪いですよ!」


 弱々しい声で僕は事情を説明した。


 エリンは呆れたとひとつ息をついてから、部屋を出て行き、帰ってきたら薬と水を盆に持っていた。


「お薬ですよ。あとは安静にしていてください」


 言われるままに薬を飲み、もう一度寝転がった。


 うー。


 苦しみながら寝ていると、またエリンが何かを持ってきてくれた。


 起き上がってそのままベッドに座り込むと、エリンは移動式の机を僕の目の前にやってひとつの深皿とスプーンを置いた。


「胃腸に優しいスープです。ゆっくり召し上がりください」


 目の前のスープからは湯気が上がり、とてもよい匂いがする。


 スプーンで口に運ぶ。一口、二口と味わうように食べる。


 スープは温かく、身に染みるようだった。


「ありがとう」


 食べ終えて、僕は礼を言った。エリンは僕を寝かせて布団をかけた。


「今日はお休みですね」


 そう僕に声をかけてエリンは出て行った。






 数時間が経っただろうか。


 半分寝ているような状態から意識がはっきりすると、お腹の不快感はなくなっていた。薬が効いたのか、エリンのスープのおかげかもしれない。


 僕はこの出来事で学んだのだ。


 自分に必要なものを知らなければ、自分を満たすことはできない、と。

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