第7話 暗闇に見えるもの
視界を確保できるほどの光源はなく、それでも気配として、それが近づいてきているのがわかる。足音? 革靴がフロアを踏むような音が、直接脳に響いてくる。そのたびに、ぞわぞわと全身の毛並みが逆立っていく。
「何も聴くな! 目を閉じろ!」
寒さで既に、身体の自由は無かった。緊張して表情の一つも動かせない。肺が勝手に空気を交換するだけだった。手のひらを、嫌な汗が不快に濡らす。
それが俺の転がっているフロアに、足をつけたらしいことがわかった。でたらめに心臓が警鐘を鳴らす。でも、少しばかりも、指先にすらも力を込められない。胸のところまで上がってきたむかつきが、その場でぐるぐると回っていた。それが俺を見下ろす。暗闇なのに、形がわかってしまう!
「リナリー、撃てるか!?」
縦じまの上下のスーツ、ステッキ、真っ黒のワイシャツ、タイには斜めにストライプが入っている。枝みたいに細くて長い手足だ。
「もう少しだけ待って……いけます」
帽子と胸の間、それの顔だけが見えなかった。もっとよく見ないと……渦巻いているみたいに、塗りつぶされているように? とにかくそこだけ、色がなにもわからない。ああ、落としたものを拾うように、節くれた手指が俺を掴もうと伸ばされる。ゆっくりと近づいてくる爪は俺の顔の目の前でちらちらと光って、それから破裂音の後に眩い尾を引いた何かが横切って、俺は、
「くたばれ!」
背中で激しい衝撃を感じていた。反射的に身体を縮めて防御姿勢を取る。足元では何か小さなものが散って落ちる音がする。
痛む身体を無理やり起こすと、いつの間にか照明は復旧していた。砂埃の舞う真ん中に、突き刺さった大斧を引き抜くエルさんの姿があった。
「ルーカス君!」
後ろから呼ばれて振り返ると、拳銃を片手にしたワットさんが駆け寄ってきて、俺の肩を支えた。打ったところがずきずきと痛むが、さっきまで俺の中でうごめいていた感覚は、もうどこにもなかった。
「ああもう、階段が……」
溜息混じりにエルさんは呟いた。それから俺たちの方に向き直り、白衣の埃を払っている。
「ありがとうございます、二人とも」
なんとか声を振り絞る。が、どちらも浮かばれない顔だった。
「いや、怪我を負わせてしまってすまない」
エルさんが深々と頭を下げた。気にしないでください、そう言いかけて、脇腹に痛みが走る。彼女は何も言わず、俺のそばに寄ると、身体を確かめていく。
「まさかこんなところに現れるなんて……」
ワットさんが言った。それに「全くだ」とエルさんが答える。足のつま先まで手際よく診ると、それから立ち上がって言う。
「なんにせよ、再検査が必要だな……」
ライトハウス学区:夜光瞬く空の下で、揺れる逆さ吊りの天秤 タンサンパンダ @tansanpanda
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