第2話

母のことは正直なところ何も覚えていない。分かっているのは、美しい人だったということだけ。父がそう言っていたのは覚えている。僕のファミリーネームである『アルベルト』も母はもう名乗っていない。



つまり手がかりはゼロってことだ。家の場所もちっとも覚えていない。今こうして歩いていても思い出せそうもない。屋台やら飾り付けやらで雰囲気が違うせいも大いにあるが。


…だが、僕が住んでいたのは静かなところだった気がする。こんな喧騒からはほど遠い場所で毎日を穏やかに過ごしていた。家は居心地が悪かったから外で過ごすことが多かった。そこでテナと会って、彼女の明るさで僕の世界は色付いた。退屈だった日々が、投げ出したいと思っていた日々が変わった。…なのになんでこんなにテナのことを覚えていないんだろう。すごく申し訳なく思えてきた…。


そんなことを考えているうちに王城に着いた。人の数が多くて移動することもままならない。ここまで人が多いと、僕がぼっちであることを気にする人はいなさそうだ。でも本当に移動がしづらい。なんでこんなにも人が集まっているんだ。「はあ」とため息をもらし、ふと地面に目を追いやるとチラシが目についた。かわいらしい赤毛の赤ちゃんの写真にどでかく「王子誕生!!」の文字。どうやらこの祭りは王子の生誕祭らしい。

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