鶯の姿は探さない話

「前の青い鳥はルリビタキっていうらしいです」

 日曜日、いつもの喫茶店でお付き合いしている佐伯小鳩さんにそんな風なことを伝える。

 先日大きな大きな公園にカワセミを探しに行って、代わりに青い鳥を見かけることができた。佐伯さんはあまり気にしていないだろうけれど、僕は気になったので見かけた青い鳥の名前を調べた。

「ルリビタキですか? きれいな名前です」

 青い鳥の姿を思い出したのか、実感のこもった声で佐伯さんが答えてくれる。

「調べると何とか見つかりました。こうして少しずつ知っていることが増えていくのかもしれませんね」

 そんなことを付け足すと、

「でも、私は調べませんでした。調べるのはお好きですか?」

 佐伯さんはそんな風に聞いてくる。

「知らないことがすっきりわかるときは気持ちがいいですね。調べてみても分からなくて、もやもやすることもありますが」

 そんな風に答える。

「楽しそうです」

 佐伯さんはそう言ってほほ笑む。

「小説やドラマに通じるものがあるのかもしれませんね。何か分からないこと、謎があってそれが解き明かされていく。ミステリ小説は明確に謎が提示されますが、そうでなくても登場人物の心持だったり物事の行く末だったり。どうなるか、どうなっているか分からないことがあってそれが少しずつ説明されていく。答えや結末が心地よいものだったらすっきりするし、そうでなければもやもやする」

 そこまで言ってコーヒーに口を付ける。佐伯さんは紅茶を飲みながら僕の言葉をゆっくりと噛み締めているようだ。

「答えを明確に提示しないお話もありますね」

 佐伯さんはそちら方向に話を振ってくる。

「結末はご想像にお任せしますって話とかですかね。ミステリでは情報や証拠は全部提示したから犯人は論理的に指摘できますよ、だから自分で考えてください。って話もありますが」

 作中で犯人を判断する材料はすべて提示しているけれど、探偵役の刑事が犯人を指摘する直前でお話が終わる作品を紹介する。

「それって、もやもやしませんか?」

 佐伯さんは面白そうに訊いてくる。

「普段、ふーん、あの人が犯人かっていう感じで読んでいるのですが、あの時は目を皿のようにして何度か読み直しました。今までで一番真剣に読んだのはあの作品かもしれませんね。おかげで多分あの人が犯人だろうと思うところまではたどり着きました。答え合わせはしていませんが。テストの答案を出して、返ってくるまでのどきどきをずっと持っているようなものです。どきどきの間が良い人はそのままだし、正解か不正解か白黒はっきりしたい人は他の人の答案を見るなりしてすっきりする。そんな感じかな」

 そう答えて佐伯さんを見る。

「私はすっきりしたいです」

 少し困ったような面持ちで佐伯さんは答える。

「じゃあ、その作品は楽しめないかもしれませんね。面白い趣向で僕は楽しめました」

 こういうところでも感性や嗜好の違いが出てくるのかもしれない。

「犯人の姿を見ていないって言うと、僕にとっては鶯ですかね」

 少し話を方向転換する。

「鶯、ですか?」

 何故? と言う感じで穏やかな疑問の声が返ってくる。

「梅に鶯。花札で姿が描かれています。鳴き声を聞いたこともあります。だけど、実際に姿を見たことが無い。いや、姿を見たことがあるのかもしれないけれど、鶯として認識したことが無い。鶯、ご覧になったことはありますか?」

 ホーホケキョと啼く瞬間の犯人の姿を見たことが無いことを告げる。鶯は犯人にされていい迷惑かもしれない。

「私は鶯、見たことがあると思います。花札の鶯とはちょっとイメージが違うかも」

 佐伯さんからそんな答えが返ってくる。うらやましいことに鶯の姿を見たことがあると言う。

「見たことがあるんですね。うらやましいです」

 率直に思ったことを伝える。佐伯さんはちょっと困った顔をして、

「ちょっと地味だなって思ってしまって、何か鶯に申し訳なくて」

 と、答える。そんなことで何もひけめを感じる必要はないと思うのだけど。

「どうして、申し訳ないんです?」

 佐伯さんをいじめるつもりは無いけれど興味をひかれたので続きを聞いてみる。

「ほら、最近のシンガーって皆さん見目麗しいじゃないですか。歌が上手なだけっていう人はなかなかいなくて。鶯は歌が上手だけど見た目が地味だから、売れないかもなんてひどいことを考えちゃって」

 佐伯さんはそう続けて、

「私も姿が地味だから人のこと言えないのに」

 と自虐的なことを言う。佐伯さんは確かに派手ではないけれど、別に派手である必要はないと思う。

「派手ではないかもしれませんが、落ち着いているから見ていて心が安らぎますよ」

 とフォローしておく。佐伯さんは恥ずかしそうにうつむいてしまう。

「それじゃあ、鶯の姿を探さない方がいいかな。あの鳴き声だけを楽しむことにしましょう」

 そう言ってコーヒーに口をつける。

「それでいいんですか?」

 佐伯さんはかすかな驚きを交えた声で聞いてくる。

「いいと思いますよ。無理して調べなくても。知らない方がいいってことも世の中にはありますから。野次馬根性で姿を探されて、勝手に幻滅されたんじゃ鶯だって気分が悪いかもしれません」

 おどけた調子でそう告げる。

「鶯は歌が上手。僕はどこかで歌を歌っていない鶯を見たことがあるのかもしれないけれど、歌が上手な鶯とイメージが繋がっていないから鶯として認識できていない。そんな関係も面白いかもと思いませんか?」

 分かったらすっきりするだろうけれど、分からなくても気にしない。無理に探すことはしない。見かけることがあれば運が良かった程度でいいのだと思う。

「何か、悪いことをした気分です」

 佐伯さんは少しすねたような口調でそんなことを言う。

「鶯の秘密を暴いたようで気になります?」

 少しからかうような口調になってしまう。調子に乗りすぎたかなと反省する。

「すみません。軽率でしたね。でも、気に病むことはありませんよ。姿を知らなくても、僕は鶯の鳴き声を好ましいと思っていますから」

 どんな姿であれその鳴き声は好ましいと思う。花札の姿はあまり似ていないかもなんてヒントを貰ったから、ひょっとしたら鶯の姿にたどり着く日が来るかもしれない。

「先程のミステリ小説と同じです。鶯の姿を書きなさいと言う問題があって、これが答えかなと答案用紙に絵を書いて採点を待つような。僕は花札の鶯を書いて正解を教えてもらうのを気長に待っているところかな」

 佐伯さんの話からすると僕の答えは間違っているのだろうけれど、そんなことは気にならない。

 佐伯さんの罪悪感が薄らぐといいなと考えながら、明るい口調になるように意識してそう告げた。

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