第39話 目覚め
悠花が目覚めた時、宝石を見たのかと思った。
きらきらと輝くアレキサンドライトの瞳。
セラフィーナの瞳だ、と思った時、普段は絶対にしないことだが安堵した。
「ぁ……」
「あ、起きた? よかったよかった」
「ぅ……」
「身体は動かないように固定してるよ、また無茶されたら困るし。それじゃあ目も覚めたところで、はい、飲んで。もう一週間も寝てたんだから」
たらりとセラフィーナの指先から血が滴っている。
悠花は首を振ったつもりであったが、弱った身体は動かない。
抵抗することもできずセラフィーナにこじ開けられて指を入れられた。
「んぅ……」
血の味なんて美味しくないはずなのに、まるで自分が吸血鬼にでもなってしまったかのように甘くとろけるチョコレートのような味わい。
脳を淡くしびれさせて、お腹の中から広がって活力となっていく。
「ごめんね」
「……ぇ?」
「ボクがふがいないばかりにキミに無茶をさせてしまった。失望したかな?」
(なんだ、それ?)
悠花は内心で首をかしげる。
失望? はて、なんのことだ、と。
「なにを、言っているんですか……」
セラフィーナの血で喉を潤したおかげで言葉はすらすらと出てくれた。
「いや、だってさ……そんなボロボロにしちゃったし」
「自分が最善だと思ったことをしたまでです」
「だからって左腕がもう少しで完全切断だよ!? ギリギリくっついたのが奇跡だよ! 直前でボクの血を飲ん身体が少し強化されていたとしても、限度があるの! もうちょっと自分の身体を労わろうよ!」
「それで吸血鬼が殺せるならやりますけど、労わってたら殺せない気がするので却下します」
「却下するな馬鹿!」
「失敬な。馬鹿とは言えども、無理なことはしないだけの分別はあります」
「ないよ!? 普通の子は腕が千切れかけたらそこでやめるんだよ!」
「わたしはイカれてるので」
「自覚あるのが厄介だな!? ああああ、もおおお本気で心配したんだよ?」
「心配? あなたが? やめてくださいよ、気持ち悪い」
「酷い!」
「そんなことしてる暇があるのなら、たくさん吸血鬼を殺してきてくださいよ。福岡にいる奴殺したんですよね?」
「……まあ、殺したけどさぁ」
病院にいた奴とこの福岡にいる奴を片っ端から見つけた端から音夢の転移を利用して殺しに行った。
まさかほとんどの吸血鬼がエーヴェルトが死んだ瞬間にはほとんど逃げ出していたとは思いもしなかった。
行先は本州のどこかであろう。
「だいぶ逃げられた。逃げ足速いんだもん。あまり遠くに行くわけにもいかないしね」
「わたしのせいですか。すみません、自刃します」
「なんでそうなるの!?」
「吸血鬼殺しの足手まといになった責任を取ります」
「やめて! 死なれたらボクはこれからどうやって生きていくんだよ!」
「普通に生きればいいのでは?」
「一日三食がボクには必要なんだよ!」
「別に栄養にならないじゃないですか」
「ならなくてもいるんだよ! はぁ……ボクのせいだ反省しよう。これからは圧倒的無双してやろう。そうしたらハルカもこんなことしないだろうし」
ぶつぶつと最後の方は悠花に聞こえないように呟いて。
「とにかく、今はゆっくり休むこと。ボクの血で治りは早いだろうけど無理はしないようにね」
「動けないのでやりようがないですよ。で、そっちで四角い箱に入っている吸血鬼はどうしたんですか?」
「しくしく……」
部屋の中には四角い箱があり、中には音夢が入っていた。
膝を抱えて泣いている。
「ああ、これからボクらの足になってもらおうかと思ってキープしてるの」
「よく食べるの我慢できてますね」
「できないから結界張ってるんだよ」
「あっ、それあなたから彼女を守るためのものなんですね。あと、そう言えば木佐木さんは?」
「さあ? 金目の物集めたらどっか行ったよ」
「挨拶もなしですか」
「湿っぽいのは嫌いなんだってさ。ただ、餞別だってこれもらった」
セラフィーナが取り出したのは一丁の銃だ。
回転弾倉式で小型。女子供でも使えそうな対吸血鬼用のサブウェポンだ。
「たぶんキミに」
「ありがたいですね。ナイフ一本じゃきつい場面がありましたから。で、なんで汚れた雑巾を持つみたいに持ってるんですか? ばっちいんですか?」
「いや、単純にこれ以上持つとボクが銃の術式に殺されるから」
「え?」
「いや、流石に殺されるは言い過ぎだろうけど、これだいぶ強い術式が込めてあるよ。餞別に置いていくものとしてはめちゃくちゃありえないくらいの代物なんじゃないかな?」
セラフィーナの人生の中でもこれほど見事な対吸血鬼術式を込められた拳銃は稀だ。
見たとしても相当高位の吸血鬼ハンターが持っているか、最高司祭などの行為の神官が持っているかだ。
あのふざけた全裸商売道具になるようなアホが持っているとは到底思えない代物である。
それを餞別にさほど接点のない相手に置いていくのは不自然である。
「どうする? 罠かもよ」
「良いです。使えるものは使います」
「呪われてるかもよ」
「わたしは既にあなたに呪われてるようなものなので」
「何それ」
「あなたの血が恋しくて仕方ないって言ってるんですよ」
「…………ぁぅ」
「なんですか、そんな蚊が潰されたみたいな声だして」
「し、しらにゃい!」
顔も真っ赤ですよ、という声にセラフィーナは逃げ出した。
●
「さて、餞別渡して消える。オレってばちょーかっけーハンターだろ。こりゃ百点満点って奴だ。叔父さんとしての務めは果たせたろ。これ以上いると、アレだ。本気になっちまいそうだし。さっさと女の子にきゃーきゃーいわれにいくぞぉー」
木佐木は福岡を背に一人、キザッタらしく呟いたわけであるが、誰も聞くものはいない。
福岡の人間たちは未だにビルの中から出ようともしない。おそらくこれから一生出てくることはないのだろう。
戻ってくるかもわからない主人たちを待ち続けるのだ。
ここの連中は、そういう風にしか生きられないようにされてしまっている。
「ま、オレは吸血鬼が殺せればそれでいいんだ。胸糞悪いが率先して助けようとか思わねえよ」
そう呟いて、背後に巨人殺しを向ければ、そこに音夢が現れた。
現れた彼女に拍子抜けする。
「なんでぇ、嬢ちゃんのアッシーちゃんじゃねえの」
「音夢よ!」
「で、なんだよ。殺されにでも来たか?」
「違うわ! 殺したいとは思うけど、セラフィーナ様が送っていってやれっていうから!」
「ヒュー、そいつは助かる。まっ、余計な事したら殺すけどな」
「やってみる人間?」
「はっ、吸血鬼になって数か月のペーペーがちょうかっけーオレを殺せるわけねえだろ。で、どこまで送れるんだ?」
「湯布院とか、関門トンネルの前ね」
「オイオイ、本州までいけねえのかよ、使えねえアッシーちゃんだな!」
「音夢よ!」
「関門トンネルにゃ厄介な奴が居やがるし、四国経由で群馬の本部まで行くか。よし、アッシー、湯布院のホテル街に送ってくれ」
「はいはい……待って、ホテル街? なんで? あんたホテル暮らしなの?」
「いんや? 女を呼ぶにゃ家がいるだろうが、なけりゃホテルってのは当たり前だろうが!」
「さいってい!」
ベシンと高い音が響き渡ったとかなんとか――。
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