第14話

 後の世で「雨の海事件」と呼ばれることになるそれは、この当時、連日ニュースで報じられたが、その全容はなかなか見えては来なかった。未だに民間人には知られていない情報がいくつかあるという。


 僕がセレーヌの環境管理局に呼び出されたのは、事件があった日の二日後だった。


 この二日間は地獄のようだった。


 交通機関がようやく復旧してススキガハラ区に戻った僕は、必死にユミのことを探し回ったが、どうしても見つけることができなかった。


 隕石が衝突されたとされる地点は、僕があの晩途方に暮れていたアオバ区の反対側、ススキガハラ区とテンドウ区の境目付近だった。


 そちら側の「渡し舟」の線路が大きな損傷を受けた。


 一歩間違えば、ススキガハラ区とテンドウ区両方に渡る、半径八キロメートルの地域が真空に晒され、そこに住む約二万人の市民に甚大な被害を与えた可能性があったが、損傷箇所は、区の境目の隔離された一部分のみであり、両区には被害がでなかった。


 事件発生当初のこの時期は、このことは奇跡として報じられ、とはいえ発生原因についてはとことこん追求する必要があるとして、テレビでは専門家たちが、突貫工事で作ったらしいフリップを手に熱弁を振るっていた。


 奇跡的な小被害。それなのに、僕の娘の姿はどこにもなかった。


 あの夜、ススキガハラ区内では、緊急避難の勧告がされ、区内は大変なパニックに陥った。


 ユミも避難しようとして、その騒ぎの中で何かしらの事件に巻き込まれた可能性がある。区の警察はそう考えて捜査を進めているようだった。


 実際逃げる際に負傷した市民は大勢いて、またどさくさに紛れての盗難事件も何件か報告されていた。


 僕は環境管理局の建物の五階にある小会議室に通され、無機質な白い壁に囲まれたその部屋で担当の捜査官から説明を受けた。


 このとき僕に説明をしてくれた人間は、区の警察官ではなくもっと上の、セレーヌ政府に直結する機密を扱う部署の者だった。


 まず言われたことはここで来た話は外部には一切漏らしてはならないということ。そしてその次に言われたことは、今回の事件の原因は、隕石の衝突ではなく人為的なものであるということだった。


 恐らく犯行はアルタイルの人間によるものだろうと、その捜査官は言った。


 ススキガハラ区とテンドウ区の境目のステーション付近に隕石衝突に見せかけた大規模な爆発を起こすことが犯人の目的だったが、なにかしらの原因で小さな損壊に納まったとのことだった。


 そしてなぜかその場所に僕の娘ユミがいたと見られる。捜査官はそういった。


 僕はとうていその話を受け入れることができなかった。その場所は僕らの住むアパートからは数キロ離れていて、そんなところに夜中の一時にユミが一人で居るはずがなかった。


 そこにいた理由については確かに分からない、としながらもその捜査官はそれによる結果について抑揚の無い声で話し続けた。


 その話し方が、内容が内容なだけに意識的に感情を出さないように努めたからなのか、それともこの件について彼のなかでは何の感情も起こっていないからなのかは、僕には分からなかった。


 ユミはその爆発の際、上空のガード・ドームに出来た亀裂に吸い込まれて、宇宙空間へと投げ出された。


 ドームからあふれ出る空気の勢いで、ユミは、はるか遠くまで飛んでいってしまった。


 捜査官は淡々と説明を続けた。


 ユミの肉体が月の衛星軌道上を浮遊していることが確認されたこと。


 回収は難しく、また損傷が激しい状態であるため、まもなくユミの体は宇宙空間で散り散りになってしまうこと。


 こうして僕は、たったひとつ残っていた生きていく意味と、目的を失った。

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