第40話 四国へ

 セラフィーナの血と吸血鬼がその技術力の粋をもって作り上げた最新の医療設備もあって一か月程度で悠花は動けるようにはなった。

 もちろん動けるようになっただけであって左腕は未だに動かせない状態で完全固定である。こちらの怪我はもう少しかかる。

 だからもう少しゆっくりしようとセラフィーナは思っていたわけであるが――。


「では、吸血鬼殺しに本州か他の県に向かいましょう。逃げた吸血鬼を全て殺すのが目標です」


 当の本人がこれである。


「もうちょっと病院で治療しない……?」

「これ以上時間をかけては吸血鬼が何をやらかすかわかりませんから却下です」

「何かあった時大変だよ? 左腕が治るまではここにいても良いと思うんだよね」

「駄目です。行きます。人間牧場に改造されて、福岡の観光名所全部潰されてグルメもないんですから。こんなところにいても身体が鈍るばかりです」

「ボクの血飲んでるから鈍ることはないと思うけどさ」

「いいえ、精神が鈍ります。ここで一生暮らしていいかもとか思い始めては大変です」

「そうかなぁ……」


 別にそれならそれでいいのではないかとも思うセラフィーナであるが、悠花が行くというのならば否はないのだ。

 この一か月血を与えるばかりでロクな食事をしていない。

 少しずつ音夢の血を吸って喉を潤したりしてはいたものの、根本的な食欲の解消には至っていない。


「じゃあ行こうか」

「ほら、アッシーちゃん、行きますよ」

「音夢よ! なんであの男と同じこと言うのよ!!」

「知りませんよ。ハンターだからじゃないですか?」

「あんたはハンターじゃないでしょうが!」

「思考回路はたぶん同じだと自負してます。ハンター装備も手に入ったので、準ハンターくらいは名乗っていいかもしれないですね」

「そういうことじゃないわー!!!」

「うんうん、仲良くできそうじゃない」

「は? できるわけないでしょう」

「できないわ!」


 仲良しじゃん、とはセラフィーナは言わないだけの理性はあった。

 ともあれ、出発するというのならばどこに向かうかである。

 九州に残ってどこにいるかもわからない吸血鬼を探すか、本州に渡ってどこにいるかもわからない吸血鬼を探すかの二択である。


「やはり本州が良いと思います。熊本と鹿児島を除いたら宗教結界が強固すぎる長崎と佐賀、残りは人も吸血鬼も拒む宮崎ジャングルらしいですから本州に行った方が吸血鬼を殺せる気がします」

