第12話
僕は自転車に乗って肌寒い夜の街を走った。この時間は路面電車も動いていない。気のせいか空気の震えを感じた。
地球はいつもと変わらず空に在って、僕とユミの世界を照らし続けていた。
僕は自転車を漕ぎながら、地球にいたときのことを思い出していた。妻の様態が急変したとの連絡を受けて、病院へ向かったとき、月明かりの下、僕はユミの手を引きながら走っていた。
走っても走っても着かない。ユミは息が切れて苦しそうだったがそれでも僕の手を強く握り締めて懸命に走っていた。
あの時の月を僕は思い出していた。
僕の会社のあるアオバ区とススキガハラ区は隣接している。
区同士はもともと遮断された設計になっている。それを渡るには、路面電車か、通称「渡し舟」と呼ばれている、横移動型のエレベーターのようなものに乗らなければならなかった。
区の境目まで僕はたどりついた。
透明な障壁の向こう側はススキガハラ区だ。遠くの空がぼんやりと黄色く光っているのが見える。それはガード・ドームの光量調節機能が損壊によって異常をきたしていることを示していた。
「渡し舟」のステーションには運行中止の表示が赤い文字で出ている。その横には大きな街頭テレビが置かれていて、事故についてのニュースの続報を流していた。
僕のほかにも数人が心配そうに画面を見つめている。それによると、ドームの破損が発生したと見られる地点はススキガハラ区の中でも、アオバ区とは逆となりに位置する、テンドウ区との境界付近のようだった。それなら、アパートとは少し離れている。
ススキガハラ区内でも障壁によって更に細かく五つのブロックに分けられているので、被害は及んでいないかもしれない。僕はとにかく一刻でもはやく、ユミの無事な顔を見たかった。
駅員に詰め寄り、運行再開のめどについて問い詰めたが事故が発生したばかりで状況を確認中の中で、いつ復旧するかなど誰にも分かるはずがなかった。
そしてこのとき、ユミの肉体は、もうすでに、月のどこにも存在してはいなかったのだ。
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