第6話 追うもの
二人について廊下を走る。何が追ってきているのかはわからないが、振り向くことさえ憚られるような、寒気にも似たものを背中に感じた。
「他の研究員の方々は?」
ワットさんが、エルさんに短く言った。
「今日は彼以外の検査は無いからな。この棟はほとんど誰も残っていないだろう」
息も切らさずに、エルさんは答える。
天井の照明は、俺たちの通ったすぐ後ろから切れていく。取り残されまいとしていると、
「うわっ」
足を掴まれたような気がしてつんのめり、床に叩きつけられそうになる。
「大丈夫か」
それをエルさんに掬い上げられ、そのまま前へ投げ出される。
「あっありがとうございます」
彼女は無言で頷いたあと、俺を追い抜いて先導する。角を曲がり、階の入口のホールへ抜けると声を張った。
「エレベーターを待っている暇はない、階段だ。降りるぞ」
指示を受けて下り階段へ飛び込む。電撃の弾ける音がして、暗闇が俺を飲み込もうと迫ってくる。もはや一段一段を律義に降りることもせず、踊り場まで直接着地しながら一階を目指した。
「あれは一体何なんですか」
慣れない全力疾走を続け、もう体の動きがふらついてきている。冬とはいえ、それでもありえないぐらいに空気が冷えていて、肺に流れ込むそれは切りつけるようだった。
「霊、魔物、はたまた悪魔なんかとも言われているな」
答えたのはエルさんで、それにワットさんが付け加える。
「私たちも未だ、その正体についてはわかっていません」
ちらりと壁を見る。五階まで来ていた。
「このまま外へ抜けるぞ。あれが何だって、囲んで棒で殴ればそれで終わりだ」
四階、三階と、転がり落ちるように下っていく。脚の筋肉が悲鳴をあげ、それでももう少しと信じながら、無理やり足を踏ん張る。
そうして一階のホールが見えたとき、
「あ」
宙に身体を投げ出し、二人の背中を追って着地しようとした瞬間だった。急にホルスターのベルトがパンツを引っ張り、思うような姿勢が取れなかった。そのまま全身を強い衝撃が襲う。
「ぐ……」
頭を打たなかったのが幸いだった。が、視界いっぱいに広がる天井から瞬く間に照明が消えていく。同時に強烈な寒気が俺を包んでいった。
遠くで二人の声が聴こえるが、俺はその暗闇の先から意識を逸らせないでいた。それは、俺が動けないことを憐れむように、ゆっくりと近づいてくる。
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