第15話

 世間ではアルタイルへの憎悪と、更なるテロの恐怖が渦巻き、僕と、ユミをその悲劇の象徴として祭り上げようとしていた。


 テレビのインタビューで、ユミの担任教師が、涙ながらにユミがどんなにいい子だったかを語っていた。

 

 僕は吐き気がして、テレビを消した。


 僕はしばらく休暇を取った。


 そしてアパートを離れて、ビジネスホテルにしばらく滞在することにした。念のため、偽名を使った。

 

 表立って騒ぐつもりは毛頭無かった。ただ真実が知りたかった。



 僕は疑っていた。環境管理局の捜査官の態度にももちろん違和感があったが、ニュースを見ている限り、今回の事件がセレーヌに有利に働いていることが気に入らなかった。


 日本政府は、セレーヌのことは相変わらず忌々しく思っていたが、アルタイルに攻撃を受けたと聞いては黙っているわけにはいかなかった。


 彼らにしてみれば月の三国はどこまでいっても地球の所有物なので、今回の事件はアメリカが、日本に攻撃したということと同義だった。


 セレーヌは本来はそういうしがらみから逃れたかったはずなのだが、ここに至ってはそれを利用した。


 日本からの物資支給再開に向けて、前向きな交渉が始まっていた。これがうまくいけばセレーヌはアルタイルの厳しい兵糧攻めに打ち克つことができる。


 一方セレーヌのケーブルテレビではそんなことを言うはずもなかったが、ラジオで地球の放送を聞くと、アルタイルは、事件発生の当初から、これはセレーヌの自作自演であることを声高に訴え続けていた。


 歴史上、何度も繰り返されてきた光景だ。もう彼らのなかでは事実がどちらなのかはとっくに意味を失っている。


 僕の娘の死は、彼らの駆け引きの道具であり、チェスの一手ほどの価値しかなかった。


 僕が行方知れずになっていることについてはセレーヌでは、アルタイルに拉致された疑いがあるとし、アルタイルでは、セレーヌに既に殺害されている可能性があると報じていた。


 僕にとって、この事件の真相が分かったところで、それにさしたる価値があるわけではなかった。


 ただ、どうしてユミがあの日、あんな時間に町外れにいたのか、彼女の最後の足跡を確かめたかった。

 

 それを知ることによって、僕に危害が及ぶことは十分考えられたが、そんなことはどうでもよかった。

 

 本当にどうでもよかった。むしろそれが今となっては僕の人生の綺麗な幕引きのかたちなのだろうとすら思っていた。


 国に殺されるとはなんともくだらないが、全てを失った人間の行き着く先としてそう悪くは無い。望むところだ。


 不思議だった。僕は空っぽになってしまったはずだった。それなのにまだ生きていた。自分の中に、自分でもそれが何なのか分からない正体不明の動力源が残っていて、その何かが僕を突き動かしていた。


 僕は考える。さてどうしたものか。一介の資材担当者が、恐らく国家の機密に関わるであろう事柄を探る方法などあるのだろうか。


 一人で考えていてもらちが開かないので、会社の人間と密かに会って情報が無いか聞いてみた。


 内部事情を知っている可能性があって、信用できる人間を選んだつもりだった。


 しかし、結局はたいした情報を得ることはできず、彼は僕を裏切った。


 ビジネスホテルの簡素な朝食が一週間ほど続いてさすがにあきた僕は、近所の牛丼屋へ行った。牛丼も価格高騰する一方だったが、ここにきて少し値段が落ち着いてきていた。


 その帰りに僕は誰かに尾行されていることに気付いた。


 僕は遠回りをして大通りを選んでホテルへと帰ろうとした。


 しかしホテルの入り口にも怪しげな人間がいた。普通のトレーナーに普通のスニーカー。中肉中背で普通のメガネ。携帯電話をいじっているようだったが、意識はまわりに向けられているように僕には見えた。


 あまりに普通すぎて不自然だった。後ろからつけてきている人間は、暗い色のスーツ姿のようだったがかれらよりもむしろ僕はその普通の姿の男に不気味さを覚えた。


 ここはもうだめのようだ。ホテルの部屋には着替えが少しおいてあったが仕方がない。


 宿泊代は前払いしてある。僕はホテルの前を早足で通り過ぎた。


 どうにか彼らを巻いたものの、その日以来、僕は、一つの場所に落ち着いていることも出来なくなってしまった。ホテルを点々とする生活がしばらく続いた。


 行く先々で怪しい連中を見かけて、危ない目にも何度かあった。


 そんな日々に終止符が打たれたのは、逃亡生活のような状態が一ヶ月ほど続いた後のある日だった。

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