第38話 関係の終わり

 セラフィーナたちが現れたのは、小さな研究室のような場所だった。

 地下にある小さな部屋で、部屋の中には円筒がある。ガラス張りで中には液体と脳と心臓が入っていた。

 プレートがつけられていて、エーヴェルトの名が刻まれている。


「道理であの時から変わらないわけだよ。あの時から何も変わっていないんだからね」


 それにしても、脳と心臓だけになってもまだこの世にしがみついているのはなんとも憐れを通り越して呆れが出るほどだった。

 そんなセラフィーナの横で音夢は自分がやったことが信じられないようであった。


「う、嘘、本当に、飛べた……?」

「吸血の絆だよ。どんなに記憶を消しても、存在としての根底にそれはあるんだ。親の居所として刻まれる。いやー、良かった。行けなかったらどうしようかと思った」

「えぇ……あんたも、これと同じなの……?」


 音夢はセラフィーナと悠花が同類みたいなことを言いだして頭を抱えた。

 もっともセラフィーナに話しかけられただけで喜んで膝ががっくがくの女であるから、そんなことは些事であるわけであるが。


 さて、とセラフィーナは円筒に入ったエーヴェルトを見やる。

 もはや兄とも思えない死にぞこないだ。ここでその命脈を断ち切ってやるのが情けというものだろう。


「オマエの血は吸う価値もない」


 セラフィーナは円筒を叩き割り、脳と心臓を踏みつぶした。

 そこには負け惜しみも血涙を流すほどの嘆きも無様な慟哭すらもなかった。

 ただ一つの関係が終わりを告げただけ。

 とっくの昔に終わっていたはずの兄妹関係が、今本当に終わった。


 セラフィーナが思うことはあまりなかった。

 良い兄ではなかったし、セラフィーナ自身も飢えに任せて兄を吸い殺していたのだから、今更の話だ。

 本当ならば五百年ほど前に終わっている話。ここまで引きずりすぎたとも思うが――。


「それにしても、どこの誰だ、こんな悪趣味なことをするのは。こんなになってまでお兄様を生かした理由はなに?」


 問題は誰がこれをやったかだ。

 あの日、あの時、セラフィーナが城を出た後で誰かが城に入り、エーヴェルトの遺体を持って行った。

 もしかしたら、それ以外のものも持って行ったのか。

 灰化を確認しなかったセラフィーナが悪いが、あの時はそんな精神状態ではなかったのだと言い訳をさせてもらいたい。


 気が付かない間に、何者かが何かを企んでいるのか。


「新しい血盟って言ってたっけ。この日本にまだいるのかな?」


 これは少し探る必要が出て来たかもしれない。


「まあ、その前に病院だよね。悠花を治療しなきゃって、しまった全部氷漬けじゃん!? 他にあるかな、あっててほしい」


 そう思っていると背後から声がした。

 セラフィーナは振り向きざまに氷柱を放った。


「オイオイ、エーヴェルトの奴死んでんじゃん――ってうおお!?」


 それは背後に現れた人影に当たり、そのまま氷柱を宙へと浮遊させて吊り下げる。

 光の下に出してやれば、そいつは赤い髪をした少年だった。


「キミ、誰だい? お兄様の知り合い?」

「げぇ、テッサリアの怪物! なんでこんなとこに!? あ、こんなとこにいるってことはエーヴェルトの奴死んだのか、なっさけねー! 妹に負けるとかお兄ちゃんの矜持とかねえのかよー」

「質問に答えてほしいな、キミ。誰だい?」


 百にも満たないだろう、若い吸血鬼だ。

 しかし、セラフィーナをして侮れないほど力が高い。

 血を潤沢に吸っている飢えを知らない吸血鬼。

 なんとも羨ましい世代だ。


 宙づりにされながら少年は、不敵に笑った。


「嫌だよ、おばさん」

「…………」


 セラフィーナはキレた。

 いや、もとからキレていたからこれはキレたではない。

 断じておばさんと言われてキレたわけではないのだ。断じて。


「よし、死ね」


 結界を形成。そのまま包んで潰してしまおうとしたが、目にもとまらぬ速さで赤い軌跡が走ったと思えば、天井に少年はいた。


「あっぶなぁ。問答無用はやめてくれよばばあ」

「わざと煽ってるなぁ?」

「そりゃもう。何ができるのか見せてもらっておこうかとさー」

「あっそう。でもここでボクに吸い殺されたら意味ないよね」

「でも、その前にその人間が死んじゃうぜ?」

「…………」

「というわけで、オレは帰る! 見逃してくれよなー」

「せめて名乗っていきなよ、若造」

「いいぜ、しっかり覚えろよばーさん。オレたちは飛縁魔ひえんまだ。日本征服を掲げる正義の吸血鬼さ」

 

 そう言って少年は消えた。

 風が吹き抜けていったから走って出て行ったのかもしれない。


「はー、まったく。ボクは食事したいだけなのに」


 どうしてこんな陰謀じみたものに巻き込まれてしまっているのだろうか。そうごちながら、悠花を抱え直す。

 そろそろどころかさっさと病院に行かないと死ぬ。


「ネム、戻るよ。病院に行きたいから、病院に行ってね。そうしたらご褒美で吸ってあげる。死なない程度に」

「う、は、はいぃぃ……」


 期待して瞳にハートが浮かんでいるような有様の音夢による転移で福岡の別の病院へと向かった。

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