「根拠は?」

「わたしの勘です」

「……まあ、本州の方がグルメいっぱいありそうだから良いけど。一旦関門トンネルを見ておこうか」

「アッシーちゃんがいるから一瞬で行けますね」

「音夢よ!!」

「かわいいと思うよ、アッシーちゃんて」

「アッシーちゃんですわ!」

「単純」


 アッシーちゃんもとい音夢の異能で関門トンネル前に移動する。

 関門トンネルは福岡と山口を繋ぐ海底トンネルである。

 吸血鬼事変以降は、その中がどうなっているのかは定かではない。

 まるでドラゴンの口ではないかと思えるほど異様な雰囲気が漂っていて、入れば最後戻ってここれないのではないかと思われた。


「ここ、本当に行くの?」

「行かないと本州にいけないじゃないですか。なんですか? 船で行きたいとか」

「嫌」

「え」

「船はもうぜぇぇぇったい嫌」

「なぜに?」


 言いたくないとセラフィーナは明後日の方向を向いた。

 悠花は考えた。

 船から連想されるもの、海、水、泳ぎ――。

 ぴんと閃いた。


「泳げないんですか?」

「ぎくっ」

「泳げないんですね」

「お、およげるぅしぃ……?」

「ならこっち向いて言ってください。バレバレですよ。よくもそんな様で海を渡ってこれましたね」

「もう二度とやりたくない!」

「はぁ」


 もし海に落ちていたらどうするつもりだったのかと悠花は嘆息する。

 ちなみにセラフィーナは筏で台湾から日本に渡ってきたのだが、とりあえずその様はとんでもなく無様であったことだけはここに記載しておくとする。

 言わぬが仏というものだ。


「セラフィーナ様は泳げない。ふふふ、萌えるわ!」


 何やらメモを取っているアッシーこと音夢。

 そちらはむかついたので結界で隔離してセラフィーナは、話を戻す。


「本当に行くの?」

「行きます」


 悠花がトンネル内に入っていったのでセラフィーナも嘆息して入っていく。

 音夢は置いてけぼりにされた。


「うーん……確実にいる」

「何がですか」

「何か」


 何かはわからないが、ここは何かの生息地だ。

 適応生物なのは確かであろう。吸血鬼がヤバイと感じるようなものは、この世界ではそれに分類される。

 悠花が何がいるのかと前方に灯りを掲げるとそれは見えた。


「うぇ」

「っ!」


 顔だった。

 何かの獣のようにも見える顔が、トンネルをふさいでいる。

 煌々と光を反射する目がギロリと二人を見た。


「ハルカ!」


 セラフィーナは悠花を抱えて走る。

 その瞬間、開いた大口から熱線が発せられた。

 背後に張った結界ごと吹っ飛ばされ、トンネルの外まで叩き出された。


「なっ、なんなんですかアレは!」

「な、なんだろう……? トカゲの王様っぽかったけど……」

「大きさがおかしいですよ! トンネル一つ塞いで、しかもなんか熱線撃ってましたよ!?」

「そういう適応生物なのかな……とりあえず、トンネル外から殺せるか試すか」


 氷の槍をトンネルの奥にいる巨大なトカゲじみた怪物へと投擲する。

 しかし、それはトカゲの皮膚に突き刺さることもなく、それどころかトカゲに当たった時点で砕け散った。

 お返しとばかりに熱線が来たので、慌てて逃げる。


「うーん、遠距離攻撃が駄目なのかも。ちょっと突撃してくる」


 セラフィーナが一人入った瞬間、熱線の餌食となった。

 結界で無理矢理接近しようとしたが、結界の強度の方が持たずに逃げ帰る羽目になった。


「あっぶな!? もう少しで死ぬところだった!」

「近づこうとしたら熱線。遠くからの攻撃は効かない。結界が防げる威力じゃない。え、詰みでは?」

「上からトンネル壊して生き埋めにするとか」

「むしろ自由になりそうですよ。アッシーちゃんは何か案あります?」

「ないわ! 近づこうにもあたしが行ったことがある場所じゃないとだし」

「絶妙に使えませんね」

「なんですって! なら良いこと教えてあげるわ! 大分からは四国に向かう船が出ているそうよ!」

「さっさと言わないなんて無能ですね」

「あんですって!?」

「でも良い情報です」


 さっそく大分に戻ろうと悠花が立ち上がる。

 セラフィーナはテコでも動かない構えであった。


「ぜーったい、乗らないからね」

「はいはい。行きますよ、アッシーちゃん、大分まで」

「行かないってセラフィーナ様が言ってるわ」

「従わないとこの人にわたしの血を飲ませます」

「飲まないよ!?」

「飲ませます」

「うぅ、なんて酷い扱いなの。でもなんだか嬉しくなってきたわ……」

「この子もおかしいよぉ……」


 ともあれセラフィーナと悠花は通れない関門トンネルを諦め、一路、四国へと向かう。 


 そこは人の領域。

 偉大なる神ウドゥンの呼び声やらみかん箱ロボやらカッツォファイブやらに守られた吸血鬼を拒絶する日本の最後の地。

 二人とアシの旅は四国遍路へと……。

 そして。


「ああ、これだけは言っておきますけど、わたしたぶんあなたのこと好きです」

「うぇぇ!?」


 旅はまだまだ続く――。



―――――――――――――――――――――

報告!

というわけで九州編は一段落です。

ここから四国編へと続くわけですが、そちらの構想をしつつ百合小説コンテストがあるそうなので、一旦そちらを書くつもりです。

セラフィーナと悠花の旅はまだまだ書きたいし北海道まで行きたいので、どうぞごゆるりとお待ちいただければと思います。


ここまで読んでいただきありがとうございました!

では、いずれまた会いましょう!


吸血シーンは健全な食事シーンです。

良いですね?

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人血アレルギーの最強吸血鬼は彼女の血だけを吸えない 梶倉テイク @takekiguouren

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