ペンギンの強さを調べる話
「ペンギンが強いってお話も気になっています」
日曜日の午前、いつもの喫茶店で、お付き合いしている佐伯小鳩さんが話題を振ってくれた。お付き合いといっても週一回、喫茶店でとりとめのない話をしているだけだけど。
彼女が楽しそうに、嬉しそうに話してくれるのを聞くと癒される。
佐伯さんは僕のした話のひとつ、僕に「ペンギンが強い」という友人がいることを覚えていてくれたようだ。
「強いペンギンって、何ペンギンなんでしょうね?」
佐伯さんが紅茶を口につけながら、そんなことを訊いてくる。
「どうでしょう。一番大きいコウテイペンギンかな?」
正解である必要はないことを理解しているけれど、真剣に考えて答える。このやり取りを楽しみたいから。
「皇帝ですから偉そうですね」
そう僕が言うと、佐伯さんが微笑む。
「でも、偉いのと強いのはちょっと違いそうです」
そう感想を付け加えてくれる。
「そうですね。僕も僕の友人が強さを感じたのは別の所にあるんじゃないかなと思います」
コーヒーに口を付けてもう少し考えてみる。
コウテイペンギンは南極に生息していたはず。寒さに強いから強い? 違うような気がする。泳ぐのは得意だろうけれど、強いことにはつながらない気がする。
「コウテイペンギンに限らず、ペンギンの事をあまり知らないってことかもしれませんね。ちょっと、宿題にしてペンギンの事、調べてみます」
あまりあてはないけれど、そんなことを伝える。
「どこで調べられますか?」
佐伯さんに尋ねられる。少し考えて、図書館に行くことにする。
「そうですね。まずは図書館かな。今日は暇なのでこれから図書館に行ってみます」
細やかな疑問を解消することだけが目的であれば、ペンギンが強いといった友人にそう言った理由を尋ねれば済むことではある。だけど、今は佐伯さんとのやりとりを楽しみたい。僕は、正解じゃなくて、美しい答えを導きたいと考えているのかもしれない。
「図書館ですか?」
佐伯さんは柔らかな口調で尋ねてくる。
「よかったら、一緒に探しませんか? コウテイペンギンの資料」
ここの喫茶店以外に誘うのは初めてだなと考えながら、コーヒーに口を付ける。
「ご一緒させてください」
佐伯さんの承諾が貰えたので、会計を済ませて喫茶店を出る。
喫茶店から図書館までは徒歩で15分程度かかるかなと考える。バスを使うか、それとも歩くか。とりあえずバス停まで歩く。バス停で時刻表を見ると、バスは出たばかりのようで、かなり待つようである。
「少し距離がありますが、徒歩で構いませんか?」
バスだと待つことになることを告げて、佐伯さんに尋ねる。
「ええ、大丈夫です。散歩するのは、嫌いじゃないです」
心強い答えが返ってきたので、ふたりでのんびり歩いていくことにする。
道すがら見かけた鳥の話になる。
「前に鴉を探したときに思ったのですが、僕は鳥の名前を全然気にしていなかったなと」
名前は聞いたことがあっても、姿と一致しない。実際には見たことのないコウテイペンギンはなんとなく姿かたちを想像できるのに、カササギやモズはどんな姿か想像できない。
「まるで、僕の人間関係のようですね。テレビの中の誰かのことは名前を知っているのに、実生活の中では周囲の人の名前を知ろうともしない」
自虐的な話をしている自覚はある。
「じゃあ、ペンギンの事はテレビの中の有名人の事を調べるみたいですね」
佐伯さんはそんな風なことを楽しそうに言う。薄情な僕のことを咎める様子はない。
「有名人のことを調べるか。そんなことかもしれませんね」
有名人のことだったら資料も書籍もいろいろある。これが町内のご近所さんの事だったら、直接見聞きする以外に手がないかもしれない。別に有名人やご近所さんのことを調べるわけではないけれど、そんな間の抜けたことをぼんやり考える。
そうこうするうちに図書館に着く。中に入ると資料を検索するための端末があったので、操作して資料を探してみる。書籍もいろいろあるけれど、ドキュメンタリーのDVDがあるみたいだ。
「DVDを見てみませんか?」
佐伯さんに提案する。
「ええ、ぜひ」
了承が得られたので、カウンターにてDVDの視聴を申し込む。館内で視聴することができるみたいだ。
再生用の端末を借りて二人でDVDを視聴する。
DVDでは南極の過酷な環境下で子育てをするコウテイペンギンの様子が美しい映像とともに紹介されていた。卵を温めるのは雄。何か月も飲まず食わず、命を懸けて卵を孵し、極限の空腹の中で我が子に食事を与える。命をつなぐということは何と厳しくも美しいことなのだろうか。
DVDを見終わってから、
「すごいですね。胸が詰まります」
と、佐伯さんが呟く。彼女の感想をもっと聞きたいと思ったので、
「よかったら、昼食をとりながら感想を聞かせてもらえますか?」
と佐伯さんを少し遅い昼食に誘う。
「いいですね。ご一緒させてください」
佐伯さんからOKを貰えたので、図書館を出る。今日はいろいろ提案していろいろ承諾を貰っているなとぼんやり考える。
近くに洋食店があったので中に入る。
「ペンギンって、のんびりしたイメージだったんですけど、改めないといけませんね」
佐伯さんはパスタを注文した後、そんなことを言う。
「それだけ、南極は過酷な環境ってことですかね」
相槌を打ちつつ、付け加える。
「それで、ペンギンの強さを感じるところはありましたか?」
その先を訊いてみる。
「何も食べずにひなを育てるところが。うまく言えないんですけど」
辛抱強い、愛情が深い、命がけの覚悟がある。そんな言葉が頭の中に浮かぶ。考えはうまくまとまらないけれど。
「僕も。命がけの子育てにペンギンの強さを見たような気がします。」
直接戦えば、コウテイペンギンよりシャチやアザラシの方が強い。だけど、コウテイペンギンにはコウテイペンギンの強さがあると思った。自然界において、命がけで子育てをするのはどの動物も同じかもしれない。コウテイペンギンはひなの安全のために自分たちだけしか生き残れない場所で子育てをすることを選んだ。
「声だけでパートナーのもとにたどり着くのも素敵です」
佐伯さんがそう言ったところで、料理が届く。
ゆっくり食事をとりながら、佐伯さんの感想を聞く。
ちょっと、ペンギンに嫉妬しそうになって苦笑いする。ペンギンと何を張り合っているのだろう。
「どう、されました?」
不思議そうに佐伯さんが尋ねてくる。
「今度、水族館に行きませんか?コウテイペンギンはいないかもしれないけれど。オウサマペンギンがいるところはあるかもしれません」
照れ隠しにそんな提案をする。
水族館のペンギンから強さを感じることはできないかもしれないけれど、二人でペンギンを見たい。きっと、佐伯さんがあまりにペンギンに感情移入しているから。
「ペンギンに遭いたいです」
僕の提案に対して、かわいらしい返事が返ってきた。
その様子がとてもかわいらしかったから、なんとしてでもコウテイペンギンかオウサマペンギンがいる水族館を探そうと心に誓った。
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