第1話(その4)

 

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 魔王を討ち取るという栄冠と引き換えに、共に魔王軍と戦った大事な仲間を失い……失意のうちに故郷の村に帰ったと言われていた勇者サイモン・ハルトが、再び人々の前に姿を見せたのはおおよそ半年前の事だった。


 〈断崖〉のこちら側、人間の領域であるところの王国側にいくつか点在する〈迷宮〉。魔物どもが断崖を超えて南進するよりもずっと昔から王国のそこかしこにあって、過去より魔物の巣くう危険な場所だというのは広く知られていた。そんな魔物たちが数を増やして、地の底からあふれ出してくるような事があれば一大事だ。それを防ぐ意味もあって、各地の迷宮は入口が厳重に警戒されていた。


 何故そのような〈迷宮〉が王国のそこかしこに点在していたのか、その理由は従来までは誰も知らなかった。しかし魔物の南進があった今現在では、魔導士たちの間で相応に研究が進んでおり、どうやら本来北の〈断崖〉の向こうを住処とする魔物たちがこちら側へ踏み越えて来た折に、拠点として身を寄せるためのある種の前線砦のようなものではないか、と今では考えられていた。先にそのような拠点だけが何百年も前から人間の住む土地に用意されており、そこをめがけて北の魔物どもは進軍をしようとした……という事のようだった。


 魔王軍を〈断崖〉の向こうに押し返した現在も、王国各地の迷宮の多くはそのままの状態で残されており、魔物どもがそこから発生してくるのも、魔王討伐の前後で特段に変わりは無かった。埋め立てるというわけにもいかぬし、柵などで囲った所で魔物どもがあふれ出して来れば当然人を襲う事もある。なので各地の迷宮には王国軍の守備隊が駐留し、魔物からその土地を守っていたのだった。


 とはいえそれは半分は建前だ。迷宮も深く奥へと潜っていけばそれだけ出没する魔物も危険なものになる。そこにいちいち討伐のために兵士を送るなどして、不必要に人員を損耗するのは王国軍から見れば出来れば避けたいところであった。

 その一方で、そんな迷宮の奥深くへわざわざ乗り込んでいって、魔物どもが隠し持っているような希少な宝物を回収し、売って金にしたいという物好きも少なからずおり、そのような者たちに対して大抵の迷宮では王国軍が魔物討伐や回収品に対して報奨金をかけているのが常だった。

 金になると分かれば、危険を押してわざわざ迷宮に潜りたがる愚か者どもが迷宮には集まってくる。そんな探索者、冒険者と呼ばれる者たちを取りまとめるのが各地の冒険者ギルドであり、カーザストローベに限らず王国が管理する迷宮の周囲はいつの頃からかそのような者たちが寄り集まって、いわゆる〈迷宮街〉と呼ばれる門前街が形成されていたのだった。

 

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 そんなカーザストローベに、勇者ハルトが姿を見せたのは三週間ほど前の事だった。


 魔王討伐以来全く音沙汰のなかった勇者ハルトが、おおよそ半年ほど前からそのようにして王国各地の迷宮街を歴訪している、という噂話は人づてにまことしやかに囁かれてはいたのだった。

 それによれば、勇者はただ一人の随伴をも伴なわずに王国内を身一つで旅しているとの事だった。現地で道案内を雇う事くらいはあったようだが、ともに戦う仲間もいなければ、世話をする供回りの者も連れずにいるという話だった。


 そしていよいよここカーザストローベに姿を見せた勇者に、今回たまたま迷宮内で偶然行き合ったアレクシアたちのパーティが成り行きで道案内役を買って出るようになり、長らく全域が踏破済みと考えられていたこのカーザストローベで新たに未踏エリアを発見したのが二週間前。

 第二十一層から脇道にそれる形で確認されたその未踏エリアの発見に、迷宮街はにわかに沸き立った。その入り口を発見したさいに同行していたアレクシアたちに、勇者ハルトがともに向かおうと声がけをしてくれた。しがない探索者にとって、一連の未踏エリアの探索行はそれだけで心沸き立つ体験であったに違いない。

 それならば、クリストフ達がその先の旅も一緒に、という思いに駆られるのも無理はなかったかも知れない。

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