第5話 飢えているもの

 身長、体重、血圧、視力の測定、採尿と採血を終えて、いくつもの大きな医療機器を通らさせられる。その間に特に会話もなく、淡々と検査は終わってしまった。時計は午後3時を指している。ここに着いたのが12時半ぐらいだったか。流石に空腹感で、胃がきりきりと痛む。

「ああようやく」

ワットさんもそうなのか、お腹をさすりながら、通路のベンチで待っていた。

「急ぎだったとはいえ、昼食を挟むべきでしたね」

そう言った彼女の隣に掛ける。

「エビサンドってそんなに美味しかったんですか?」

俺は、検査が始まってからしばらくの、不満げな顔のエルさんを思い出しながら言った。

「彼女のお気に入りなんですよ、ほんとうに気に入っていて……」

ワットさんがそこまで言ってから、エルさんも廊下に出てきた。

「あの店がなくなったら、私は一体どこでエビサンドを食べればいいんだ」

思い出したくないものを思い出した時のように、一層険しい顔で立っている。両手に数枚の紙を持って。

「はあ。詳細な結果は追って連絡しよう。ひとまず気になった点をいくつか」

彼女は結果の一枚を手渡してくる。


「まず血液検査の結果から。夜光に対する反応が極めて微弱だ」

夜光? 血液と夜の光に何の関係があるんだろうかと、二人をちらりと見る。

「つまり、君は星から得られるエネルギーのうち、ほんのわずかしか利用することができない」

そう言って、エルさんは俺の手元を覗き込む。

「それにしても低い数値だ……星痕を持っているとは、信じがたいな」

興味深げにしているエルさんを見ながら、ワットさんが言った。

「どこから説明しましょうか……」

その言葉を受け、エルさんは少し考えてから言った。

「夜が明けなくなった、ということは理解しているな」

背中の獲物を降ろし、向かいのベンチに掛ける。

「はい」

短く答える。未だに納得はできないが、事実としてそうなっていることを、受け入れないことにはいかないだろう。

「そしてその兆候を見せた前後から、身体のどこかに、特別なあざを持って産まれる子供が増えた」

そう言って、彼女は左腕を捲ってみせた。そこには星の形のあざが、毛並みの隙間から覗いた。

「星痕と呼ばれたそれは、人間の限界を超えた身体能力をもたらす。そしてその力の源が夜光というわけだ。」

彼女は脇の大斧を小突く。

「当然、肉体の再生力も驚異的だ。頭を一撃で潰されでもしない限り、夜光のもとであれば、どんな傷もいずれ癒える」

素晴らしい、と言わんばかりの顔で、エルさんは頷く。が、すぐにこちらにすっと視線を戻した。それから立ち上がって、俺の手から紙を取り上げた。

「ただし君は例外だ、何があっても敵前に立たないように。君のそれは星痕を持たない人間にも劣っている」


そこまで言ったところで、天井の灯りがけたたましく音を立て、それから明滅し始める。俺が異変に気づくよりも早く、二人とも立ち上がっていた。

 エルさんが、大斧の刃に巻き付いたベルトを手慣れた様子で外し、片腕で担ぎ上げる。

「何だ、敷地内だぞ! どうやって入ってきた……」

どうすればいいか、狼狽える俺を、ワットさんの手が引いた。

「まずは建物を出ましょう」

その言葉を聴くか聴かないかのところで、俺たちは廊下を駆け出した。

「たまにこうして、新入生を狙ってくる賢いやつがいるんだ」

それから悪態をつくように言った。

「腹を減らしてるのはこっちも同じなんだがな」

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