第13話
僕はユミの携帯電話の番号を押し続けた。
アナウンサーはいつまでたっても同じニュースを何度も機械的に読むだけで、僕の娘の安否を教えてはくれなかった。
ススキガハラ区の空は出来損ないのオーロラのように黄色い光を揺らめかせていた。
あの日、ユミは泣いていた。妻が亡くなって、葬儀が済んだ次の日、家の縁側に座ってユミは泣いていた。
僕はユミの隣に座った。けれど何も声をかけてやることが出来ない。僕は疲れきっていた。
おい、僕らの娘が泣いているじゃないか。慰めてやってくれよ。それはいつも君の役目だろ。
僕にはどうしてあげればいいのかまるでわからないんだよ。見ろよ、泣き方まで君にそっくりじゃないか。
気付くと僕も泣いていた。
病院に僕とユミがやっと着いた時、妻は既に息を引き取っていた。
そのときに泣いてからこの数日は通夜と葬儀の準備に追われていた。
自分で喪主をやることになるまでは、葬儀屋の人間はどうして、身内が亡くなってすぐの人間に、よってたかってあれはどうする、これはどうするとああも細かく聞いてくるのだろう。仕事とはいえ一体どういう神経をしているのだろうと思っていたが、その理由がやっと分かったような気がする。
愛する人を失った悲しみに押しつぶされない為には、そのことを考える暇もないほどの忙しさに身を置くことがきっと必要なのだと思う。
僕は妻を失った。ユミは母を失った。それでも僕らは力を振り絞って生きていかなければならないのだ。
もう二度と触れることのできない妻のことを思うと、僕が葬儀の準備で気が紛れていた間も一人、母のことを思い続けていたであろうユミのことを思うと、僕はどうしても涙を止めることが出来なかった。
横に座って泣いていたユミが、いつしか僕の横顔をじっと見つめていることに気付いた。
ユミは目のまわりを赤く腫らしていたが、もう泣いてはいなかった。それは初めて見る彼女の表情だった。
生まれてから今まで、彼女の世界には幸せしかなかった。
生きる喜びに打ち震えて、子犬のように駆け回っていればよかった彼女は、初めての大きな悲しみに直面してしまった。
どうしていいか分からずに泣き続けた彼女は、このとき気付いたのだ。隣にいて同じように悲しんでいる僕が、自分が悲しむことによって、より一層の出口のない悲しみに包まれてしまうことを。
そしてユミの中に、隣にいる人間の悲しみを僅かにでも和らげてあげたいと願う感情が、恐らくは今、生まれたようだった。
僕は、自分が妻のなかに見出して、それとともに在り続けたいと願っていたにもかかわらず彼女の死によって失ってしまったものが、ユミのなかにこのとき生まれたことを知った。
もう一度生まれたんだ。
僕はそう思った。
「ユミ、お腹は減ってない?」
「おにぎり食べたい」
「いいよ、俺が作ってやる」
ユミは微笑んだ。
僕も微笑んだ。
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