二人で青い鳥を探す話

「青い鳥ってお話がありますよね」

 日曜日の午前、いつもの喫茶店で、お付き合いしている佐伯小鳩さんにそんなことを言われて狼狽える。

「幸せになりたいんです」

 と言われたような気がしたからかもしれない。

「青い鳥は身近なところにいたってお話ですよね」

 僕は佐伯さんを幸せにできるだろうかなんて考えて、そんなおこがましいことをなんて考えて。動揺したまま内容のない言葉を返す。

 そんな僕の動揺に気づかないのか、気づかないふりをしてくれたのか、佐伯さんは静かな笑みをたたえたまま、

「青い鳥ってどんな鳥なんでしょう?」

 と、かわいらしい疑問を口にする。

 少し考えてみる。実在する鳥なのだろうか? 青い鳥。オウムなら青いものもいるかもしれない。でも、青いオウムをさがすというのは何か違うと思う。イメージにそぐわないというか、しっくりしないというか。後は、カワセミとか。これもちょっと違うような気がする。

「僕は青い鳥の話のイメージに合う青い鳥は思いつきません。文鳥みたいな小鳥のイメージなんですけど」

 何か支離滅裂なことを言っているような気がする。一応話は噛み合っていたみたいで、

「青い文鳥。可愛いでしょうね」

 そんな風に佐伯さんはフォローしてくれる。

 コーヒーを一口飲んで少し落ち着く。

「カワセミくらいですかね。この辺で見れるとしたら。僕が持っている話のイメージとは違いますけど」

 カワセミなら昔、どこかの川辺で見たことがあるような気がする。

「美しい鳥って聞いたことがあります。私も見てみたいです」

「今度、カワセミのいそうなところに行ってみます?」

 デートのお誘いをする。カワセミのいるところに心当たりはない。どうやって調べたらいいだろう?

「どんなところにいるんでしょうね」

 佐伯さんも乗り気のようだ。

「調べておきますよ」

 安請負して後で後悔するかななんて思ったけれど、僕ももう一度カワセミを見てみたくなったので、その日はそんな約束をした。


 青い鳥はどんな話だったのか、大まかな筋書きしか覚えていなかったので、図書館に行って本を探してみることにする。図書館では児童劇の台本の形をとった文体の文庫本が見つかる。最後まで読むと鳥の種類まで言及している。少し驚いた。恥ずかしくもある。児童劇だから、小道具を用意する必要があるということかもしれない。

 答えを素直に告げれば、青い鳥をさがす難易度がかなり下がるけれど、カワセミを見たいってリクエストだから、カワセミを見つけられるところを調べてみることにする。

 色々調べて、勤め先の同僚から近場だと国営公園の水場で人気が少ない時間帯に見られることがあるということを聞きつけることができた。

 カワセミを見つけられなくても、公園でのんびり過ごすのもいいかもしれない。そんなことを考えて、佐伯さんに電話を入れた。

「次の日曜はカワセミを探しに行きませんか? 朝早い方がいいみたいです。必ず見つけられるというわけではないみたいですけれど」

 場所を伝えながらそんな風に告げると、

「あのあたりにもいるんですね」

 と少しの驚きの声の後で、OKが貰えた。

 駅での待ち合わせの時間を告げて電話を切る。

 喫茶店ではないところで待ち合わせるのは少し気恥しい気がしたけれど、悪いことをしているわけではないので堂々としようと思った。


 日曜日、駅で合流して電車に乗る。

「見つからなかったら申し訳ないです」

 見つけられる自信がないので、予防線を張ってしまう。

「大丈夫です。あそこはお花もきれいですし。きっと楽しいと思います」

 佐伯さんはそんな風に言ってくれる。

 公園の最寄り駅から公園の入り口まで歩く。風が冷たい。

 入り口で二人分の入園料を払って公園に入る。園内の案内図をひとつ手に取る。

「人が増えてくると姿を現さないらしいです」

 聞きかじりの情報を佐伯さんに伝える。

「恥ずかしがり屋さんですね」

 佐伯さんが笑う。

「あんまりじろじろ見ると恥ずかしくなって、どこかへ行ってしまうかもしれませんね」

 調子を合わせて答えながら、カワセミがいるかもしれないという水場へ向かう。

 ボート乗り場の近くから池の周りを歩いてみて30分程度二人でカワセミを探す。他の鳥は見かけるけれど、残念ながらカワセミを見つけることはできない。人も増えてきて、ちょっと今日は難しいかもしれないと考える。

「どうします? 今日はあきらめて花を見て回りませんか? 案外探していないときに見つかるかもしれませんし」

 カワセミをあきらめたわけではないけれど、他にも美しいものはあると思ってそんな提案をする。

「そうですね。歌にもありますし」

 佐伯さんはそう言ってほほ笑む。同意してもらえたので二人で咲いている花を見て回る。ウメ、フクジュソウ、スイセン。佐伯さんはひとつひとつにかわいらしい感想を伝えてくれる。

 園内で軽食をとり少し休んだ後、午後も話をしながら散策する。

「あ、鳩」

 佐伯さんが指をさした方で鳩が二羽飛んでいくのが見える。

 思うところはあるけれど今は何も言わないことにする。

「鳩には親近感があります」

 佐伯さんは微笑ましいことを言った後、

「平和の象徴です。平和は幸せに通じるものがありますね」

 そんな言葉を続ける。そんな風に感じて、更に言葉にしてくれることが嬉しい。

「じゃあ、僕は幸せの象徴と出合うことができたんですね」

 手を伸ばせば幸せに手が届く距離にいる。荒唐無稽な思考に囚われて、恥ずかしいことを口にする。

「ずるいです。何か」

 少し拗ねたような口調で佐伯さんが呟く。

「そうですかね?」

 とぼけた返事をして、散策を続ける。

 小さな水場の脇に差し掛かったところで、瑠璃色の背中の小鳥が梢に留まっているのが見える。カワセミではないけれど美しい色をしている。カワセミより青い鳥のイメージに近いかもしれない。

「青い鳥です」

 佐伯さんも気づいて小さな声で、でも興奮気味に指で示す。

「なんていう鳥ですかね?」

 名前を知らない青い鳥は林の方へ飛んでいく。

「青い鳥を見つけることができました」

 カワセミを見つけることはできなかったけれど、満足してもらえたようだ。

 青い鳥に関してカンニングをしていた僕も、一日公園を散策して満足した。

幸せは気づきにくいだけで、佐伯さんの身近にある。そして僕の身近にも。帰りの電車の中でそんなことを考えていた。

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